278
よろしくお願いします。
「ヒロシ卿!」
豪奢な馬車から飛び出てきたのはロッテン内務卿だった。
「ヒロシって呼び捨てで良いですよ。なんかむず痒くなるんですよね」
「それでは、ヒロシさんで。いや、それどころではないのです。大至急王城へ来て頂けますか?」
「え?」
俺はチラリと家族の方を見た。見ろ、この俺を見る家族の眼を。燃えているぞ、真っ赤にな。ロッテンさんも気が付いているのだろう、逆立っているサティのしっぽをチラチラ見ているぞ。
ここで俺が二つ返事で行くなんて言えるわけがない。しかし王城へ来いという事はダルタニアス王が絡んでいることは間違いない。王からの招待を断った先にある未来なんざ想像したくもないぞ。
「ちょっとお腹が痛いかも知れません」
「何言ってるんですか?」
「いえ、なんでも」
「さあ、早くお乗りください!」
「ええと、何と言いますか。行った方が良いの......かな?」
「もちろんですよ、何言ってるんですか? シュバルツ国王陛下はじめセントソラリスからの賓客もお待ちです」
俺は顎に手を当てて、軽く首をかしげて尋ねてみたがあっさりと無視されてしまった。しかし、初めて聞く単語が出てきたぞ。セントソラリスの賓客って誰だよ? シュバルツ国王も居るのか?
そう言えば、同じ時期に来るから会えるって言ってたな。このタイミングで声を掛けてくるとか勘弁してほしいんだけど。言わないがな。
「はあ、流石に行くしかないな。皆ゴメン。ちょっと王城へ行ってくるよ。直ぐ帰るから。ロッテンさん、何の用かを聞いても良いのかな?」
「詳しい事は王城でとなりますが。そうですね、セントソラリスに絡む金銭問題の相談にのって欲しいのです」
「なんだって? 金銭問題?」
「はい、混み入った事情がありまして。ここではこれ以上は」
「気が進まなくなってきたんですけど......」
「そこをなんとか」
「うーん、仕方ないな、まずは行ってみるか。クロを連れて行くけど良いかな?」
「もちろんです、さあこちらへ」
クロの方に目をやると顔をしかめてお腹の辺りを摩っていた。お前って本当に芸が細かくなってきたよな。
「大丈夫だよな?」
「もちろんです」
「よし、ではついて来い。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「仕方ないわね」
「お気をつけて行ってらっしゃって」
「おとうさんのバカ」
「おとさんキライばっちい」
最後に辛辣な言葉が投げられたような気がするが俺は王城へと向かったのだった。
後ろ髪を引かれて俺はもうハゲそうだぜ。チクショウ。
-----------------------------
王城へ着くとそのまま談話室へと連れて行かれた。基本的に王族と関係者だけの会合だが俺は特別にクロと一緒に入室して良いと言われた。
中へ入ると驚いた。本当に王族勢ぞろいじゃないか。なんでこの場に俺が呼ばれたのだ? まあそれは後で聞くとして、とりあえず挨拶をしないとな。
「お待たせ致しました、ダルタニアス陛下、シュバルツ陛下、そして皆様方。明日帰るつもりのヒロシ、只今やって参りました」
「うん? まあ良いよく来たな。さあ、こっちへきて座ると良い。おっと、その前に彼女を紹介しておこうか。セントソラリスの第一王女ナディア・オルノワだ」
「初めまして、ナディア・オルノワと申します」
「ご丁寧に恐れ入ります。私、明日帰るつもりのヒロ......え? 第一王女様ですか?」
「そうです」
「これは大変失礼致しました。私リンクルアデルで商売をしておりますヒロシ・ロングフォードと申します。こちらは執事のクロードと申します。お目に掛かれて光栄です。どうぞよろしくお願い致します」
「お前、まさか来て早々ワシらに明日帰るって言ってないよな?」
「言ってませんケド?」
「ガッハッハ、全く喰えんヤツだよ。まあ良いわ。早く座れ」
「はい、それでは失礼致します」
俺はそう言いながら案内された席へと着席した。
「それでは、早速私の方から説明をさせて頂きますがよろしいでしょうか?」
「うむ。ロッテン、そうしてくれ」
途中まではセントソラリスの気候の話やら土地柄の話であったので俺も適当に相槌を打ったりしていたのだが、話がブリザードが数年続いたと言う辺りから簡単に返事をする事も出来なくなっていった。
白金貨五千枚のところで俺は椅子ごと後ろにひっくり返るかと思ったぞ。潤沢な資金があるリンクルアデルでさえ問題かも知れないぞ。ましてやドルスカーナでは相当厳しい額のはずだ。
それを大したアテもなく金だけ払うとなるとそれは相当難しいだろう。聞いていると王家は国民の生活を守るために備蓄を出しているようだし、そもそも金品などブリザードの影響で増えてないかと思われる。
つまり収入が無い状態なのだ。だからこそ援助が必要なわけで。それを返すアテもなく白金貨五千枚を貸し付けましたとはちょっとおかしいんじゃないのか?
「という事になります」
「はあ」
何とも気の抜けた返事しかできない俺を許しいて欲しい。聞いた所でどうしようもない。言っちゃ悪いが詰む寸前じゃねぇか。
いや、言葉には出せないがもう詰んだと言って良いだろう。理由は前述の通りだ。返済方法も資金も無い。いや、まだ方法があるにはあるが。
「ええと、その白金貨五千枚ですよね。今年の分はまだ良いとして、一昨年と昨年の分で白金貨一万枚ですか。一番手っ取り早いのは当面の返済を両国に立替してもらう事でしょうけど......」
非常に言い難い事ではあるが、その通りだろう? 金が借りれれば当面の返済は問題が無いのだ。ブリザードの影響がなく、今後の返済が問題無いのであれば返済先をその何とかガルドからこの二国に乗り換えれば済む話だ。
「まあ、借り換えと言うか、そう言う話になるかと」
「でもね、ヒロシさん」
ここでナタリア妃が話を始めた。一万枚の白金貨を二国で準備したとする。返済の保証は今後の作物次第。つまり現段階では返済保証が取れないのだ。
そもそも白金貨百枚で済む物資だ。それを一万枚の返済なんぞ一体何年かかるのだ。アネスガルドからこの二国に名前が変わっただけで、属国のような扱いになる。それを両国は望んでいない。
援助というなら援助は出来る。しかしどう考えても二年で白金貨百枚で済む話を、一万枚払えるか? って事だった。つまりその金の正当性が不透明なのだ。それを深く考えもしないで大金を渡せるのか、と。
「つまり、援助は出来ても金を払うのは難しいって事ですよね」
「そういうことになるわ」
その通りだろうな。そうなんだが、じゃあどうするのだという話だ。ナタリア様が言ったように支給された物資の返還、つまり物資の援助はどうだと考えたが、それも詳しい目録が手元にないため判断が出来ない。
ただ、聞いた内容では早々簡単に運べるだけの量でもないだろう。お金なら飛行船に乗せればよいが二年分の物資となるとそう簡単に運べないし準備も難しいのだ。
アンジェをはじめ両国の内務卿が論議を重ね、妃衆も入り様々な意見が出された。だがこの場でできる話は限られているのだ。誰もが何とかしてやりたいという気持ちを持っていながら時間だけが過ぎてゆく。
そして......ついに会話は止まってしまった。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。