262
よろしくお願いします。
「カレン来たわよ! カレン!」
「待たせてしまったかしら? ごめんなさいね?」
「気にしないで、こっちよ。さあこちらへいらして」
「ええ、お邪魔するわね」
そう言うとエスタとヴァーリンは旦那を連れて慌ただしく中へと入ってきた。私の家で合流して一緒に伯爵家に行くつもりにしているのだ。
他の二組は伯爵家に入る事はもちろんヒロシ様の顔もほどんと見たことが無い。少し前打ち合わせをしてから行こうと言う事になったのだ。
かくいう私もソニア様とは何度か話したことはあるがヒロシ様は良く知らないのだ。なので夫であるラザック頼りという事になる。そもそも呼ばれた理由もはっきりと知らされていないのだ。皆がテーブルへと腰かけラザックへと挨拶をする。
ラザックも今では爵位持ちだ。敷居の低い士爵ではない。既に准男爵となっているのだからこれまでと同じ調子と言う訳にはいかない。階級とは絶対なのだ。
そこに不作法が合ってはならない。ちなみに私たち女性も同じだ。ただ、この三人でいる時だけ少しその枠組みから外れるのだけど。
結論からするとラザックも恐らく何か商売の話があるのではないか? という事くらいの認識であった。あとの問題は、面識も爵位もない彼女達からすれば上手く紹介してね、という事だった。
恐らく昼食会にはゾイド伯爵も同席されるだろう。失礼があればそこで人生が終わると言っても過言ではないのだ。そして私たちは馬車に乗り伯爵家へと移動した。
「ラザック准男爵様とご友人の方ですね。お聞きしております、このまま玄関ロビーへとお進みください」
驚くほど大きいロビーを抜け、私達はそこで待っていた執事の後に付いて行く。筆頭家令のセバスチャンと自己紹介をされた。エスタとヴァーリンは執事を見た段階で顔面蒼白であった。私もあまり変わらない。ウチの執事と比べてもレベルが違うのは明らかだった。
ついた場所は昼食会が開かれる食堂であった。私の家のリビングくらいあるのではないのか。部屋に入ると既にゾイド伯爵をはじめ皆さんが既に着席していた。伯爵の隣にいるのは奥様だろうか。勢ぞろいではないか。本当に私たちは来てよかったのだろうか。
「やあ、よく来てくれたね。さあ座ってくれ」
ヒロシ様がそう声を掛けてくれて私たちは席に着いた。ソニア様の結婚式でお姿を拝見したが、それ以外では実はあまり顔を合わせる機会はない。あ、紹介をしないと。私はラザックの方を見た。
「ゾイド伯爵様、ヒロシ様、この度はお招き頂き有難うございます。こちらにいるのが私の家内のカレン、そしてこちらにいるのが卸業を営んでおりますグランとその妻のエスタ、そして商店を経営しておりますガラムとその妻のヴァーリンと言います」
「「よろしくお願い致します」」
「カレン、久しぶりね」
「ソニア様、ご機嫌麗しゅうございます。この度はありがとうございます」
「皆さんももっと楽にして下さいな」
「は、はい」
私ももう少しリラックスしたいのではあるが、ゾイド伯爵の迫力がすご過ぎて私は少し緊張しているのだ。ヴァーリンが吐かないか心配で仕方が無い。
横でカフッとか声が漏れているが、この子は前に王妃様と会った時もこんな感じだったわね。エスタは動きを止めて気配まで消そうとしているように見える。
伯爵の目はたまに鋭く私たちを観察しているかのように見える。恐ろしい。私達は今試されているのだろうか? 美味しい食事のはずなんだが、味が全くしない。
ラザックはヒロシ様と話してはいるが、グランとガラムは泣きそうになっているような気がする。私もソニア様と話す時に何度か二人に話を振ったが、とてもついてこれる状態ではない。
むしろ大失態を避けるために私が頑張って話をしないといけないという気持ちになったのだった。恐らくラザックもその心境に至ったのだろうと今更ながらに理解した。
たまに会話で起こる笑い声が切ない。ラザックとヒロシ様は面白いのだろうが、それ以外の声が乾いているのだ。笑っているが顔は笑っていないと言うのか。恐らく友人夫妻たちは笑い声に反応して声を出しているだけだと思う。
食事が終わると別室で話をしようという事になった。伯爵様はここで退席すると言う。よく来てくれたとか言ってくれたのが有難かった。上手く話が出来ない私たちに変に緊張させて申し訳ないとまで仰ってくれた。
やはりロングフォードを長く治めてくれているお方だ。いや、今は既にアルガス全体を治めているのか。とにかくその一言で救われたと言っても良いだろう。
そして最後に伯爵が言った。
「ラザックよ」
「はっ」
「お前の事はヒロシからよく聞いておる。そこの二人、お前達もこれからヒロシと話をするのだろう?」
「「は、はい。そのようになるかと思います」」
「うむ。商売についてはヒロシによく聞けばよい。ワシなんかよりよっぽどやり手じゃからな」
「「畏まりました」」
ヒロシ様は今やリンクルアデル最大と言って良いNameless大商会の会長だ。その仕事の手腕について知らない者は居ない。
「ただし、一つだけ言っておく事があるとすれば」
そこで伯爵は言葉を切っていった。
「下手な野心はその身を亡ぼすと心得よ。分かったな?」
「「もちろん心得てございます」」
「ならよい」
そうして伯爵様は奥の部屋へと奥様と戻られたのだった。本当にソニア様と血が繋がっているのか疑いたくなるくらい迫力のあるお方だった。そして隣を見ると友人は口から魂が抜けかけているかのように見えたのだった。
無理もないと思う......あれは『裏切れば殺す』くらいの意味が含まれているのではないだろか?
後でラザックに聞いてみよう。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。