246 仮面の下の涙を拭え
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ヒロシは跳ねるように前へと飛び出すと、刃先を上に向けそのまま斬り上げるようにアミバルへと振るう。それを避けて中へ入り込もうとするアミバル。ヒロシは柄を起点に体を捩ると横薙ぎに偃月刀を払う。
そのまま、偃月刀の刃と石突きを巧みに織り交ぜながらヒロシはアミバルめがけて攻撃を放つ。アミバルはそれを剣で弾き、身を捩りながらも偃月刀の内側へ入り込もうと突っ込んでくる。
ダイヤモンドシェルで強化された肉体で偃月刀を受けながらも、どうにか中へ潜り込んだアミバルは短剣と足技でヒロシへと攻撃を仕掛けるが、その至近距離での攻撃が当たらない。
「クソがぁ! デカいもん振り回してる割には器用に動くじゃねぇか!」
「外郭八門、陽明の型。お前如きに破られる代物ではない」
「チィッ! ならこれでどうだ! 火炎連弾!」
アミバルは下がりながら剣を収め、何事か唱えると右手をクルクルと回しながら勢いよくヒロシへと振るった。その先からは何発もの火炎弾が飛び出して一斉にヒロシへと襲い掛かる。
「はっ、近接系のヤロウにはたまんねぇだろうが! とっておきだ! そのまま焼けちまえ!」
アミバルの言う事はある意味正しい。剣や斧、槍を持って戦う戦士型の人間は当然近接型のスキルに長けている事が多い。攻撃魔法を使える者が居ても防御に特化したものは少ないのだ。その為に盾役や魔術師が必要になるのだ。だが、ヒロシの場合はどうか?
「お前は本当に井の中の蛙と言う奴か。バルボア騒乱を経て何の情報も持っていないとはな。いや、分かっても尚魔法に縋るこれがお前の実力だ」
「な、なんだと! このヤロウ、魔法が効かねぇとでも言うのか? オラオラオラオラ! どうだぁ!」
ヒロシは迫りくる弾幕を全て偃月刀で払う、いや霧散させていく。そう、ヒロシに攻撃系魔法を奥の手として使う事は悪手でしかない。悪手に拘る事は危険でしかない。当時Bクラスであった天空の剣のガイアスでさえ、すぐ様それを理解し物理主体での攻撃方法に変えたと言うのに。
アミバルは焦っていた。本来魔法で相手の体勢を崩しもしくは直撃させ、弱らせた後で剣で止めをさしていた戦法が全く通じないのだ。魔法はヒロシの眼前で悉く霧散してゆく。
「このバケモンが! ブチ殺してやる、ブチ殺してやるぞ!」
「そろそろ幕引きのようだ......その身に死んでいった民の怒りを刻んでやろう」
ヒロシの気が膨れ上がってくるのが分かる。これは明らかなる殺気、その気に押され一旦距離をおこうとアミバルが離れた時だった。
「自慢のスキルでどこまで耐えれるか試してみると良い」
ヒロシは頭上で偃月刀を一回転させるとそのままアミバルの方へと突っ込む。
「ゆくぞ......拭いきれない罪を重ねたお前を斬る。無念と共に散った魂の叫びを聞け!」
ヒロシは下段の構えから脇構えへと構えを変えながらそのままアミバルへと猛打を降り注ぐ。
「青鷺火だけでは彷徨える魂を導くことは出来ぬ!」
「グアアアアッ」
ヒロシは続けざまに技を繰り出す。
「紅蓮の型だけでは涙に濡れた魂は輪廻の輪に戻れぬ!」
『紅蓮の型』その技は的確にアミバルの体へと刻み付けられていく。首と腰を除く人間の重要な関節、肩や肘をはじめとするその関節左右十二か所の内、最大八か所を集中的に攻撃する非情の型。ヒロシは肩、肘、手首の関節六ケ所を狙い粉砕する。
「ギャアアアアアア!!」
「堕ちるが良い魑魅魍魎が蠢く深淵に......貴様の断末魔は響かない」
ヒロシはその青龍偃月刀を斜め下から大きく回転させながら呟く。
「相原家伝月影流薙刀術奥義......百鬼夜行羅刹」
「ゲブッ」
その一瞬で体が八方に千切れ飛びアミバルは文字通り肉塊へとその姿を変える。人を一瞬で肉の塊に変える恐ろしいまでの殺傷力を秘めた技。それを見て冒険者たちは息をする事すら忘れる。
その非情な技、アミバルに対して明らかにオーバーキルとも言える技を何故ヒロシは放ったのか。
ふと、サイレンスの白い女性が静かにマスカレードの前へと跪く。そして懐から一枚の布を取りだすと静かにそれをマスカレードへと差し出した。マスカレードの後ろ越しに控えるパッカードにはそれが見えない。
「マスカレード様......泣いておられるのか?」
あのアミバルを完全に撃破し、ここにバルボア騒乱の残党アミバル討伐は達成されたのだ。仮面の男にバルボアは二度救われたと言って良いだろう。そう、救われたのだ!
なのに何故このお方は泣くのだろうか? 何を悲しんでおられるのだろうか? いや、彼は散っていった同胞を想い涙を流してくれているのではないか?
パッカードに彼の胸を内など分かろうはずもない。目元に当てているであろう布を手に、肩を震わせるマスカレードに誰も何も言うことが出来ないのだった。
その時、言葉を最初に発したのはサティだった。彼女もまた泣いていた。恐らく彼女にはマスカレードの気持ちが分かっているのだろう。彼女は手で涙を拭うとパッカードへと気丈に声を掛けた。
「パッカード、皆を連れて一足先に戻りなさい。ローランド侯爵に討伐完了の報告を」
「はっ、了解致しました」
パッカードは言えない。いや分かっている、何も言ってはいけないことなど。彼にできる事は早く街へと戻り事実を全て報告する事だけだ。パッカードは仲間の冒険者と共にガスと数名の盗賊を縛り上げると、その場を後にしたのだった。
皆が引き上げてしばらく、サティはヒロシへとゆっくりと近づくと正面から抱きしめた。
「お疲れさま。今、全てが終わったのよ。ね? もう泣かないで?」
「ああ、ああ。すまない」
サティはヒロシの背中を摩りながら優しく抱きしめる。ヒロシもまたサティの肩へと手を回し、仮面を取るとその首元へと顔を埋め、少しだけ涙で濡らした。そしてサイレンスは何も言わずただ脇に控え、二人を優しく見守っているのだった。
今この瞬間、バルボアは本当の意味でその悪夢の因果を断ち切ったのである。
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