閑話 神々の憂鬱 3
ここで閑話を一つだけ入れさせてもらいます。
ギルド内での一件は、神々の目にどう映ったのでしょうか。
神殿での一室。
「またギルドへ向かうようですね」
私ことアイシャは対象をモニター越しに追いながら隣で優雅に紅茶を飲んでいるダンティア様に話しかけた。
「つづけて。そんなに頻繁に問題は起こらないと思うけど、タイミングが大事よ」
ダンティア様はチラッとモニターを眺めると手元の雑誌に視線を戻した。月刊女神の衣か。スタイルの良い女神が色々な綺麗な衣を着てポーズを決めている。
今月の特集は天女の羽衣らしい。隣の部屋からはまた何か揉めているのか、アーレス様とアントリテ様の怒声が聞こえてくる。
対象Aは街中を散策しながらギルドへと向かうようだ。ここまで特に大きな変化はない。問題が起きたのはギルドに入ってしばらくしてからだった。
それは突然に起こった。
『俺は冒険者風情に興味はない!』
「あっ、同行している者が突然キレました!」
何故と言うしかない。今のどこにキレる要素があったのかしら? 現代の星々においてキレる子供たちの話はここ天界にまで聞こえてくる。見たところ成人している彼もこの類なのかしら?
「うーん、見たところ女性の方はしっかりしているから意外と何事もなく終わるんじゃないかしら?念のためパケイアを呼んでおいて」
担当が走って隣の部屋にパケイア様を呼びに行く。内線なんて使わない。下っ端は走るのだ。
その間にも相手のガラの悪い連中は怒り狂っている。と言うか、これをネタに恐喝まがいの事をしているようだ。所謂クズですね。女性を寄こすように要求しています。頭悪いんじゃないのかしら?
「対象Aが交渉に入っております」
「謝罪と金品ね。まぁ大抵これで一件落着よ。彼もなかなか」
「あっ、相手が殴りつけました!対象が吹っ飛ばされました!」
「えぇ!」
対象Aはひっくり返っている。口をパクパクさせて相手を指差している姿がちょっと面白い。ダンティア様は隣の担当に神々を呼びに行くように指示を出している。
「なんだなんだ?」
アーレスたちがやってきた。
「とりあえず、アーレスから戦闘用のスキルをいくつか付与しなさい。急いで!」
「アイ、マム!」
神々はモニターを見ている。なんでいきなり殴るかな? とかこれだから低俗なサル共はとか言いたい放題だ。
「付与開始します!」
”一騎当千の能力よりスキル気配察知が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル思考加速が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル並列思考が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル威圧が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル体術が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル肉体強化が付与されます”
”一騎当千の能力よりスキル気合いが付与されます”
「おい、俺のスキル大盤振る舞いかよ」
「これだけあったら死にはしないでしょ」
アントリテ様も特に異論はないようだ。これで大丈夫かなと思った瞬間だった。ピーッっと部屋の中に警告音が流れた。モニターを見た私たちはあり得ない光景に一瞬目を疑う。
”エラー:スキル気配察知は習得済み”
”エラー:スキル並列思考は習得ずみ”
”エラー:スキル思考加速は習得済み”
”エラー:スキル威圧は習得済み”
”エラー:スキル身体強化が習得済み”
”エラー:スキル気合いは習得済み”
”エラー:スキル体術は習得済み”
「おいおい、エラーになってんぞ?どうなってんだ?」
「どうなってんのよ?」
「こっちが知りてぇよ!」
「ちょっと待って、習得済みって出てるわよ?これってどういうこと?」
「ん? 本当だ。こいつ元からこのスキルを持ってたってことか?」
”付与したスキルが習得済みのためスキルの上位互換への書き換えを実施します。”
「これはどういう意味でしょうか?」
私は能力によるスキル優劣はあるのは知っているが、スキル自体の上位互換は知らない。神々は画面を見て唸っている。
「これは......少し思い違いをしていたかも知れんな」
「ええ、そうね」
「ダンティアどういう事?」
ダンティアは振り返ると説明を始めた。
「恐らく彼は元々このスキルを前世から持っていた可能性があるという事よ。もと居た世界はスキルがないと聞いているから、こちらの世界に転生される際に持っていたこの力はスキルに変換されてこちらの世界へと移ってきたという事かしら?」
