252
よろしくお願いします。
ローランドは演説を続けている。
「頼む、バルボアの民の前に一度だけで良い。その姿を現してはくれないか!」
ローランドは分かっているのだ。噂で聞く仮面の男は権力に屈しない男であると言う事を。ローランドの声が届いたとしても、それに応えてくれる義理や保証などどこにもない事を。
『ダメか......やはり私の声では届かぬ。せめて、せめてバルボアの民にその姿を見せてやりたかった』
ローランドが声を出すのを止めテーブルの両手を置くと辺りは一瞬静寂に静まり返る。民衆も分かってはいるのだ。仮面の男が都合よく表れてくれる事など無い事を。
彼の役割はバルボア解放が達成された時点で成されているのだ。だが、誰もが思う。その英雄の姿を一目で良いからこの目に写したかったと。
誰もが諦めかけたその時だった。
ドーン! と正門の方から花火が一つ上がる。突然の花火に驚き一斉に空を見上げる観客たち。そしてその後自然に正門へと視線を落とすと、そこにはゆっくり門から入ってくる二頭のホスドラゴン。馬上には深い青と真白の戦闘衣装に身を包んだ男女がいる。
会場は静まりかえり、静寂の中に馬の足音だけが響く。
ローランドは分からない。誰だこの二人は。もしかして報告に会ったあの二人か? すると正門から慌てた様子で衛兵が走り込んできて大声で伝える。
「マ、マスカレード様の従者、サイレンスの方達がご到着なされました!」
馬上の二人から観客は目を離せない。この美しい戦闘衣装に身を包んだ者、彼らが、彼らこそが仮面の男に仕える事が許された者達なのか?
「サ、サイレンスだ! サイレンスが来た! ローランド侯爵様、間違いない、彼らはサイレンスです! あの、あの仮面の男の影であり従者です! 私を、私を盗賊から救ってくれた者達です!」
「なんだとぅ! 彼らがあのサイレンスだとぅ!」
「はい、はい! 間違いありません。うぐぐぅ、来てくれたんだ......そしてきっと仮面の男も......もう直ぐそこに!」
パッカードは言いながらも声は震え感極まっている。会場も次第に状況を理解し始めた。サイレンスだって? 吟遊詩人が謡っていた、あれがあのサイレンスなのか?
「「ワアアアア!」」
しかし二人は歓声に手を挙げて応えるどころか辺りを見渡す事すらなく、ただ舞台に向かって馬を進める。そして舞台へと辿り着くと両脇からゆっくりと階段を登り舞台の両端で向かい合うように立った。
「「ワアアアアア!」」
会場は舞台に上がった二人を迎える喜びを歓声で示す。だが二人は何も応えない。手を振ることも無い、声を出すこともない。二人はローランドを見ることもない。そして陛下に礼をするわけでもないのだ。
そして再び静まる会場。
静かに二人は舞台の中央へと歩き出した。そして中央付近へと到達すると二人は膝をついて臣下の礼をとる。誰もいない空間に向かって膝をつく二人。リンクルアデルの中枢に顔すら向けない二人は一体誰を待つのか。
バアァァーン!
ひときわ大きな花火が再び正門の上へと打ち上げられる。会場の民衆全員が再び一斉に空に煌めく花火へと目線をやり、そして反射的に門へと目を向ける。もしや、もしや今度はあの男が入ってくるのではないか!?
ところが門から入ってくるものは誰もいない。なんだ、何だったんだ? 皆が再び舞台へと視線を移した時、そこにはうっすらと白い煙が漂っている、いつ煙が起こったんだ?
舞台に漂う煙は直ぐに風に流されて空へと舞い上がっていく。そして煙が晴れた時、彼らは声にならない衝撃を受ける事になる。そこには一人の男が立っていたからだ。
二人のサイレンスが膝をつき、臣下の礼を崩さず控えているその中央にその男はいた。舞台の中央、民衆の前へと姿を現したその男。
吟遊詩人は詠う、その男の事を。バルボア城陥落の悲劇とバルボア城奪還の歓喜を。或いはバルボアの街に流れた涙と街に訪れた安息を。そしてリンクルアデルの平和を。
吟遊詩人は詠う、その男の事を。その身を漆黒の闇に包み込み、その手に携えるは身の丈以上の青龍偃月刀。そしてその顔は悪を喰らう鬼の半面で隠されていると。
そして吟遊詩人は詠う......誰もが畏怖を込めて呼ぶその名を。
英雄、仮面の男の名を!
「「ウオオオオオオオオ!!」」
まさに地が揺れているのではないかという程の歓声が会場を覆いつくす。誰もが口々に彼の名前を叫ぶ。リンクルアデルを救い、バルボアの街を救った英雄。マスカレードが今、目の前に現れたのだ。
ローランド自身も自分が興奮しているのが分かっていた。民衆と同じく叫んでいたのだ。信じられぬ。本当に来てくれたんだな。ローランドはうっすらと涙を浮かべながらも直ぐに次の行動へと移った。
すぐに舞台の魔道具を開くように伝えるように指示を出した。これを使うと舞台上での声を拡声器が会場へと流すことが出来る。大きな会場では必須の舞台装置と言って良いだろう。
これで仮面の男の声を民衆へと伝えることが出来る。あの男が何か話してくれたら......ではあるが。ローランドは意を決して仮面の男へと声を掛けた。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。