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よろしくお願いします。
「ラザック、お前は良いけど他の人達は余り食事をとれなかったんじゃないのか?」
「いや、どうでしょうか?」
「じいさんがあの調子だったからな。皆も緊張しただろう? クロ、悪いけど簡単につまめるものと飲み物を用意してもらえないか?」
「畏まりました」
「そう? おじいさまはいつも通りだったと思うわよ?」
「ソニア、耐性というものがあってだな......」
俺が初めてじいさんを見た時はあの顔に手にはでっかい棍棒を持ってたんだぞ。殺されるかと思ったわ。
少し昔の事を思い出している間にクロが頼んでくれたのだろう、いま屋敷のメイドさんたちは簡単にテーブルに軽食の準備をしてくれている。ありがとう。
「それでヒロシ様、今日は食事だけと言う訳ではないのでしょう?」
「ああ、そうなんだよ。ちょっと色々と聞かせて欲しくてね。グランのところは卸をやってるって事だけど主に何を卸してるのかな?」
「はい。卸と言いましても、何でも屋と言いますか何と言いますか。ラザック商店で扱う商品の仕入れが殆どです。Namelessで扱う装飾品も扱っております」
「ガラムは商店だったな?」
「私のところは主にNamelessの栄養剤やアロマ、後はラザック商店関係ですね」
「ふーん、そうか。じゃあ両方とも輸送に関しては問題ないんだな?」
「はい、そこは問題ありません」
「私のところも大丈夫です」
「輸送の仕事に興味ない?」
「輸送......ですか?」
「そう、輸送だ」
「ヒロシ様、ちょっと意味が分からないのですが? 輸送ですか?」
「ラザックは分かんないか。よし、では説明しよう。今グランが装飾品の材料を仕入れたとする。その材料の状態を見て買うだろう? その後どうする?」
「ラザックの商店へ持って行きますよ」
「誰が?」
「そりゃ私です」
「そうだろうな。大体その仕組みだ。物を仕入れても、作っても。或いは何かを育てて仕入れてもだ。作った者が自分でそれを運んでいるんだ」
「はあ」
「それを代わりに運ぶだけの仕事だ。それを輸送業という」
「ヒロシ様、それは分かりましたが、その仕事に意味はあるのでしょうかね?」
「小さい商会や扱う数量が少ないなら意味はないだろうな。例えばガラムが栄養剤を十本運びたいなら自分で運ぶ方が早い」
「そうですね」
「じゃあ、その数が千本で毎日アルガスまで運ぶとなるとどうだ? お前自分で運べるか?」
「ええと」
「アルガスまでバイパスで往復できたとしても最低二日は掛かるだろう。荷下ろしがあるから三日は見ておかないといけないかも知れない。でも毎日運ばないといけないんだ。どうする?」
「無理ですね......」
「そうだろう。それを専門に行う仕事を輸送業と言うんだ。ガラムはロングフォード内とアルガス方面、グランはウエストアデル方面だ。ドルスカーナは少々事情もある事からNamelessが仕切る」
「それは......もちろんやらせてもらえるのなら有難いのですが」
「私もありがたいとは思いますが」
彼らの心配事。それは輸送するモノだった。Namelessの品物を運ぶことは藁や薪を運ぶのとは訳が違う。単価が違うからな。何かあった時の保証が出来ない。賠償責任など言われたら一発で商会が吹っ飛ぶかもしれないのだ。しかし瞬時にそれを判断できるからこそ商会を大きくして来れた訳だが。
「うむ。そこに考えが至るとは流石だ。ラザックの友達だけあるな。だが、よっぽどの落ち度が無い限り補償請求をするような事はしないから安心してくれて良い」
「ありがとうございます。でも、どうして私たちに?」
「輸送とは結構な人と手間がかかるんだ。Namelessでもやって良いんだが、ラザックの友人だし声を掛けてみた訳だ。元々はソニアから聞いたって事もあるけどなっていうかそれが大きい」
「......やります。やらせて下さい。絶対に期待に応えて見せます」
「私もやります! でも、何を運ぶんですか?」
「それはな。ガラムは酒類だ。ウエストアデルから酒を運んでほしい。もちろんウエストアデルに行く時はこっちから栄養剤やアロマを運んでもらう。詳しい事はうちのアリスに聞いてくれ」
「酒類ですか、わかりました」
「私は?」
「グラン、お前は泥だ」
「泥? 泥ってあの泥の事ですか?」
「そうだ、あの泥だ。あれをバルボアの海岸から引っ張って来てほしい。これ以上はNamelessの商売上の理由から秘密だ。まだ思案段階だから上手くいかない場合はNamelessの他の商品を運んでもらう事になる」
「は、はあ。それで向こうに行く時は何を運ぶんですか?」
「それは運んできた泥を積んで戻るんだよ」
「全く意味が分かりません」
「まあ分からないだろうけどな。でもそこにこそ金が集まるのさ、まあ頼むよ。たださっきも言ったけどまだ泥を持って来れるか分からないので最終判断は少し先になる」
「わかりました」
「あと二人に分かってもらいたい事はNamelessの仕事をやるからには中途半端は許されない。不正などしようものなら一発アウトだ。その辺は肝に銘じておいて欲しい」
「もちろんです」
「当然です」
返事はしたが、二人は新しい仕事が突然決まったのに驚いたのか放心状態になっている。ご婦人たちも口が開いているけどな。自慢じゃないがNamelessはもはや大商会なのだ。なにせNamelessはギルドいらずって言われている程だからな。
ソニアが俺の方を見ている。早く言ってあげなさいよ的な顔だ。
「最後にだがな」
皆は俺の方を見た。
「ラザックよ、悪いけどお前は特に何もないんだよね......」
「別に今のままで十分に目をかけて頂いていると思ってますけど?」
「そう言ってもらえると嬉しいんだけど。ただ違うと言えばだな、俺の補佐をしてもらうって事だな」
「私がですか?」
「そうだ。俺はお前の働きをバルボアで見てきた。本当によくやってくれた。ちょっと重要な役どころにお前が必要なんだよ」
「私が......」
「それにお前のところってウチの仕事も普段から真面目にしてくれているだろう?」
「それはまあ」
「だから直ぐにっていう仕事は無いんだが、一つ看板を与えようと思ってな」
「はい」
「ラザック商会を『伯爵家御用達商会』とする」
「えええええ!」
「とは言うものの俺との専属契約みたいなもんだ。それでも良いか?」
「ももも、勿論です!」
「それは良かった。伯爵にはもう話は通しているから、そんな訳でこれからもよろしくな。まず御用達商会としての初めての仕事は輸送業を早急にまとめる事だ。お前にはドルスカーナの案件にも噛んでもらうから頼んだぜ?」
嫁のカレンさんが卒倒したところをソニアに支えてもらったのが見えた。
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