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楽しんで頂ければ幸いです。
「いくつかあるロングフォード家の家訓に、『困ったものには必ず手を差し伸べよ』と言うのがある。差し伸べた手を掴むかどうかまで責任を持つ必要はないがな。それはソニアにもシェリーやロイにも受け継がれていく。家訓は家族だけのものではない。当然ロングフォード家の皆に対してもじゃ。思えばセバスがお前を連れてきたのも家訓が繋いだ『縁』なのかも知れん」
二人は黙って聞いている。
「曾祖母には不思議な力があったそうじゃ。曾祖父が単騎でオーガを撃破したと言うが当時の装備や文明レベルを考えると到底あり得ん話じゃ。現在でもオーガを単騎で撃破できるものなど数えるほどしかおらん」
ゾイドは飲み物で少し口を潤すと再び話し始めた。
「曾祖母が曾祖父に何某かの言葉を投げかけると、力が溢れ出てきたそうじゃ。防御力も飛躍的に向上したそうな。今でいうバフ系の呪文が使えた可能性が高いが、単騎でオーガ討伐できるほどのバフ系の呪文じゃぞ? あるのかそんなもんが?」
「それほど強力なバフですか......聞いた事がありませんな」
「しかも何故使えたのか分からんかった。当時は冒険者登録だけでカードもなかったようだが、登録書には何も書かれておらん。だが魂歴の水晶は遥か昔からあるわけでスキルがあれば映し出されないはずはないんじゃよ。だからご先祖のこの話はロングフォード家にのみ伝わっており、ギルド等には記録は一切残っておらん」
そこでゾイドは改めて二人を見た。
「だが今、この時を経て考えられるのが......」
「ヒロシ様の言っていた【文字化け】ですかな?」
「文字化け?」
セバスが答えるが、クロードは徐々に話についていけなくなってきていた。
「そうじゃ、当時確かに映し出されていた。だが誰も読めなかったらどうじゃ? 書きようがない」
「しかし......いや。実際にヒロシ様がここに居るので、否定はできない......ですね。あと、見慣れない服に言葉。あとは状況」
「ワシはヒロシをギルドに連れて行った時に確信した。アザベル様が導き、ご先祖様が助けたロザーナ様。それが巡り巡ってワシの代へと引き継がれたのだと。奴が邪ではないことはお前たちも分かっているはずだ」
「彼に何を期待しているのですか?」
「期待じゃと? そんなものは何もしとらんわい。家訓の通りだ。こういうのに見返りを期待するのはクズのする事じゃ。ワシはヒロシがこの世界で生を謳歌できるよう手伝いがしたいだけじゃ。もちろんご先祖様の話もある」
「まさか神の意志が......?」
「それもある。もしかしたらアザベル様がヒロシをロングフォード家の前に連れてきたかもしれん。言い伝えと違って夢には出てこなかったがな。これで見放したらワシは代々のご先祖様から総スカンを食らうわい」
そこでクロードが言った。
「申し訳ありません。少し話が見えないのですが......あの男がまさか今話していたご先祖様と同じ状況で現れたという事なのですか?」
「......そうだ。それがヒロシをここに置く理由の一つだ」
「理由の一つ?」
「そうだ。もちろんワシが気に入ったこともあるの理由だ。色々と理由はある。それもこれも含めて、ワシが決めたことだ。誰に何の文句がつけられようか?」
「確かにその通りです。旦那様がお決めになられた事なのです。私は何を思ってヒロシ様にあのような口の利き方をしてしまったのか......きっと苦労もせずにいきなり旦那様に受け入れられたヒロシ様に嫉妬してしまったのかもしれません。なんと心の狭い男か......ロングフォード家の歴史を聞かせて頂き、これで思い残すことはありません。いかなる処罰も受け入れます」
「旦那様......」
「セバス、そう悲しい顔をするな。ワシはヒロシに言われて気が付いたことがある。結果だけを見ようとしてその理由を知ろうとしなかった。男爵の名前に一瞬でも囚われた己が恥ずかしい。今回の事は不問にし、お主のことはそのままヒロシへと任せよう」
「旦那様?」
「奴なら悪いようにはせんじゃろう。あとクロードよ、奴は苦労などしてない訳がない。お前は知らぬだろうが、あいつはこの世界に来る時に一度死んでおるのじゃ。信じられぬだろうがな」
「この世界? 死んでいるですって?」
「アイツは転生者なのだ。もと居た世界の家族とも別れも告げれずに突然何の因果かたった一人でこの地、リンクルアデルへとやってきた。それを知ったからこそご先祖様と結びついたのだ」
「そんな、まさか」
ゾイドはクロードにヒロシとの出会いからギルドでの話、そしてヒロシ自身からの告白内容を話した。当然秘匿すべき情報だという事を前提に。
「ソニアが言っておったよ。部屋から声を殺して泣くヒロシの嗚咽が漏れていたとな。お前ほどじゃないにせよ家族を失う辛さをその身をもって知っておる。だからこそお前の心の声を聞き逃さなかったんじゃろうな」
「ヒロシさんにそんなことが......それなのに私と言う男は......なんと愚かな......」
「あと、お前は気づいておらんかもしれんがあいつはその身に信じられん能力を宿しておる。ケビンの手紙にも書いてあったが、出ていくのが少し遅れていたらあの場がどうなっていたか分からんとな」
「そうなのですか?」
「あいつは飄々としておるからの。お前には分からんかったかも知れん。パスの中身も文字化けで読めんしな。しかし客観的に見たとして、あの狂犬のリーダーがヒロシを思い切り殴ったんだろう? 狂犬のパーティーランクはC。リーダーのジャギルのレベルはBクラスと思われる。その人間がたとえ一発でも一般市民を思いっきり殴ったらどうなる?」
「......ほぼ間違いなく......死にますね」
「そういうことじゃ。もう入っても良いぞ!」
ゾイドの声が聞こえたので俺たちは部屋の中へと入って行った。俺たち全員目が赤いぞ。この扉薄いんだよ。あの時、セバスとメイドは間違いなく俺の話聞いてたよな...
じいさんは一連の流れを俺たちに説明してくれた。まぁクロードが不問にされたことは良かった。じいさんも良く決断してくれた。
あと、俺の件で御先祖様のロザーナさんとの共通点が見つかった。それはソニアさんの口から話されたことだった。
「実はその夢の件なんだけどね、しばらく前からロイが家の前で寝てる人がいる夢を見たっていうのよ。毎日言うものだから私も段々と気になり始めて......ロイは小さいから言うことが曖昧でよく分からないから......その日も騒ぐものだからシェリーがドアを開けたらヒロシ君が倒れてたのよ。これって御先祖様が見ていたという夢の話と同じじゃないかしら?」
「うーむ、似ておるな。夢を見ていたのはロイじゃったか。なぜロイにその役割が与えられたのかはわからぬが、それが本当ならロザーナ様が転生者であったことは確定かもしれんな。しかし何故こんな不思議な事が我が家にばかり起こるのじゃ? 王都アデリーゼとかセントソラリスに神託が降りても良いと思うんじゃが。まぁ、確かめる術はないがの。これもアザベル様のお導きなのかのう」
俺は言えない。実際にアザベル様が絡んでいるなんて事は。俺もアザべル様が何を思ってロングフォード家に転生者を送るのかは分からない。一つ言える事はお世話になったアザベル様に落ち着いたら神棚をつくろう、という事だった。
「それで、これからの事なんじゃが」
「それについては俺からお願いがあるんだ」
「なんじゃ?」
「俺、街の別宅に住んでもいいかな?」
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