270 長老 ノール・アルミナス
よろしくお願いします。
家令が呼びに行ってしばらく、ノールは部屋へと入ってきた。本来国家と認定されてもいないサーミッシュはただの森の住人であり、言ってみれば国を持たない原住民である。
だが、その佇まいからは気品が溢れ、とても森で隠れ住んでいるとは思う事など出来ない。神々の庭園を長きに渡り守り抜いてきた自負と守護者としての誇りがあるのだろう。
もちろん守護者については二人の王は知る由もない。だからこそ二人はその畏怖に一瞬でも当てられたと言って良いだろう。それはこの場にいる全ての者に当てはまるだろうが。
「お初にお目に掛かります、ドルスカーナは百獣の王、ダルタニアス王よ。またリンクルアデルの賢王、シュバルツ王」
ノールは軽く全体を見渡すと続ける。
「私はノール・アルミナス。サーミッシュの長老をしております。この度は約束もなく突然訪ねてきたにも関わらず、こうしてお時間を頂き大変感謝しております」
「うむ。こちらも色々と思う所もあってな、今回は気にする必要はない。次回からは礼に準じて欲しい所ではあるがな。さあこちらへと参られよ」
「それではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
ノールはゆっくりと着席する。
「他の者は?」
「流石に一人では参りません。別室を用意して頂きそちらで待機しておりますな」
「そうか」
軽い二人のやり取りを見ていたシュバルツは、会話の区切りを見てノールへと話しかけた。
「ノール長老、サーミッシュにはバルボア騒動の際に森で助けて頂いたと聞いておる。まずはその感謝の言葉を」
「シュバルツ王よ。感謝など必要ない。我々が協力する事はまさに神の啓示、運命であったのだ」
「神託が降ったと?」
「詳しい事は言えぬが......授かっていた神託が現実となったというべきか」
「ふむ、興味が湧くのう?」
ダルタニアスはアゴの辺りを手でなぞるとノールへと言った。
「今回訪ねてきた理由はその辺りにもあるという事か? サーミッシュの長よ」
「理由か......ハッキリとした理由が必要というならば、そうじゃな、まさにその通りと言える。列国の王と話をしてみたいという想い、そして告げておかなくてはならない事柄じゃな」
「告げておきたい事柄とはなんだ?」
「ホッホッホ、シュバルツ王は中々にせっかちであるか? 折角茶菓子があるのだ、それを頂いてからでも遅くはあるまい?」
シュバルツはダルタニアスと目を合わせ小さく頷く。何とも捉えようの無いじいさん。これが最初の印象であった。国でもない少数民族の代表、それ故に礼儀と節度を知らぬのか?
しかし話を進めれば進めるほど、サーミッシュとはただの少数民族ではないことが分かってくる。豊富な知識量、巧みな話術、言葉の端々に込められる威厳、いや自信というべきか。二人の大国の王を前に媚びる訳でもなく虚勢を張る訳でもない。民族を代表するだけの風格を持ち、それをその身をもって示しているのだ。
そこでシュバルツはダルタニアスが言った言葉を思い出す。
「そう言えば、ノール殿よ。其方は私がここに来ていると知っていたと聞いたが?」
「そうじゃな。別々に会うと日数も掛かるし、まとめて会った方が話が早いと思ってな」
「やはり。今日ここに狙って来た本当の理由があるという事か」
そこでノールは手に持ったカップをテーブルへと置き、二人を見て言った。
「この両国における、ヒロシと言う人物との関係を知りたい」
「ヒロシ?」
「ヒロシだと?」
「そう、ヒロシ・A・ロングフォード。リンクルアデルのゾイド・ロングフォード伯爵家の跡継ぎであり、儀礼爵位的には男爵まで名乗ることが可能か。ゾイド伯爵の孫娘ソニアとドルスカーナが誇る大陸屈指の冒険者サティを妻に迎え、自らが舵を切る商会は既にリンクルアデル最大と言っても良い規模になっている」
そこでノールはまた二人を見る。
「ここまでは間違いないかと思うがどうだろうか?」
「ああ」
「その通りだ」
「その男と両国の関係はどうなのだ? なぜ彼の方はまだ自由に生きることが出来ているのだ?」
「どういう意味かな、長老よ?」
ダルタニアスとシュバルツの目は細く薄められノールの真意を掴もうとして、いや言葉の内容次第では剛権を発動する事すら躊躇わないだろう。
「どういう意味も何も言葉通りの意味じゃよ。本来彼のような人物は国が抱え込んでいても何ら不思議ではない。しかしこの両国はある程度権限や階級を与えてはいるが、政治に介入させているようには思えない。なぜだ?」
「それを聞いてどうするのだ?」
「うむ。ダルタニアスよ、ワシもそう思う。先程からお主は質問ばかりで、お主自身の考えを全く聞いておらぬがな? そろそろこちらの質問にも答えたらどうなのだ?」
「シュバルツ王よ、お主はサーミッシュについてどこまで知っているのかね?」
「やれやれ、また質問か。まあ良い。そうだな、森に住む少数民族という事くらいだな」
「いや、それは違うだろう。彼の方はある予測を打ち立てたはずだ。秘密としていると言って下さったが、彼の方が話さずとも情報は大臣達より報告されているであろう?」
「ん? シュバルツよ、何かサーミッシュについて秘密があるのか?」
「ダルタニアスよ、バルボア騒乱の際にヒロシはサーミッシュに大森林で起こる戦闘の協力を求めに行ったのだ。その際にヒロシはサーミッシュついて一つの仮説を立てた」
「どんな?」
「聞いても信じまいよ。ワシですら今でも信じられん」
「それは俺が判断する。聞かせてくれないか?」
「よかろう。ノール長老よ、あくまで仮説だ。話をしても良いな?」
「別に構わぬ。仮説じゃからな」
「ヒロシが言ったのは......」
シュバルツは話した。サーミッシュとは神々より大森林を守る使命を与えられ、守護者となった民族。神より守護を与えられ、時には大森林を汚す者に対して制裁を行う事。そしてサーミッシュとは世を忍ぶ仮の呼び名、ただの民族としての通称であり、その本当の種族は......
「エルフではないかとな」
「なんだと!」
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。