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突然話の方向が変わりダルタニアス王は一瞬困惑する。
「ん?」
「失礼致しました。リンクルアデルの紋章が入った飛行船を見かけたものですから」
「ああ、そうか。お主も飛行船で来たのであったな。空を飛ぶなどと......あんなもののどこが良いのか分からぬ」
「セントソラリスの場合はこれがないと森を数カ月かけて抜ける必要がありますので」
「別に責めておるわけではない。で? 要件とはなんだ?」
「恐れながら、もしこのお願いが聞いて頂けない場合、リンクルアデルへも出向くつもりでございました。もしよろしければ、リンクルアデルの方にも聞いて頂く訳にはいきませんでしょうか?」
「なんだと!?」
突然ダルタニアス王の雰囲気がガラリと変わる。全身からは怒気が溢れ凄まじい圧が謁見の間を支配してゆく。ナディアは王の突然の変貌ぶりに頭が追いつかない。
「え?」
「約束もなく突然押しかけドルスカーナの王を呼びつけておいて、要件も告げずリンクルアデルと話がしたいだと?! 貴様、その首を刎ねられたいのか!」
ダルタニアス王は烈火の如く怒りはじめた。しかしこれは当然であろう。そのつもりはなくとも、リンクルアデルの王族が誰かいるのであれば、そちらと話がしたいと言っていると思われても仕方が無いのだ。
「い、いえ、そのような事は。し、失礼は重々承知の上です。しかし事は重大なのです。藁にも縋るつもりでやって来たのです」
「貴様のくだらぬ事情など知るか! コケにしおってこの小娘がぁ! アッガス、この女の首を斬れ!」
アッガスは剣に手を掛けた。
しかしアッガスは剣に手を掛けつつも、チラリとナタリアの方へと目を向けた。王命ではあるとはいえ、この内容で一国の王女の首を本当に斬って良いのかという判断がつかないのであった。
ましてや、気分屋のダルタニアス王の言う事だ。こういう時にはナタリア妃に一瞬判断を仰ぐが一番良いと言うのは最早ドルスカーナでは通例であった。
その視線を受けたのかどうかそれは分からない。しかしナタリアは口を開いた。
「全く失礼千万。呆れてものが言えません。首を斬られても文句など言えませんでしょう。そこの護衛は王女の首を土産に早々にお帰りなさい」
それはまさかのナタリアからの死刑宣告であった。
その瞬間アッガスは大剣を腰から引き抜くと一直線に王女へと向かう。急な展開に驚きながらも護衛は立ち上がり剣に手を掛けるが、抜くことはせずそのまま王女へと被さった。
護衛の動きに目をやりつつもアッガスの剣はそのまま振り下ろされ、護衛もろ共斬り落とすように思えた。
「しかし」
その言葉、その短い言葉がナディアの命を繋ぎとめた。大剣は護衛の首の真上に振り下ろされ、まさにあと数ミリで刃が首に届く寸前であった。
「陛下、若さとは多少の無礼を併せ持つ時もございます。年の功とはよく言ったもの。先ほど同じことをしても無礼に当たらなかった稀有な例がございましたわ」
ナタリアは先ほどのノール長老との会談を引き合いに出しているのだ。
「あれとこれとは話が違うだろう!」
「話の内容は当然違いますわ。しかし置かれた状況は似たようなものでございましょう?」
ダルタニアス王は仁王立ちのままナディア王女を見下ろしている。当然アッガスも剣を引きはすれど収める事は無く次の王の言葉を待っている。もしダルタニアス王が考えを変えなければ、今度こそアッガスは躊躇なく王女の首を刎ねるだろう。
護衛は剣に手を掛けるにせよそれを抜くことは出来ない。しかしダルタニアス王が改めて死刑宣告をすれば、護衛は今度こそその剣を抜くだろう。
しかし抜けば戦闘になる事は必至。護衛はアッガスの手元に集中しつつも、同じくダルタニアス王の言葉を待つしかないのであった。
ややあって、ようやくダルタニアス王は言葉を繋ぐ。
「......ふん、分かった。それでは話だけは聞いてやるとする。下らぬ話なら覚悟をしておくことだ」
「それがよろしいでしょう」
「は、は、はい。ありがとうございます。ありがとうございます」
ナディア王女はまさに死の寸前まで追い込まれていたのだ。その緊張はどれほどの物であったか。忘れられがちであるが、特権階級の頂点に君臨する王族をコケにする事など絶対にあってはならない事である。
その代償は一つ。即ち『死』である。それは相手が大きければ大きいほど譲ることは出来ないのだ。この場でナディア王女が命を繋ぎとめた事はこの世界では考えられない事であった。
ナディアはその緊張から解放されると、体中の震えを押さえるかのように両手で体を包む。
「ナディア王女。モノがそうであるように言葉にも順序というものがあります。あなたがいくら必死で伝えようとしたところで、礼を失すれば全てが台無しになるという事をよく覚えておくのです」
「はい......失礼致しました。ありがとうございます」
「礼には及びません。そうね、礼ならそこのアッガスにでも言っておくと良いわ」
「彼に......ですか?」
「別に気にする程の事でもないわ」
それを見て、ダルタニアス王はロッテンの方へと向き直る。
「それでは場所を変えるか。先ほどの談話室で良いだろう。他国の問題だが知恵を借りたいと言うのなら王女も入るように伝えた方が良いだろう。賢王の娘だけあって知識の宝庫らしいのでな。だが会合の参加は王族だけとする。お前も含め部外者は別室で待て」
ダルタニアス王はそこでナディアへと視線を移す。
「しかし、リンクルアデルがお前との会談を拒否する事があれば諦める事だ」
「はい、承知致しました。御取り計らいに感謝致します」
「うむ、それでは頼んだぞロッテンよ」
「畏まりました」
ロッテン内務卿はそれを受け、シュバルツ国王陛下を呼びに部屋を出て行った。そしてダルタニアスは続けて二人へと案内の者が来るまで待つように言うと自らも謁見の場を後にしたのだった。
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