ダンティアは顎に指をあてて考えながら話している。
「でも元の世界の能力が引き継がれることはこれまでの転生の中でただの一度もないわ。という事はつまり、発現しないスキルは彼の基礎能力の中で眠っており転生時のスキル剥奪のルールを抜けた可能性がある。転生後にスキルのある世界に来たもんだから眠っていたスキルが発動したのよ」
「恐らく奴は元々素養があったんだろう。今の顔を見ても分かるが、あのハゲの集団を前にしても全くビビっちゃいねぇ。無力化する自信があるってことだ。あのハゲどもはこの世界の中でも弱くねぇぞ。中の上くらいのレベルにあるようだ。それを単騎で無力化できる戦闘能力とは恐れ入ったぜ。何か戦闘系の技術に精通していたのかも知れん。こりゃもう俺の出番はないかも知れんな」
”上位互換へのアップデートには時間が掛かります”
「あっ、上位互換にアップデートするのかよ。手が付けらんなくなるぞ。これはやめとけ」
「あの、すみません。上位互換のアップデートってなんですか?」
「アイシャだったっけか? 上位互換へのアップデートってのは今のスキルをその上位スキルへと数段階アップさせることだ。本来スキルはそれ一個のモノで変化しない。ところが極稀れにそれを紐付けしている能力によってスキル自体が変化することがあるんだ」
「そんな事が?」
「そうだ。それを上位互換へのアップデートやらアップグレードと言う。ほとんど確率的にはない話だ。この坊主はおかしな能力を持ってるから、スキルが引っ張られたんだろう。例えばそうだな、坊主が持っている身体強化だがこれは肉体強化の上位互換だ」
「勉強になりました」
「なら良いさ......ん? あれ? これは少しおかしい、肉体強化を付与しますと書いてるのに身体強化が習得済みになっている」
「どういうことですか?」
「さっき、ダンティアが仮説した通りだ。奴は元々肉体強化のスキルを体に宿していた可能性がある。
それがこの世界に来た時に肉体強化として発現した。しかしその後、神が接触して知ってか知らずかスキルを与えた可能性がある。飛ばされてきた人間は何にも持ってないからな。しかし、スキルに同じスキルを与えたところで何も変わらんはずだ。しかし例外的にそれを可能にする能力を持った神がいる」
「それは誰なんですか?」
「俺の知り得る限り...アザベル様だ」
この発言に全員が固まった。天使の中には聞いちゃいけない話かもしれないと耳を塞いでいるものまでいる。その指は若干開いてはいるが...いち早く再起動したアントリテ様がアーレス様に言う。
「どういう事よ? 転生者一人にチームを組ませるし、上位互換の付与ですって? 何故なのよ?」
「それは俺も分からん。それこそ神のみぞ知るってことだ。だが、恐らくこの身体強化については間違いなく知った上で付与したのだと思う。とにかく他のアップデートは止めとけ。身体強化を持ってるなら十分だろ。アザベル様には俺がガツンと言ってやるよ」
「はい、分かりました。アップデートを中止します」
”上位互換へのアップデートには時間が掛かります”
”そのまま電源を切らずにお待ち下さい”
「ヒィ! 大変です、アップデートが止まりません!」
「ちょっと、あなた! システムの文言まで一緒に流れてるわよ! 何とかしなさい!」
「えーと、えとえと......すみません、どうにもなりません! ダンティア様!」
「無理ね......どうしようもないわ。これらの事については見てないわ。私は何も見てない」
「こいつ、現実逃避に走りやがったか......マジか......だが、仕方ないなこれは......そうだな、俺も今この場に居なかった。いいな、お前ら」
「私もいないわ」
「私もよ」
「じゃぁ私も」
メテイル様とパケイア様はスーッと消えていった。
「あんた、アザベル様にガツンと言うんでしょ?」
「そんなことを言った覚えはない。アザベル様でさえ一つしか与えていない上位互換を一つどころか全てアップグレードしたんだぞ? そんなこと言えるわけが......考えただけで恐ろしい......全ては神の御心のままに...」
「そ、そうね、祈りましょう」
そういうとアーレス様とアントリテ様は隣の部屋へと戻って行った。変な所で気が合う二人だ。ダンティア様が優しく私の肩にそっと手を置いた。
「ダンティア様......あの......すみません、ちょ、ちょっと痛いんですけど」
「分かってるわね?」
その恐ろしい圧力に私は涙目で無言で頷く事しかできなかった。この出来事は闇へと葬り去られる。戦闘系の上位互換のほぼ全てを一人で持つ男の事など私は知らない。何も知らない。
私はアイシャ。神々の中で修行している天使の一人だ。
次回より通常本編に戻ります。
お読み頂きありがとうございます。