273 ナディア・オルノワ
よろしくお願いします。
その後も色々と話は続けられ、そろそろ会食に移ろうかとしていた時だった。執事が部屋へと入ってきた。
「そろそろ会食か?」
「いえ、陛下。実は北側より飛行船がやって来ております。飛行船はセントソラリスの物かと思われます」
「セントソラリス? それで?」
「はい、白旗を掲げておりますので戦闘意思が無い事は確認済み。加えてドルスカーナ城敷地内への停泊を希望しているようです。尚、乗船しているのはナディア・オルノワ第一王女との事です」
「なに? 第一王女だと!? 何故今日はこんなに予期せぬ来客が多いのだ!?」
「いや、それはなんとも......」
「うーむ、突然とは言え流石に第一王女を追い返す訳にもいかぬか......シュバルツよ。少し別部屋で待ってもらう事になるかも知れぬが良いか?」
「お主、今まで追い返していたのか? まあ良いわ。気にするな、ノール長老の件もある。少し考えを纏めたいとも思っていた所よ」
「まあ、直ぐに移動する必要もあるまい。おい、セントソラリス側には現在リンクルアデル側との会談中であると申し伝えよ。それが終わり次第で良ければ謁見の間で会うとな」
「承知致しました。どれくらいの時間を見ておきましょうか?」
「そんな事をいちいち伝える必要はないわ! 待つのが嫌なら帰れと言え!」
「は、ははっ。承知致しました」
執事は慌てた様子で部屋から飛び出して行った。
「ダルタニアスよ、お主、セントソラリスと何か遺恨でもあるのか?」
「ん? まぁ昔の事ではあるのだがな。向こうは北の国だからか食物が上手く取れない時があるのだ。昔それの援助をしてやったことがあるのだが、礼の一つも寄こさん。あまりの無礼に頭に来てな」
「そんな事があったのか」
「昔の話だがな。そのままそれっきりだ。それで今何か困ったことになっておるらしく、たまに書簡が届いておった」
「食糧問題か?」
「分からん。相談したい事があるとだけ書面には書かれておったの」
「なんだ。見てはおるのだな」
「分厚いヤツを送ってくるのだ。全部は読んでおらぬし返事も書いておらぬ。今更どうでも良いわ。だが、もしかしたらそれで来たのかも知れぬな。追い返しても良いが......」
「なるほどな。返事が無いから直接礼に来たのかも知れんぞ?」
「そうだな。とにかく第一王女というなら顔くらい見せてやるわい。困った時だけ友好的になられても心には響かぬ。その辺りを話す良い機会かもしれぬ」
「程々にな。お主は熱くなるからのう」
「心配するな。ナタリアを連れて行くわい」
「はっはっは。お主は意外と自分の事がよく分かっておるんじゃな」
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「待たせたな。余がレオン・ダルタニアスだ。面を上げよ」
「はっ、この度は突然の訪問にも関わらずお時間を頂き大変ありがとうございます。私はセントソラリス王女ナディア・オルノワと申します」
「ふん。やれやれ本当に王女がやって来たのか。しかし王女が突然押しかけるなど前代未聞であるな。何を考えておるのだ? 食糧危機の時と言い、セントソラリスは礼を重んじぬ阿呆ばかりなのか?」
ダルタニアス王は不機嫌を隠すことなく王女へと直接叱責する。隣に控える護衛と思しき人物がピクリと反応するがナディアは目でそれを制止する。
ダルタニアス王はそれが分かりながらも咎める事はせず、ナディアの言葉を待つ。
「そ、その節は大変有難く本当に感謝しております。ただ、直接伺うにも当時はブリザードが酷く、飛行船は元より徒歩で森を抜ける事すら難しい状況で......」
「それで?」
「改めて伺うつもりではあったのですが、近年違う問題が表面化してきており......時期を失したと言いますか......」
「それで新しい問題が出たのでブリザードの中をやって来たと?」
「いえ、違う問題が発生するのを境にブリザードの被害もなくなり、今をおいて他に来れるタイミングは無いと」
「怪しいものだがな」
「手紙にもその旨何度も書かせては頂いたのですが」
「あの本のように分厚いものを手紙と言うのか? そんなも......」
「陛下」
「ん? なんだナタリアよ?」
そこで口を挟んだのはナタリアであった。ナタリアは分かっているのだ。もしその手紙が本当に本のように分厚いものであったなら、陛下がそれを読む事はまずありえないという事を。
「謝罪についてはもうよろしいではありませんか。何年も前の事をこの場で掘り返しても仕方のない事。こうして第一王女自ら城に来て説明をしているのです」
「ふむ。そうか、ならばその件については水に流すとしよう」
「ナディア王女」
「はい、お妃様」
「次からそのような手紙はまずロッテン内務卿へと届けると良いでしょう」
「は、はい。ありがとうございます」
「それで? 要件とはなんだ? 長くなるのであれば日を改めて欲しいのだがな」
「恐れながらリンクルアデルの王族関係者がいらしているのでしょうか?」
ナディアはセントソラリスの王女である。祖国の危機を憂い、何とかしようとドルスカーナまでやって来たのだ。本来王女が本来の使者の役割をする事などない。
外交とは両国の思惑を牽制しながらそれでも纏めなければいけない高度な交渉術が必要とされる。更にそれが国王のトップ会談ともなるとその意味は外交とはまた数段レベルが上がる。いくら王女であったとしてもその国の王と対峙するという意味を理解していなければならない。
だが『国を思う』ただその一点でドルスカーナまでやってきたナディア王女は若すぎた。彼女はその必死さゆえに気持ちが焦り、その絶対に理解するべき意味を分かっておきながら無視してしまったのである。
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