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「よく来てくれた。待っていた、待っていたぞ仮面の男よ!」
ローランドが話し始めた瞬間、辺りは水を打ったような静けさへと変わる。誰もが仮面の男の声を待っている。誰もが声を聞きたいと願っている。
だが、マスカレードは何も話さない。動かない。銅像を見上げているのか? それとも舞台から民衆を見ているのか? ややあって、ようやくマスカレードは身を半分ローランドが立つ壇上へと向けた。
「来るつもりはなかったのだがな......大した男だローランド卿。お前の熱い言葉が俺をここへと呼び寄せた」
侯爵に向かっておきながら礼儀の無い言葉遣いは本来許されるべきではないだろう。だがどうだ? その言葉はローランドへの胸の内へとストンと落ちてくる。
「礼節を弁えない発言を許してくれ。慣れていないものでな」
「気にするな仮面の男よ、バルボアに平和をもたらしたお前を皆がひと目、ひと目だけでも見たいと願っていたのだ」
「ローランド卿よ、それは全てお前の実力だ。俺はお前の情熱を知り、少し力を貸しただけに過ぎない」
「なんと殊勝な事か、マスカレードよ。今、この場に国王陛下も来ておるのだ。こちらへと上がって来てはくれないか?」
するとマスカレードは片手をローランドへと向けると人差し指を軽く振って答える。
「それは頂けないなローランド卿。俺は誰の上でもなく下でもない。そこは俺の居るべき場所ではない」
「そ、そうか。分かった、マスカレードよ。では、一言、一言だけで良い。民衆に声を届けてやってくれないか!」
半身のままマスカレードはローランドを見つめていたかと思うと、彼はゆっくりと体を民衆の方へと戻した。その瞬間に爆発でも起きたかのような大歓声が巻き起こる。中には悲鳴のような声も聞こえ、失神寸前で周りに支えられている者もいる。
マスカレードが口を開いたその瞬間にまた辺りは静寂へと包まれる。
「先ほど壇上には上がらないと言ったが......俺は本来ここにすら立つべき者ではない」
そして銅像を見上げるとゆっくりと話し出した。
「英雄、マスカレード......か。本来俺は英雄などと呼ばれる者でもない」
民衆はざわつき始める。誰かが声を張り上げた。
「何を言っているんだ! あなたこそが英雄だ、バルボア解放の立役者、それは貴方ではないか!」
「バルボアの平和を勝ち取ったのは紛れもなく諸君自身の力だ。俺はその手伝いをしたに過ぎない。この国の王の決断、その領主の情熱、そして諸君らの働きがバルボアの解放を成功に導いたのだ」
「し、しかし」
「もう一度言う、諸君らは間違いなくその手でバルボアの未来を切り開いたのだ。それを誇りとするが良い」
「マスカレード様......な、なんと言うお方だ」
その言葉に民衆は感動に打ち震え、口々にマスカレードを称える。それを見て思う所があったのかマスカレードは言葉を繋いだ。
「フッ、だが諸君が俺如きをそう思ってくれている事は嬉しく思う。この像は少々やり過ぎだとは思うがな......まあ悪くない。礼を言わせてもらおうか」
「「マ、マスカレード様ァァ!」」
「「ウオオオオオ!」」
「「キャー!」」
辺りを包む一面の声、しかしその大歓声は一人の男が動いた事により一斉に収まる。リンクルアデル国王、シュバルツ・フォン・アデル三世である。彼が立ち上がり壇上へとやって来たのだ。
「英雄マスカレードよ」
マスカレードは再び壇上へと体を向けるが臣下の礼をとらない。あくまで不遜。だが不思議とそれは不敬に思えない、いや、当たらないのだ。マスカレードは正体不明の男。彼がここで礼をする事、即ちそれはリンクルアデルに仕えている事と同義となるためだ。
「シュバルツ王......」
「よくぞ来てくれたと言うべきか......久しいなマスカレードよ」
「こういう場所は慣れていないのだがな......王も息災で何よりだ」
「だが、英雄の登場に民が喜んでくれている。お主の働きには余も礼を言わねばなるまい」
「シュバルツ王よ、名も無い俺に礼など不要だ。気にすることなどないさ」
「相変わらず欲のない男よ、国を救った礼は要らぬと申すか」
「礼ならもう十分に受け取ってるさ。この通り......な」
そう言うとマスカレードは片手でなぞるように民衆と銅像を示した。その行動に観客席からは歓声とも溜息ともとれる声が沸き起こる。それを見ながらマスカレードは二人の従者に対して軽く合図を送る。
「行くのか?」
「そうだな......ここは俺には眩しすぎる」
「闇に沈んだバルボアを光で照らしたのはお主自身だろうに」
「バルボアに暗闇は似合わないだけのこと。そして俺はその闇へと戻るだけさ」
「光が強ればそれだけ闇もまた深くなる......か。また投げだすというのか、その身を戦いの地へと。名も告げず、知らぬ者のために命まで賭けると言うのか!」
「フッ、暗闇で泣いている者がいる。それ以上の理由は必要ないさ」
「それを......っ!」
シュバルツが言葉を紡ごうとした時、辺りは白い煙へと包まれる。観客席からは叫び声とも言える声が上がっている。だが仮面の男はそのまま煙と共に消え去ったのだった。残されたシュバルツは言う。
「それを......それを英雄と言うのだ」
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