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このシュバルツの仮説にテーブルに座る全ての者が驚くがこれは当然のことである。エルフは既にこの世界から龍族と同じく絶滅していると考えられているのだ。もはやそれが常識であるという程に。
「シュバルツよ、流石にそれはないだろう? それじゃこのノール長老がエルフだとでも言うのか? それはいくらヒロシと言えども飛躍し過ぎだろうよ? ノール長老よ、お主はこの仮説を聞いてどう思うのだ?」
「仮説に対して異を唱えた所で意味の無い事。信じたければ信じればよい、信じたくなければそうすれば良い。噂話など所詮はそのような扱いではないかの?」
「そうだ。ノール長老の言う通りだ。ワシもそう思うからこそ今でも信じられぬのだ。しかし長老よ、それを聞いてどうするのだ? ワシにはお主が言いたい事の真意がいまいち掴めぬ」
しかしノールはそれでも何も言うことは無い。この老人の態度はどうも雲でも掴むような感じなのだ。捉え所が無いと言うのか、上手くはぐらかされていると言えばよいのか。
彼はしばらく考えているような仕草をして、顔を上げると二人に対して言った。
「......実はこちらにも両国に対する仮説があっての」
「聞きたいものだな?」
「ふむ。あくまで仮説だが、この大国とも言える二国が彼の方を取り込まない理由。本来取り込みたくない訳がない。政治的な利用価値はもはや言葉では言い表すことが出来ない程に大きい」
ノールは続ける。
「そこに座っておる乙女を差し出すくらい権力を使えばどうという事も無い。本来商人である彼の方が断れるはずも無いからの。だがそれもしない。それは何故か? 答えは一つ。それが神の意思で禁じられているからではないか? という事だ」
「「......」」
「でもなければ、彼の方が自由に暮らす事など出来やせぬ。いや、或いは可能なのか? なにせ噂では彼の方はロイヤルジャックやウィンダムに勝るとも劣らない戦闘能力を持ち、巷では英雄と呼ばれておるら......」
「もうよい」
「シュバルツ?」
「ハッキリ言えばどうだ、ノール長老よ。お主の考えている通りだ。ヒロシを政治目的で利用はしない。これは両国が決定した事項だ。それ以上もそれ以下も無い」
「それが聞きたかったんじゃよ。つまり彼の方は両国にとって束縛する事など出来やしないという事であるな」
「そもそも束縛などしない」
「それだけ聞ければ十分じゃ。さて馳走になった。私はこの辺で森へ帰ろうとするかの」
ノールはゆっくりと席を立とうとする。二人の王はこの男の取り扱いについてどうすれば良いのか迷った。礼儀がない訳ではない。話が終わったから帰ると言っても不思議ではない。しかし、何か......このまま帰らせてはいけない気がしたのだ。
「待て、ノール長老よ。それを聞きたかった理由を聞いても良いか?」
立ち上がったノールはしばらくシュバルツを見ると言葉を発した。
「......賢王とはよく言ったものだ。このまま帰りたかったのであるがな」
「この......ジジイ」
「ホッホッホ、シュバルツ王よ、想いが口から零れておるぞ? そうじゃな。あるとすれば......なぜサーミッシュは国家宣言をしないか考えた事はあるかの? 神々より大森林という広大な土地を与えられているにも関わらずだ」
「それは......」
「神々の守護があるという仮説を正とするならば、神々に対する信仰はセントソラリスにも負けはせぬ。まさに大森林は神の大地と呼べるであろう」
「しかしそれが国家を名乗らない理由にはなるまい?」
「それはな......王が居ないからじゃよ」
「王が......居ない? お主がいるではないか!」
「ワシはただの長老じゃ。世襲制でもなく、次の代がくれば長老の座も引き継がれる。サーミッシュ、いやドルツブルグには王がいないのだ。国を名乗っても王がいないのでは意味が無かろう?」
「サーミッシュは国家宣言をすると言うのか?」
「そんな事は一言も言っておるまいよ? ただ一つ言える事があれば......その時は国を丸ごと王に献上するのだ。その時王が国家宣言をするというならそうするだけの事」
「貴様......まさかヒロ......」
「滅多なことを口にするでないぞ? 全ては我らが王次第である。国を丸ごと献上するのだ。これはサーミッシュの総意であり、ただの一人も異を唱える者など居らぬ」
「ただの一人もだと? そんな事が......」
「言葉通りじゃよ。これはサーミッシュの悲願であるゆえな。玉座に座る者、即ち王が現れたのなら滅ぶも栄えるも王が決めれば良い事だ。王が望むならこれまでの仮説を明らかにするのもよかろう」
そしてノールは二人の王に対して、いやこの部屋にいる王族全員に対して言い放った。
「これは政治利用には当たるまい?」
「その王とは!?」
「済まないがそれだけは許されよ。まだ決まっても居らぬ王の名を口に出す事など出来ぬ。出過ぎた真似をして王の不興を買うなど絶対にあってはならぬ事ゆえな」
その場にいる全員が何も言葉を発することが出来ずにいる。
「両国が知る変わった商人の話が聞けて、今日は本当に来た甲斐があるというもの。少し話し過ぎた感もあるが、その商人とドルツブルグの話とは全く関係ないゆえに気にしないで頂きたい」
ノールは悪戯っぽい微笑を浮かべ皆に向かってそう言うと、続いて謝辞を述べ部屋を出て行ったのだった。
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