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よろしくお願いします。
周りが静かになってしまった。
空気が重い。そして何やら妙に視線を感じるのだがこれは何だろうか? 俺が何か言うのを待っているのだろうか? そんな国家予算級の借金を俺がどうにか出来るわけないだろう? 誰か何か話してくれ頼むから。
「それでだ。とにかくもう少し内容を把握しないと、こちらとしても助けようが無いのだ」
ここでシュバルツ陛下とダルタニアス陛下がまた話を始めた。
「だが、放っておくとこのままではセントソラリスは最悪は契約に基づいて領土を失う事になる。もしくはどちらかの姫が人質だ。何を考えとるのだあの国は」
「そもそも大森林があるから戦争を起こすこと自体が難しいのだ。ケッ、領土を奪うのに金を使うとはな。奴らも考えたものよ」
「だが、それも決まった訳ではあるまい。先入観だけで話をするのも危険だ。しかしその話が真実であった場合、セントソラリスは戦争を仕掛けられているのと同じだ。捨て置けぬだろう?」
「もちろんだ。確かにどのような状況かは分からんのでそれこそ軽率な発言は控えるべきだがな。もう少し情報があれば良いのだがな」
「本来国を代表する王女が恥を忍んで助けを求めに来たのだ。これで動かぬは鬼畜と同義よ」
「その通りだ」
「うむ、それでだ。ダルタニアスが言ったように、まずは現状がどうなっているのか知る必要がある。それも早急にな。でないと金を出すにもモノを援助するにもどうする事も出来ぬ」
「そうよな、まずは情報だ」
そう、情報は必要だ。そうなんだが俺の考えは少し違う。
「えーと、何と言うか論点が少しずれているように思います」
「どういうことだ?」
「援助か借入かの話はもはや意味を成さないかと思います。既に両国の間で支払いは契約に基づいて同意が成されているのです。まずはそれを正としてどのように対応するかを決めるのが先決です」
俺は続ける。
「しかし、残念ながらお金の援助は直ぐには出来ない。支援物資の返却をするにも資源自体の詳細が分からず、輸送方法もない。分かったところで一度に運べることができない可能性が高い。つまり言い難いですがこの先情報を得た所で......」
「ヒロシよ、出来ることは無いと申すか?」
ダルタニアス王は俺を見て言う。
「ここで頭を捻っているだけでは状況は改善しないでしょう。この場で解決できる方法、それは資金援助が出来た場合のみかと思います」
言い難いが俺は言った。援助を前向きに考えている陛下達には悪いがな。俺も何とかしてやりたい気持ちはあるのだ。だが、この場で出来る事は限られている。
「ぐぬう。だが、だがヒロシよ。ワシは」
「結局は金が用意できるかどうかと言うのか......」
両陛下に言っておきながらなんだが、何のアイデアも出せない自分が情けなくなってくるぜ。
「皆さん、待って下さい!」
そこでナディア王女が声を出した。
「本当に、本当にありがとうございます。両陛下よりこのような暖かい申し出まで頂けて。後は私で何とかします。もし、もし状況が詳しく分かれば......良い案があれば改めて我が国を助けて下さいますか?」
王女の目には涙が浮かんでいる。
「もちろん約束しよう。しかしだな王女よ、状況が分かる時期が問題なのだ」
「ナディア王女よ、どう動けばよいのか今でも分からんのだ。それが簡単に解決する訳があるまい?」
「でもこれ以上は......ヒロシさんの言う事は正しいと思います。でも私は皆さまと会えて、助けてくれる人が居ると思えて、本当に嬉しいのです」
王女はそこで言葉を切り、改めて俺たちの方を見て言った。その両手はドレスの裾を力いっぱい握りしめているように見える。
「ブリザードの影響もマシになれば作物も育てることが出来ます。それで少しずつでも返済するようにアネスガルドへ要求を出せば......」
「だが、もう来年には金品か領土の受け渡しの時期なんだろう? それがダメならお主か妹が引き渡されるのだぞ? もう数ヶ月もあるまい?」
「そうだ。作物は種を植えて明日にできるモノでもないだろうに」
