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残された者たちを重苦しい雰囲気が包む。別に誰が悪いと言う話ではない。しかしあまりにも突然すぎるサーミッシュのノール長老の告白に理解が追いついていないのである。
「どう思う、シュバルツよ?」
「済まぬ、実はまだ理解が追いついておらぬのだ」
「まあそうだろうな、ワシも同じだ。しかしサーミッシュが国家宣言を行わない理由が『空白の玉座』などであったとは」
「うむ。つまり王がいれば国を名乗る事も問題無いという事だ。ノール長老がどこまで本当の事を話しているかは分からぬ。しかし......」
もはや砂糖の話など誰もしなくなっていた。サーミッシュの真意が誰も掴めないのだ。王となる者の名を告げずに引き上げたノールはその場に混乱を残したのであった。
「王とはヒロシの事なのか?」
「名前を言わないにせよ、話の流れからすると間違いないだろう。仮にそうだとして何故ヒロシなのかが分からぬ」
「そうなのだ。シュバルツよ、お前の話ではヒロシは戦闘の協力を要請しに行っただけなのだろう?」
「そうだ。それは間違いない」
「その時に、長老がその事について話をしたのか?」
「そこが分からん。長老の話を正とするならば言っておらんだろう。サーミッシュ側が勝手にそう決めているのではないかと思う」
「そうなのか?」
「ああ、ノール長老は口にできないと言っていただろう? 不興を買う訳にはいかぬと。つまり本人には知らせていないと思われる」
「なるほどな。だが先の話と合わせてもそれがヒロシの事だと言う可能性を示しておるわ」
「恐らく間違いないだろうよ。気づいたか? ノール長老は一番最初に『ヒロシと言う人物』と言っただろう?」
「うむ、確かにそう言っていたな」
「ところが、その後ヒロシと言う名前を一言も口にしていないのだ」
「言ってただろう?」
「いや、ヒロシと本来呼ぶところは全て『彼の方』と呼んでおったよ」
「なんと......確かに。しかし彼の方とは......」
「あの掴み所のないノール長老が残した最大のヒントだろう。分かっていたのか? いや、恐らく無意識なのだろうな」
「間違いないだろうよ。間違っても王になる人物を呼び捨てには出来ぬわ」
「そうだ。話の流れからすると名前で呼べばよい。しかしこの場でヒロシに敬称を付けて呼ぶことも出来ぬ」
「それを避けた結果、無意識に出た言葉が『彼の方』か」
「うむ」
「つまり、サーミッシュはヒロシを王に迎えたいと思っている訳だ」
「そう言う事になるな」
「しかしそれならば......何故ヒロシなのだ? いくら何でも王に迎え入れたいなどと......」
「それは分からぬ......その真意だけは分からぬ。あの長老はヒロシに一体何を見たのだ......」
軽い溜息の後、そこで二人は妃たちに目を向け、そして娘たちに声を掛けた。
「ヒロシはリンクルアデルやドルスカーナに住まないかも知れぬぞ? それでも嫁に行きたいのか?」
「私はどこでもヒロシ様がいれば同じです。リンクルアデルには里帰りすれば良いだけだわ」
「わ、私はそんなつもりはないけど。彼がどうしても、けけっケッコンって言うのなら考えても良いわ」
「心配しなくても言われないから大丈夫よ」
「なんですって!」
横でワチャワチャと揉めている娘をもう止める事はせず王妃たちは王へと話しかける。
「とにかく、様子を見るしかないって事かしらね?」
「そうなのだが......」
「『政治利用にはあたるまい』......か。この部分はどうなのだシュバルツよ?」
「恐らくこちらに合わせただけであろうよ。サーミッシュは国家ではないのだ。政治利用をするなという神託は授かっていないだろう」
「逆に政治利用するなら好きにしてもらっても良いくらいだったからな。なにせ丸ごと差し出すって言うくらいだ」
「そうだ。結局彼らがエルフなのかどうかすらも分からぬ。上手くはぐらかされた印象だ」
「妃たちの言う通りここは様子を見るしかないという事か。ヒロシに問い質す訳にもいくまい?」
「そうなのだ。ヒロシは知らぬのだからな、答えようもあるまいよ」
「しかし、ヒロシは全く飽きさせないやつよの?」
「全くだ」
とは言え、可愛がっているヒロシを突然王として迎え入れる準備があると聞かされた両王の胸中は穏やかではない。ヒロシと言う固有名詞が出ていないだけで、彼だという事は十分に考えられる内容であった。
「しかし喰えないジイさんよの。我ら二人を前によくぞ言ってのけたものよ」
「それは同感だ、ダルタニアスよ。しかしだ、よく考えてみればだ。正直ヒロシ個人にとっても我々にとっても悪くない話かも知れん」
「どういうことだ?」
「ヒロシが仮に王になったとする。だがノール長老が言っていた通りヒロシは両国の女性を既に妻として迎えておる訳だ」
「そうだな」
「加えて、両家の王族が妃候補としているならばそれは国家間としてはむしろ喜ばしい」
「なるほどなぁ。そうなれば確かに喜ばしい事ではある。しかしそれは政治利用ではないのか?」
「あくまで選ぶのはヒロシであって強制できるものではない。そこを履き違えるつもりはないぞ?」
「なら問題はない......か。でも、大丈夫かシュバルツよ? 我らの妃候補はこのザマだぞ?」
「なんとも頭の痛い事よ......」
ダルタニアスとシュバルツはテーブルを挟んで唾を飛ばし合っている妃候補の二人を見つめるのであった。
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