264 冤罪の行方
よろしくお願いします。
もう明日にでもドルスカーナへ行こうと思っていた時にその問題は発覚した。新しくエステの小道具として使おうと思っていた泥だ。泥パック、これは斬新だと思ったのだ。間違いなく売れると。
そもそもこの話は俺がクロとアルガスの港を拡げている状況を見に行った事から始まった。泥を鑑定して含まれるミネラルを確認。程よく粘着性もあるのでそのまま使用できる勢いだった。
それが今、俺の目の前で鎮座しているこれは......カッチコチに乾燥した泥だった。もう石とか岩みたいな見た目になっている。そら乾燥もするだろう、それは分かる。だがロングフォードの海水や水で晒しても元の状態に戻らないのは何故だ!
このカチカチの状態で鑑定を行うと天然ミネラル配合(特大)とでるのだ。ここで海水や水に浸すとその成分は流れ出すのか何だか知らんが、鑑定ではただの泥となってしまう。なんでやねん。
つまり海水ごと持って来いってか? 冗談を言うな、どれほどクソ重たくなると思っているのだ。泥だけでも重すぎるのではないかとホスドラゴンの体を心配していたと言うのに。
あれか? 神様が他の泥を違う土地に持って来てはいけないと言っているのだろうか? そう考えた俺は、使った泥は元に返しますと神棚の前で願ってみても結果は同じだった。
ブツブツ唱えていたらクロが俺の額にそっと手を当ててきた。心配するな熱などない。ちょっと目が血走っていただけだ。確かに最後の方は声が大きかったかも知れんが......
それではロングフォードの泥はどうかと言えばこれも上手くいかない。こちらの泥は天然ミネラル配合(極小)なのだ。いい加減にしろ。なぜだ? 効果が無いことは無いのだ。いっそこのまま使ってしまおうかと思ったが、それこそNamelessとしての威厳に関わる。
研究室でウンウン唸っているとアリスが入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「おお、ありがとう。ところでアリスよ。ここにあるこの泥の塊で体を洗うとかしてみてくれないか」
「泥? 岩か何かに見えますが......ええと、お断り致します」
「お肌がスベスベになるかも知れないのだ」
「傷まみれになるイメージしか湧きません」
「そこをなんとか」
するとアリスはエプロンの前ポケットに手を入れソレを少しだけ俺に見せた。
「抜かせますか、この私に?」
「クッ、魔剣センチピードデビル(足)か。早まるな、お主と斬り合うつもりはない」
「そうですか......まあ、それが賢明でしょう」
そう言いながらアリスはチャキッとそれをポケットの中へと戻した。なぜ音が鳴ったのだろうか? いや、そもそも入っていること自体がおかしいのだ。考えないことにしよう。
「それはそうと、後ほどレイナさんが来られるそうです。なんでもロングフォードの港の開発で相談したい事があるとか」
「ふーん。わかった。着いたらここに連れて来てよ」
「畏まりました」
しばらくするとレイナがやってきた。
「社長、お忙しい所失礼します」
「別にいいよ。行き詰まって悩んでたところだから」
「社長がお悩みとは。よろしければお聞かせ頂いても?」
「そう?」
俺はこれまでの経緯を簡単にレイナに話した。
「それで、冗談でアリスに言ったら怒られちゃったよ」
「私がやりましょう」
「え?」
そう言うとレイナはおもむろに泥、いや岩の一部を手に持った。
「これを体に擦り付ければ良いのですね? 肌が綺麗になるまで擦り続ければ良いと」
「いや、冗談だから。俺も流石にそれは傷まみれになると思うぞ? いいから、な、やめておけ。な? さあそれをこっちに渡すんだ」
「嫌です。社長の言葉が正しいと言う事を証明して見せましょう」
「ま、待て。お前俺の話を聞いてたか? 冗談だと言っただろう? やめろ、やめるんだ」
「嫌です!」
そう言うとレイナはそれを腕に当てた。
「やめろぉぉぉぅ!」
レイナは俺から離れながらもそれを体に擦り付けようとしている。俺はそれを後ろから羽交い絞めとまではいかないが、泥を持った手を取り後から抱え込んだ。
「キャッ、離して下さい! 私は、私は!」
「ダメだ、離すのはお前が先だ。早くそれを机に置けぇ!」
「止めて下さい! 離して! 離して下さい!」
「離さない、離さないぞぉ!」
「イヤァァ、離してぇ!」
「なんですか! 今の声は!! 社長? ちょっと社長! アンタ何をやってんですか!」
アリスがドアを蹴り開け、すごい勢いで走ってきた。その手には魔剣センチピードデビルが握られている。なぜそんなものを手に持って走るのかは分からんが丁度いい所に来た。
「丁度いいとこ......」
「サティ様ぁ! サティ様ぁぁぁ!!」
「え?」
そして程なく入ってきたサティを見たのと、俺が意識を失ったのはほぼ同時だったと思う。
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「今回、俺は余り悪くないと思う」
「そ、そうね。分かれば良いのよ」
「これは冤罪なのだ。なのになぜ俺は正座をしているのか」
「ええと、そう言う事っぽいわね。でもほら、あの状況だと......ね?」
サティは可愛く科を作って俺を見る。うーむ可愛い。いや、待て。いきなりぶん殴られた俺はこれを許していいのか? 俺の顔半分は大きく腫れあがっているのだ。ソニアが今横でヒールを掛けてくれている。
「殴られた上に、どうも頭に大きなタンコブも出来ているのだが?」
「それは、私じゃなくてアリスが......ね?」
アリスはそっと濡れたタオルを俺の頭に掛けてくれた。お前、アレで俺の頭をぶん殴ったって事だよな? タイミング的にサティの後で殴ったんじゃないのか?
「ソニア......どう思う?」
「悪いけど、あの状況ならヒロシさんがレイナを襲っているとしか見えないわねぇ」
「なんという事だ......」
「そ、そうよ。紛らわしい事してるヒロくんが悪いのよ」
「なんだとぅ!」
「まさか家の中でそんな行為に及ぼうとするなんて驚いちゃったのよ。外でもダメだけど。ゴメンね?」
「いや......しかしだな」
「ゴメンね? ね?」
「お、おう」
そんなサティに俺は何も言えず、半分以上俺が悪いような雰囲気の中、今回の騒動は幕を閉じたのだった。確かに紛らわしかったかも知らんがもういいや。このやり切れない思いは、あそこで必死に笑いを堪えているクロにぶつける事にする。
それよりレイナはどこへ行ったんだよ? と言ったらソニアが既に説教をして今は隣の部屋で休んでいると言う事だった。ソニアの説教が入ったのならもはや何も言うまい。部屋で休むと言うより精神を削られぶっ倒れたんだろうな。
今回はソニアが怒ってないだけ良かったとしよう。
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