275 セントソラリス
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王が退出したあと、二人の側に立っていたアッガスは護衛の方へ目をやり声を掛けた。
「貴様、どうして剣を抜かなかったのだ?」
「剣を抜けば戦闘は必至。私は戦いに来た訳ではありません、ナディア王女を守るために来たのです」
「だが、死んだらそれも叶うまい?」
「ええ。賭けと言われればそれまでですが、暴虐の王とまで言われたあなたの剣に殺気が無かった。そして王女が信じたドルスカーナを......それを信じたまでです。あなたはその剣を振り下ろさないと」
護衛はアッガスの視線を正面から受止めそう答えた。
「ふん、初対面だと思うが俺を知っているのか......名を聞いておこうか」
「セントソラリス聖騎士団、団長アリアナ・レイ」
「ほう、其方が聖騎士アリアナか。噂には聞いておる。なるほど、避けぬわけだ」
「そのような事は」
「謙遜はよせ。時間を取らせてすまなかったな、案内の者が来たようだ。さあ、早く会談の間へと行くが良い」
そう言うとアッガスも背を向けて歩き出し、しばらくすると顎の辺りを撫でながらニヤリと笑った。
『アリアナ・レイ。もし剣を振り切っておればあの局面からでも防いだと言うか......おもしろい』
去り行くその後ろ姿を見ながらナディアはアリアナへと問いかける。
「どういうことなの?」
「姫、アッガス殿は最初から斬る気など無かったという事ですよ。おそらくダルタニアス王も」
「で、でも」
「どこからどこまでが、と言われると分かりませんが......恐らく陛下がアッガス殿に話を振った時点でしょう」
「どうしてそう思うの?」
「先ほども言いましたが、剣に殺気が全くありませんでした。王にもです。威圧感は流石でしたが。手紙を読まなかった事に対して、或いはナディア様への礼を失した行いについて......」
「ついて?」
「両方の間で葛藤があったのかも知れません。だから遠回しにナタリア妃に投げたんですよ。きっと」
「そうなのかしら?」
「ええ。だからナタリア妃様は礼ならアッガスに、と言ったのではないでしょうか? 彼はナタリア妃様が止めるのを見越していたとしか思えません」
「本当に死ぬかと思ったわ」
「ええ、しかし殺気を纏わせずにこの圧とは......しかしこれではっきりしました。どの道を辿るにせよドルスカーナの助けは絶対に必要です。さあ参りましょう」
そして二人も案内されるままに部屋を出て行ったのであった。
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「なるほどな。ナディア王女、貴方は運が良い。これからは気を付ける事だ」
「はい、ありがとうございます。しかしまさか王族がシュバルツ王ご自身であったとは......」
怒りが収まらぬダルタニアス王は愚痴っぽくシュバルツ国王に事の顛末を聞かせていた。しかしダルタニアス王はそれほど根に持つタイプではなく、一通り話すと機嫌が戻ることもまた皆が理解していた。
「ナタリア妃の言葉が間に合わず其方が命を落としていたとしても、其方を弁護できるものは恐らくいないだろう。たとえそれが其方の母上、セリーヌ女王であったとしてもだ」
「......はい」
「ダルタニアスよ、もう良いであろう? さあ、話を聞いてやったらどうだ?」
「まあ、良いだろう。よし、発言を許す。その問題とやらを聞かせてもらおう」
「ありがとうございます。あの、先ほどは本当に申し訳ございませんでした」
「分かった、分かった。謝罪は受け取ろう」
そして、ナディア王女は話を始めたのだった。
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- セントソラリス -
それは大陸の北部の一帯に存在する国の名称。南部と東部に深い大森林と高い山々に囲まれ、その他ニ方は海が広がる。
他国のと交流を積極的に行える環境に置かれていない。創造神アザベルを深く信仰し、夜空に光の川が流れる時期に神々とセントソラリスの繁栄を願う祭典が開かれている。
代々この地は女王によって統治され、男性は王として君臨しない。内務や軍務を司る訳でもない。その伴侶となったものは等しく教会を統べる大教会で聖職者となり教会を運営するのだ。
政治的発言力はなく子種を残すだけと思われがちだが、創造神を深く信仰するセントソラリスにおいて大教会で神職に携わる事は大変名誉な事であった。
大森林と山々に阻まれたこの地は短い夏と長い冬を繰り返している。極寒の地では作物も上手く育たず人々は決して裕福ではない暮らしを余儀なくされている。男達は漁に出て少ない魚を手に入れ、森で薪を拾い獣を狩る。
それでも短い夏の間に作物を育て収穫し、長い冬を家族で暖炉を囲いながら過ごす生活に不満はなく、皆それぞれ幸せに暮らしていると言えるだろう。
外界との繋がりを作る事が難しいこの地では他国との交易もままならないとは言え、言い換えればこの四方を海と山、そして大森林に隔てらている事は他国からの侵略という点に関しては非常に有効であった。
独自の文化を築き上げて行くセントソラリスであったがここで不運に見舞われる。ブリザードの来襲である。止まないブリザードに耐え、いつもより短い夏の間に作物や狩りで冬を越してはいたものの、状況は好転せずいよいよ備蓄も底を尽きかけた。
以前起こった天災時には幸運にもドルスカーナの援助が受けられ事なきを得たが、その礼をせぬ間に今度はブリザードがセントソラリスを襲ったのだ。
この吹雪では飛行船を出す事も出来ず、森の中を歩く訳にもいかない。何度か支援の要請は出したものの、前回の礼も満足に行えない状態ではドルスカーナも良い顔をしないだろう事は明らかであった。
しかしそこで一つの転機が訪れる。セントソラリスの東側に位置するアネスガルドからの支援の申し入れだった。アネスガルドは大森林北部でセントソラリスと繋がっており、大森林を抜けることなく行き来が出来るのだ。
とは言え、国を跨ぐには当然かなりの距離があり、山々を越える事を考えると安々と行き来が出来るわけではなかった。またアネスガルドは民族至上主義を掲げており良い噂を聞かない国である。
セントソラリスの女王セリーヌ・オルノワは悩んだ。しかし取り巻く現状を見て背に腹は代えられないと、ついにアネスガルドの援助を申し受ける事を決断したのだった。
それが三年前の事である。
援助を受け始めて二年が経過してもブリザードの脅威が収まることは無い。年々夏は短くなり人々は氷の中で過ごしているような感覚を持ち始める。
そしてそれを境にアネスガルドは徐々にその本性を現し始める。
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