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二つの影は何も言わずにアミバルとその仲間の間に飛び入ると更に数人の盗賊を斬りつけ、蹴り飛ばし冒険者の方へと叩き込んでゆく。突然の襲撃、そして見事な連携、恐ろしい速さ、そして攻撃力。
慌てふためく盗賊に出来る事など何もない。二人は流れるように盗賊達を圧倒してゆく。そしてその間アミバルへの牽制も続けている。冒険者は息のある盗賊を捕縛しながら叫ぶ。
「な、何者だお前らは! 味方なのか?」
盗賊を斬ったこの時点でアミバルの仲間とも思えないが、バルボアの仲間とも素直に思えない。誰もが知らないのだ。青い男は青いフードを深く被り、深い青のレザーアーマーを装着しており、その両の手からは金属の爪が飛び出している。
白い男、いや、女性だ。女の方は同じく白のレザーアーマーを装備し、その手には一本の見慣れない剣が握られている。両刃ではなく片刃のようで、刃の部分は光の反射だろうか? 薄ら白い妖しい光を放っているようにも見える。
そして、二人に共通する点。それは二人とも顔を隠す仮面をつけている事だった。
二人は冒険者の男の問いかけには一切答える素振りはない。敵か、味方か? 冒険者達はどう動いてよいか分からなかった。それはアミバルの方でも同じかもしれない。二人はどちらに対しても攻撃する訳でもなく、逃がす訳でもなくただ、そこに立っているだけなのだ。
青い男がパッカードをサティの方へと解放した。その時に仮面を少し弄ぶ様にしてサティの方へ合図のようなものを送ったようにも見える。仮面をずらしたのか? だが他の者はその仕草の意味も何も理解できないでいる。
「......来たのね?」
サティはゆっくりと前へと進み出て、パッカードを受取るとそう言った。しかしそれでも二人は何事も話さない。だが二人はサティの方へと顔を向けると、少しだけ小さく頷いたように見えた。
「サティ様、あの二人をご存知なんですか?」
「え? ええ、そうね。あの二人は敵ではないわ」
「あの雰囲気、只者ではありませんね。それは分かりますがなぜ何も話さないのか」
「話さないのか話せないのか。それは私にも分からないわ」
そこでサティは少し考える素振りを見せて言った。
「あの二人は、そう......影よ」
「影? それはどういう?」
「あなたも聞いた事くらいあるんじゃないかしら? 仮面の男の話を」
「仮面の......マスカレードですか? 吟遊詩人が話していたのは知っておりますが」
「彼らは仮面の眷属、マスカレードを守る影『サイレンス』よ」
「サイレンス!?」
「そうサイレンスよ。仮面をつけて影ながら民を守るという側面もあるわ。でも仮面の影、その真の意味は影となり仮面をつけた者を守ること。即ち仮面の男を守る影の戦士。それこそが仮面の眷属、サイレンスよ」
「まさか、仮面の男の従者と言うのですか!? マスカレードは噂ではなく実在していると! し、しかもあの英雄が今ここにいると!?」
「ええ。サイレンスが来たんだもの、間違いないわね。アミバル、あなたはもう終しまいよ。もし生き残れたら逃げ切れるかもね?」
「スカーレットともあろう者が偉くご執心じゃねぇか。ケッ、マスカレードだと? あんな吟遊詩人の戯言を信じているのか! ああ? お前じゃ俺に勝てねえってかぁ?」
「直々にあなたを殺しに来たのよ? 邪魔する訳ないじゃないの。サイレンスがあなたに手を出さない理由が分からないのかしら?」
サティはそこでアミバルの目を見て言った。
「とっくに死んでてもおかしくないのよ貴方」
「うるせぇ、クソがぁ、仮面を引き剥がして晒してやる!」
その時バルボアの冒険者のすぐ後ろから声がした。
「辞世の句にしてはセンスが無いな」
後ろからその声を聴いた時、反射的に冒険者たちは一斉に道を開けた。開けざるを得なかった。恐ろしいまでの存在感、恐ろしいまでの気が辺りを包む。だと言うのに......この近くに来るまで誰も気が付かなかったと言うのか?
