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「ボニータ、ずるいわよ! 抜駆けよ!」
「何言ってるのよアンジェ? 恋に順番なんて何の意味もないのよ。もたもたしてると定員オーバーになるわ」
「くっ、それもそうね。ねえシンディ。ソニアお姉さまやヒロシ様は、わわ私の事で何か言ってなかったのかしら?」
気配を殺して隅でお茶を飲んでいたシンディが突然声を掛けられ跳ね上がった。
「え? ソニア様ですか? ええと、あのう普段は特に結婚や序列に関しての話はしないですから......」
当然である。
「ちょっと悲しいけど当然ですわよね。ボニータ、そもそも定員オーバーなんてあるのかしら?」
「そりゃあるでしょう。それこそナディアじゃないけど夜の戦闘も問題になるわ。お父さまは五人の妃を娶っているけど、それを一つの例にするなら残りの枠は三人って事になるわね」
「よ、夜の戦闘......」
「自分で言っておいて何赤くなってるのよ」
ナディアは顔を真っ赤にして下を向いている。
「た、確かに。でも言いかえればあと三人は大丈夫って事よね?」
「甘いわよアンジェ、うかうかしてるとそんな枠直ぐに埋まるわよ? 相手はヒロシ様なのよ?」
「そ、そうね。でも、もしその選から漏れたらどうなるのかしら?」
「一応、妾という枠が無い事もないわね。でも狙うのは妾じゃなく妻の座よ。あなたは違うのかしら?」
「もちろん、妻の座よ。あなたも中々良いこと言うわね」
「五名ってのはあくまで予想よ。増えることもあるかもしれないけど減ることもあるのよ。そこを忘れてはダメよ」
「なるほど、あなたと私でまず二席を確保しておかなくてはならないわね」
「そうよ。一時的に手を組むのも悪くないでしょう?」
「悔しいけどあなたの言う通りね。ここは一旦共同戦線を張りましょう」
「その作戦を私に全部聞かせてどうするのよ?」
「「末席に加えて下さい、お願いします!」」
「ストレートすぎて怖いくらいだわ。でもヒロくん次第なんだから私がどうこう言えないわよ」
「「そこをなんとかお口添えだけでも」」
「もう。でも無理ね。まあソニアには聞いておいてあげるわ」
「「お姉さま!」」
「ボニータにお姉さまって言われるのも久しぶりね。何か自分が年を取ってるような錯覚に陥るわ......」
皆が笑い、そこで会議が終了しようとした時だった。
「サティさん、五名って事を一つの枠であるとすると、二人が入ってもまだ一枠空いてるって事だよね?」
「うん? まあ知らないけど......今の話からするとそうなるわね」
「じゃあ、僕がその一枠に立候補するよ」
ブフォッ! と口に含んだお茶をリーシアとシンディが吐き出したのは仕方のない事だろう。ちなみにクロの顔は二人が吹き出したお茶でビショビショである。
「ウウウウ、ウチの子がすみません、ウチの子がすみません!」
リーシアがアワアワと皆に向かって声を上げるが、言葉を発したラース本人は平然としている。
「ちょちょ、ちょっとラースくんよ。アンタ何言ってんですかね?」
クロードは顔にかかったお茶を拭きながらラースへと問いかける。
「流石に私も驚いたわね。あなた......男よね? 確かに中性的ではあるからセイラムみたいな感じで、本当は女性だったって事かしら?」
「僕は男だよ」
「......頭が痛くなってきたわ。クロちゃん何とかしなさい」
「え? しかしこれは流石の私にも......ラース、他の人が固まってるからもう少し詳しく」
そう、世俗的な話題にタダでさえ疎い王族にはこの話にはとてもついていけないのである。しかし、逆にこのあり得ない話に王女たちの目が輝いて見えるのは気のせいだろうか?
「僕はサーミッシュから立候補するよ。もちろん義務的なものじゃないよ。確かな好意も持ってるし、この身を差し出す事も当然問題ないし喜びすら感じられる。一生をかけて仕えても良いと考えているよ」
「ラース、それだけでは全身を駆け巡る悪寒をどうにかする事が出来ない。むしろ酷くなっている気がするんだが」
「うーん。詳しくは言えないんだけど、つまりは......」
「つまりは?」
「愛だよ」
「マジか......面白すぎ、いや、サティ様、もう少し状況を整理する必要があるため、一旦この話は棚上げする事を提案致します」
「そ、そうね」
「ヒロシ様には私の方からキチンと説明を」
「ええ、そうした方が良いかも。あ、でも必ずシンディを連れて行きなさいよ。アンタちょっと悪い顔になってるから」
「分かりますか?」
「分かるわよ。ホント、ヒロくんに変なとこばっかり影響を受けちゃって。シンディ頼んだわよ。あなたがロングフォード家を導くのよ」
「せ、責任重大ですが頑張ります」
最後の爆弾発言で結論自体は先送りになってしまったのだが、ラースは王女二人と今後の結婚成就、悲願達成に向けてチームを組んでいたりするのだった。
その後も部屋で休んだり、リビングで誰かと話をしたりしながら時は過ぎていく。おそらく丸一日は飛行していたのではないだろうか? 遥か後方に山々が消えていく頃、飛行船は徐々に高度を下げていくのだった。
窓はすっかり曇ってしまい、ほとんど外は視認できなくなっている。そのせいで恐らく下に見えるはずであろうセントソラリスの街並みを見る事が出来ないのは残念であった。
とはいってもまだかなりの高度があるだろうから、見えたところで豆粒みたいなのだろうが。
「皆様、そろそろセントソラリス王都、エルモ上空に入ります。下船の準備を始めた方が良いかと思います」
「わかりました。それではいったん部屋へと戻りましょう」
そう言って、各人部屋へと戻り身支度を始めた。船はゆっくりと王城を旋回しやがてその船体を城内へと沈めていくのあった。
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