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よろしくお願いします。
「あんたたち何やってんのよ?」
ドアを開いて中へと入ってきたサティは俺たちを見てこう言った。バルボアでの式典が終わった後、俺たちはローランドへと戻ってきている。あ、街の呼び名である『ローランド』ってのは近々『アルガス』と変更されることになったぞ。
つまりはアルガスのアルガス、アルガスのロングフォート。こうなる訳だ。で、俺たちは今アルガスにいると。ちなみにバルボアはそのままバルボアだ。ローランドさんが移ったからバルボアがローランドになる訳ではない。土地の大きさや街の規模などが関係しているのだろう。
「そこ、間違ってますよ。イッチ、ニー、イッチ、ニー。目線を合わせて下さい。同じところを見るように」
これはアリスだ。その手にはセンチピードデビルの足が握られリズムよく振られている。お前はいつもそれを持ち歩いているのか?
ローランドさんはもうバルボアでの生活を本格的に始めている。家族も付いて行ったぞ。あれから街は右肩上がりで発展を続けている。病院や学校はもちろん教会やその他色々な建物が出来上がっている。
ローランドさんの屋敷はしばらく空き家になるのかな? 別宅としておくのだろうと思うがその辺りはよく知らない。そう言う事は偉い人の事だからうまくやるのだろうな。
「どう、サティ? 中々上手でしょう?」
「上手かもしれないけど、何やってんのよ?」
そしてここはアルガス、ロングフォード伯爵家の一室である。俺はクロと手を取り合ってダンスの練習中だ。
「ふっふっふ、サティよ。見ての通りダンスの練習中だ」
「ダンスの練習って珍しいわね。と言うか初めてじゃない?」
「いや、実はクロの言葉が頭から離れなくてな。万が一この先リリーちゃんとダンスする機会があったなら、俺は大恥をかくことになるのだ」
「なんてったって『その日が来たら舞踏会へと招待しよう』ですからね。ひっくり返りましたよ」
「うっさいよ、お前は」
そう、あれはドルスカーナでの話だ。仮面の男として彼女とダンスしてもいいよ、的な約束をしてしまったのだ。俺はなんてことを言ってしまったのか。仮面の男が出なければ良いだけだが、その後の話からリリーは俺が仮面の男だと気付いている節がある。
つまり、次回ドルスカーナへ行った際にリリーから俺自身が、つまりヒロシとしてダンスに誘われたらどうなるか? 簡単な話だ、俺は足をもつれさせて盛大に転ぶだろう。そんなことは断じてあってはならぬ!
折角お兄さまと呼ばれる日が来るかもしれないというのに、そんな事があれば俺の威厳は一発で地に堕ちる。リリーは俺の事をまたゴミを見るような目で見るに違いない。断じて許されぬ! それくらいサクッとこなせる様にしておかなくてはならないのだ。
「と言う訳なんだよ」
「バカじゃないの?」
「なんだとぅ!」
「あ、ゴメンなさい。癖みたいなものよ、気にしないで。でも何でクロちゃんが相手なのよ? 女性相手じゃないとダメでしょう」
「そうなのだがな。アリスは先生で、ソニアとサティは忙しい。シンディは恐縮してガチガチになる。となればもうクロしかいないのだ。そう、意外に俺には頼める人が居ないって気が付いてショックなのさ」
「まあ、内容が内容だけに簡単にお願いできないしねぇ」
「だろう? どうしよう」
「一人思い当たる人物がいるけど、それはそれで大変な気もするわね。でもダンスと言う社交界における絶対のスキルを、間違いなく最高のレベルで持っているわ」
「素晴らしい! してその人とは?」
「多分すっ飛んでくると思うわ、いやもしかしたら出稽古になるかも知れないわね?」
「なるほど、相当な実力者のようだな。サティ、頼むぞ!」
「ええ、任しておきなさい。ソニア行くわよ!」
「なるほど、良い考えかも知れないわね。多分、いや絶対に教えてもらえるわ。アリス、馬車の用意を!」
「畏まりました!」
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なぜ俺は王城に来ているのだろう......
なぜ俺は陛下とお妃様の前で何度も惨めに地面に這い蹲っているのだろう。
「違いますわ! そこはこうですわ! もう一度やり直しですわ! さあ早くお立ちになって!」
「す、少し、水を飲ませてくれませんか......私の体はもうボロボロです」
「いけません! そのような甘い考えで魔物が蠢く社交界でトップはとれませんわ!」
「そんな物騒な場所でトップを取りたいなどとは考えたことは無いのですが......」
「辛くとも乗り越えるのです! 自分で自分に限界を作ってはなりません!」
「お前性格が変わっ......いえ、失礼しました。貴方様は大変強くなられましたな」
「いえ、ヒロシ様。私は心を鬼にしているのですわ」
アンジェリーナは強くなった。性格も大いに変わったような気がする。王宮での仕事や外交も積極的にこなし、今やすっかり『ですわ』口調になってしまっている。
俺の足は既に限界を超えている。小鹿のように足がプルプルしているぞ。正直ダンスを舐めていた、社交ダンスがこんなに恐ろしいものだったとは。しかし社交界でのダンスとは本当に皆がこのレベルで踊るのか? とてもじゃないが信じられん。肩に手を乗せてユラユラと左右に揺れるだけではダメなのか?
「しかもダンスの相手はサティお姉さまの妹君、リリーさんと言うではありませんか。悔しいっ! いえ、羨ましコホン、いえ、えーと、そのような身分のあるお方とダンスをするにあたり、素人ではお話になりませんわ」
「確かにそうなんだけど」
「それでは、続けますわよ。さあ早くお立ちになって!」
泣きたい。そう思いながら横目に見ると、俺の稽古を見るのは飽きたのか、陛下をはじめサティやソニアは楽しそうにお茶を飲みながら談笑しているのが見えた。
ホント泣きたいぜ。
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