「私も同感ね、盗賊の輩は総じてセンスが無いのよ」
その男は冒険者たちの間をゆっくりと歩いてくる。
吟遊詩人は謳う、仮面の男の事を。
漆黒の髪、漆黒のコートを纏い、身の丈以上の槍のような武器を携え、口元には鬼の面。死神のようなその男は、闇の中より現れ悪を討つ。国ではなく民のためにその刃を振るう正体不明の仮面の男。
いつしか彼はリンクルアデルの民に畏怖の念を込めてこう呼ばれることになる。
「英雄マスカレード様......ま、まさかこれは夢か......」
その姿を見て震えながらパッカードは呟いた。軽くパッカードの方を向く事でその問いに応えるが、足を止めることなく彼はそのまま中央へと進んでいく。
「お前がアミバルか。本来冒険者の指針、いや模範となるべき男が地に堕ちたものだ」
「まさか本当に仮面の男なのか......!?」
「さあな......俺の事など好きに呼ぶがいい。お前が知ったところで意味など無い」
「バルボアの騒乱を鎮めたリンクルアデルの英雄、だがそれは吟遊詩人が謡うただの創作だったはずだ!」
「それも好きに考えれば良いさ。喋ってばかりいないで早く動いたらどうだ? あとはお前だけだぞ?」
ガスを含め、他の盗賊も既にサイレンスの二人に抑えられ冒険者が捕縛している。今、この場で剣を振るえるのは二人のみ、即ちアミバルとマスカレードだけである。
「クッ、おのれ、おのれ。舐めるなよ! Aランクまで上り詰め、ジャッジメントに勝るとも劣らないと言われた俺様の力を見せてやる! クロックワークス! ダイヤモンドシェル!」
アミバルは剣を抜き姿勢を低くしてヒロシへと走り寄る。ヒロシは迫る剣を巧みに受け、流す。しかしクロックワークスで加速したその剣速は早く、ダイヤモンドシェルの強度が防御を助けアミバルは攻撃を存分に仕掛けることが出来る。
「オラぁ! 喰らいやがれ! 蛇咬剣」
アミバルはヒロシへと連続の突きを繰り出す。その剣先は蛇のようにしなり、防いだと思われた剣先は舐めるようにして、まさに蛇のように咬みつくように迫る。ヒロシはその剣先を偃月刀を操り一つずつ防いでいくが、その速さに攻撃へと転化できない。
「蛇舞武刀!」
更にアミバルは左手で短剣を引き抜くと、長剣と共にヒロシへと追撃する。懐へ入ると短剣を鋭く首元へ突き出し、ヒロシがのけぞった隙を見逃さずそのまま長剣を斜め上から振り下ろす。
ガキンと偃月刀と剣が弾かれるした音が響くが、アミバルの攻撃はそこで終わらない。そのまま回転するように身を捩ると、同じく右足をヒロシの体へと叩きつける。ダイヤモンドシェルで強化された肉体からの一撃は重く、ヒロシはそのまま後退する。
「オラぁ! とどめだ......」
バァンと音が響いたかと思うと、今度はアミバルは後方へと下がる。何かの技か? アミバルはその目でヒロシの一挙一動を見逃すまいと慎重に動きを読む。そして再び懐へと飛び込む機会を伺う。
「中々の腕前だが、些かAクラスにしては物足りないな。所詮は井の中の蛙か、それとも自称Aクラスか?」
「ほざけぇ!」
再びアミバルが迫るが、ヒロシは長剣を偃月刀の柄で左にいなすと、そのまま右足でアミバルを横へと蹴り飛ばした。受け身を取りつつ素早く態勢を整えるアミバル。しかしその視線の先には青龍偃月刀を構えたヒロシ、いやマスカレードが居た。
「お前のような偽の強者と刃で語り合うことは何もない」
「な、なんだとぅ!」
「お前如きの犠牲になり散っていった民の為、その無念を晴らすために冥土の土産に見せてやろう」
ヒロシは膝を曲げながらやや後方へ重心を寄せると、ゆっくりと青龍偃月刀を左足前、石突きを右肩口上に構えながらアミバルへ言った。
「相原家伝月影流薙刀術、その身に受けてみよ」
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