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よろしくお願いします。
「天使......だと? あんなのはお伽話だろうが?」
「おとぎ話? グス、じゃあ目の前にいるアイツらは何だ? 夢か幻とでも言うのか? 横で死んでいるこいつらは何だ? 幻か? なんてこった、実在したんだ、神は実在したんだ......」
「し、しかし」
「頭に掲げる金色のリング、天使の武器とされる弓と矢、純白の戦闘衣装、天使じゃないってんならこっちが聞きたいぜ。なぁ、グス、ならアイツらは誰だってんだよ! しかも、王が、森の王がいるなどと!」
グスは目の前の現実が受け入れられない。天使だと? あんなのはお伽話だ。そんなもんが本当にいる筈がない。神々の庭園を守る守護者、大森林の番人。それが......それがまさかあの天使だったと言うのか?
しかも王とは何だ? 天使の王、それなら神と言うのではないか? なぜ王と言う言い方などをするのだ? グスは緊迫状態の中そんな疑問が頭をかすめるが答えなど出るはずもない。また置かれた状況がそれを許すはずもなかった。
「大森林で蠢く犯罪者どもよ、今、断罪の時が来たのだ」
ローブの男は両手を横へと広げると白装束の男たちが一斉に展開を始める。
「貴様達にとって我々が誰であろうとなかろうと......」
ローブの男はそのまま両手をゆっくりと上げていく。まるでオーケストラの指揮者のようなその動き。奏者と観客が指揮者のタクトに引き寄せられ、フィナーレを飾るその瞬間を待つような。その動きに合わせ全員の弓は限界まで引き絞られていく。
そして一瞬の静寂が辺りを支配した時。
「我らが王にその屍を献上させてもらう事に変わりはない」
「逃げろおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
グスや盗賊達は入ってきた隙間へと大挙して押し寄せる。しかし辿り着く前、その目の前で木々が隙間をゆっくりと閉めていく。まさかまさか本当に木が動いている、まるで生き物のように動いているではないか。こんな......こんな事があってたまるか!
「聞こえるかガス、開けろ! 木を切れ! いや燃やしてくれ! 早く早く早く早く! 木を燃やせ、開けてくれ! 早くしろおおおおおお!!」
「おい、グス! どうなってる? なんだ? 誰かいるのか!?」
「こ、こ、ここに天使がぁあああああああ! やめろ! 撃つな! やめてくれ!」
「おいグス! グス!!」
「やめろおおおおおおおおおお!!!」
ローブの男は何も言わず、何も答えることなく、その両手を前方へ振り下ろしたのだった。
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「サリエル様、王は我々の介入を拒んでいたのではないのですか?」
「そうだ、だがたまたま結界を抜けてきた犯罪者を攻撃する事に問題はあるまい」
「......」
「王に我々の実力と想いを伝えねばならないのだ」
「いまだに信じられませぬ。まさか人族がそのような加護を持っているなど」
「だからこそお前たちを連れてきたのだ。まもなく王もこちらへ来られるだろう。この場には限られた者しかおらぬ。皆を抑えて選ばれたのだ。その目に王の御身を映すことが出来る栄誉を逃すでないぞ?」
「畏まりました」
「我々が介入するのはここまでとする。戦闘が落ち着くまでは結界を保持しておくのだ。外側の戦闘に関与してはならぬ。そしてこれ以上外の人間を中に入れる事も許してはならぬ」
「仰せの通りに」
「王が自ら決着を望んでいる事なのだ......失敗は絶対に許されぬと心得よ」
「「はっ!」」
そしてローブの男が何事か呟くと、木々は何度かその身をくねらせ外側と完全にその世界を断絶したのであった。
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パッカードを縛り上げたアミバルはガスを前にして先ほどの話を続ける。しかし大森林の中へ入って行った者やサティ達の足止めでやられた者が多く、ここにはもうアミバルを含め数人しかいない。
「で、グスはどうなったんだ?」
「分からねぇ! こちらから大森林に抜ける道が閉ざされたんだ」
「バカヤロウ! 木が勝手に動いて道を塞いだとでも言うのか! 寝ぼけてんのか!?」
「そ、そこまで言うならお前が見に行けばいいだろう! 大森林の怒りを買ったんだぞ? 俺たちは終わりだ! どうしてくれるんだ!」
「チッ、臆病風に吹かれやがって。だが、今は仲間割れをしている時じゃねぇ。まずはコイツを使ってどう逃げ切るかだ」
その話を聞いていたパッカードが口を開く。
「仲間割れだと? お前らに仲間意識なんてものがあったとはな、笑っちまうぜ」
「うるせえ! 黙ってろ!」
ガスはパッカードを蹴り上げると執拗に何度も横から蹴りを加える。
「止めろ、ガス! 人質が死んじまったらどうするんだ!」
「ハァハア、たった一人の人質で本当に切り抜けられるのか? あぁ? アミバル?」
「テメェ、血迷ったのか? どっちが上か忘れてんじゃねぇのか?」
「ケッ、今更どっちが上なんて関係あるのか?」
「ないわね」
ガスが興奮した様子でアミバルへ喰って掛かろうとするが、意外にもその回答は別のところから発せられたのだった。茂みから出てきたのはサティとその一隊であった。
「クソが、追いついてきやがったか。ガス、言い争っている暇はねぇ! すぐに人質をこっちへ寄せろ!」
「ああ、おいテメェ、こっちへ来い」
パッカードは無理やり立たされアミバルたちの方へと引き寄せられる。今、わずかな空間を隔てて両者が睨み合う格好になっていた。
「それ以上近寄るんじゃねぇぞ? パッカードの首を斬り落とされたくなかったらなぁ! おい女! お前サティだろ? お前らが乗ってきた馬を頂くぜ。そのままゆっくりと時計回りに移動しろ! 良いか? こっちに近づくんじゃねぇぞ?」
流石に人質を前面に押し出される格好ではサティも迂闊に手を出すことは出来ない。両隊はしばし睨み合いの状態が続く。
「早く動かねぇか! こいつを殺すぞ!」
「ふん、仕方ないわね。ここは逃がしてあげるから彼を離してくれないかしら?」
「アホが、そんな言葉が信用できるわけがないだろう? 心配するな、馬に乗って走り出したら途中で捨ておいてやるぜ」
その時、パッカードがガスへと体当たりを打つ。一瞬よろめいたガスは直ぐに腰から剣を引き抜き、そのままパッカードへと振り下ろそうとする。
「サティ様、俺に構わずやってくれ! ここでケリをつけたいんだ! こいつらは生かしておけねぇ! 頼む! やってくれ!」
「畜生が、お望み通りブチ殺してやるよ!」
「止めろ、ガス!」
アミバルが止める言葉をもうガスは聞くことが出来ない。死が目前に迫ってきているのだ。絶望へのプレッシャーに耐えきれず錯乱状態になっていると言っても良かった。ガスはそのまま剣をパッカードへと振り下ろそうとする。
まさにその時だった。
「グアアッ!」
突然、ガスは剣を落とし手の甲から刺さったモノを引き抜く。
「なんだぁ、これは? か、風車じゃねぇか。これは以前どこか、そうだ、あの時街でも。クソがぁ! どこだ? どこにいる?」
その瞬間木々の陰、いや上か? 勢いよく二つの影が飛び出してくる。
「だ、誰だ! お前達は!」
意外にも、その言葉を叫んだのはガスでもアミバルでもなく、バルボアの冒険者の方だった。
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