「でも、でも......」
両陛下も黙ってしまった。仕方あるまい。国王が即決できないほどの額だぞ? まずは、契約書の見直し、そして相手ともう一度しっかり期限について話し合う事が一番の近道なのだ。
しかし話を聞いていると、どうも胡散臭さが漂っているんだけどな。証書がない限りこの場で何を言っても確かめようがないのだ。そうだ、どうしようもない、これはどうしようもない事なのだ。
俺は自分にそう何度も言い聞かせた。
言い聞かせながらも俺は思う。
金か......世界が変わっても人生とは、人間とはこうも金で縛られてしまうものなのか。ある者は身を売り、ある者は奴隷に落ち、ある者はその身を投げ出し命をも断つ。
セントソラリスの女王が間違っているわけではない、民を思い国を憂い助けようと必死で足掻いている、そこを付け込まれたのだ。恥を晒してまで助けを求めに来た一国の王女の気持ちは一体いか程のものか。
俺にできるのか、この真似が。
他国の王に跪いて助けを乞うことができるのか。
「皆様、本当にありがとうございました。こうしてお話を聞いて頂けただけでも幸せです」
そばで控えていたクロが俺をチラッと見た。
「ヒロシ様......」
クロよ、俺をそんな目で見るなよ。何とかしてやりたい気持ちはあるんだ。だが本当に今回ばかりはどうしようもない。Namelessに白金貨が腐るほどあったらと思うさ。
「それでは皆様の貴重なお時間を頂いて本当に申し訳ありませんでした。また日を改めてご挨拶に伺わせて頂きます」
「王女よ、良い案が出るかもしれぬ。直ぐに戻らなくても良いであろう?」
「いえ......母も妹も私を待ってくれているかと思います」
「そうか......ロッテン、せめて今飛行船に乗るだけでも良い。一杯になるまで積んでやれ」
「畏まりました」
「ダルタニアス陛下......そのような事は」
「気にするな王女よ。せめてもの謝罪だ。先ほどは本気ではなかったとは言え、大人げなかったと反省しておるのだ。返済する必要はないぞ? 全て其方に差し上げる。書面も必要ない」
「陛下......セントソラリスを代表してお礼申し上げます」
「気にしなくても良い、それより戻ったら直ぐに証文を持って参れ。まだ時間はあるのだ。良い案が浮かぶやもしれぬ」
「本当にありがとうございます。しかし契約書は持ち出せないでしょう。それにアネスガルド側との交渉も始まります。恐らく直ぐには来る事は出来ないかと思います」
「そうか......畜生がッ!」
ダルタニアス王はテーブルを叩いて悔しがっている。この人は本当に何とかしてやりたいのだろうな。獣人は感情に対して本当に正直なんだなと、俺は陛下を見てそう感じていた。
「クソッ、本当になんともならぬのか......賢王が聞いて呆れる」
シュバルツ王もそう言うと天を仰いでいる。俺は唇をかんで虚空を見つめるこの王をよく知っている。本当に立派な王様だ。国を本当に良くしようとしている人だ。
「それでも私は皆さま方にお会いできた事だけでも幸せでした。これもアザベル様のお導きです。戻りましたら神に皆さまの事を祈りに添えて伝えましょう」
王女の目から一筋の涙が頬を伝う。
みな沈痛な面持ちだ。王女は静かに礼をすると軽く俺たちに向かって微笑んだ。なぜ微笑むことが出来るんだ? 何の解決にもなっていないのに。
クソッ、俺は本当にこのままでいいのか? 考えろ、考えるんだ。この話の正当性を。この話の表と裏を。俺はテーブルに乗せた両方の拳を握り締めた。この場で出来なければどうすれば良いのだ?
そして一瞬の静寂の後、俺は言った。
「帰るのは明後日にしてくれないか?」
一斉に全員が俺の方を見た。二国の王が、両陛下が心から願っているのだ。信じるのだ陛下達の決意と想いを。言え、言うのだ。俺はゆっくりと周りを見つめ返して宣言した。
「俺も行く!」
そうだ。この場で無理ならその場に行けばいいのだ。
しかし結局言っちまったな、もうやるしかねぇぞ。
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