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よろしくお願いします。
どれくらい歩いているだろうか? 空が見えない程に鬱蒼と暗い森の中を取り巻く陰気な雰囲気、これだけ木々が茂っていたらそう思うだろう。だが実際はどうだ?
木漏れ日が差し込み、周りを柔らかに照らし出している。小鳥のさえずり、川のせせらぎ。木々や草花の香りに澄み切った空気と透き通るような湖。この光景はまさに神秘そのものだ。
神々の庭園とはよく言ったものだ。そんな景色を目にしながら歩く。ラースが立ち止まり、そしてまた前進を始めた時に俺は気が付いた。
おかしい......先ほどまで見ていた湖が無い、無くなっている。ついさっきまで視界にとらえていたはずだ。断じて湖を見間違うはずなどない。どうなっているんだ?
「おい、ラー......」
「着きましたよ」
「え?」
突然目の前に現れたのは、立ち並ぶ大きな木の上に住居を構えた街だった。もはや驚きで声が出ない? これが、この壮大な街が今まで目に入らなかったというのか? そんな訳ないだろう?
「さあ、ヒロシさん、こちらです」
「あ、ああ」
俺はラースの後ろをついていく。大自然の木々の合間を縫うようにして出来ている街。そこには暗い表情など全く感じさせない。慎ましく生きているのかは知らないが、みな幸せそうな顔をしている。
道行く人の格好、いや特徴と言えば良いか。明らかに他国との文化について方向性は違うようだが、そこに文化の遅れがあるとは到底思えない。稚拙な技術でこの街並みが出来るはずがない。
ラースはたまにすれ違う人に声を掛けられながら歩いていく。俺は完全によそ者扱いの視線ではあるが、それは仕方がない。だってよそ者だからな。
そして一番大きな木の上にある一番大きな家、その前に立つとラースは門番と思われるエルフに声を掛ける。今度は門番の後をついていく形で俺たちは奥へと進む。そうして到着した大きな部屋。その前でラースは跪き奥へと声を掛けた。
「入れ」
「失礼致します」
長老と言われた人は見た目には年を取っているように見える。一言で言うと長老と言われるのが良く似合う風貌だ。長老は俺の顔をしばらく見つめていたかと思うと口を開いた。
「アイハラヒロシだな」
「そうです、知っているんですか私の事を?」
「うむ。それも含めてだが、ここに来るまでに色々と感じたことはあるだろう。その疑問に答えた方が良いか? それともお前の話を聞いた方が良いか? 好きな方を選ぶと良い、一つは答えてやろう」
いきなり二択か。どうしてこういうレベルの人は駆け引きと言うかイニシアチブをとるのが上手いのか。
「それでは、まず私の話を聞いてもらう形で良いでしょうか」
「フォッフォ、それで良かろう」
「この度はお会いして頂きありがとございます。それでは今回こちらへお伺いさせて頂いた理由をお話させて頂きます」
俺は昨日ラースに話した内容を詳しく伝えた。だが、話ながら俺は考えていた。他国との関わりを持たない、それは本当なのかも知れないが興味が無いと言う訳ではないだろう。
実際にラースがリンクルアデルで生活しているのだ。森の外に出る事を禁止している訳ではないだろう。その辺りに掟がどう関わってくるかだが。
「ふむ、お主の話はよく分かった。確かにバルボアの端で盗賊の類が頻繁に出入りしているという報告は受けておる。しかし長期に渡り森に侵入する訳でもなく犯罪を犯すこともなく、また資源を手に入れようとしている事もない。いわばグレーな行為で済んでおる。よって現段階では特に我々が何か行動を起こす必要はないと考えている」
「だが」
「以上だ」
「バルボアでは沢山の人々が苦しめられてきた。その根源の残党が森に潜み、街に来て暴れているんだ」
「それはお主らの問題であろう。我々には関係の無い事だ。違うのか? 気持ちは分かるがな。だがこれまでの歴史の中でそのような事は幾度も起こっている。そしてその度に答えてきた。今のようにな」
「長老......」
「ラース、お前に辛い思いをさせている事は分かっておる。そしてワシがこのアイハラ・ヒロシにとって辛い決断をしている事もな。だが何百年と守られてきた掟を簡単に破る訳にはいかないのだ。今回アイハラ・ヒロシとこうして会ったのはせめてものワシの誠意だ」
俺は良い答えが見つからないでいた。確かにサーミッシュには関係の無い話だからな。
「言いたい事はあるか?」
「ラースにも言った事だが、犯罪者の残党が大森林を犯罪に利用していることを良しとするのか否か」
「良しとはしない。だがこちらに被害が出ている訳でもない。だからグレーなのだ」
「しかし」
「一つ許せば、また次も許さなくてはならなくなる。人は欲深き罪の塊じゃ。それを繰り返し、何度もお主ら人間の裏切りを経験した。結果、我々は厳しい掟を作ることで自らの役割を果たしてきたのだ」
全く言い返すことが出来ない。ドが付くほどの正論だ。サーミッシュとリンクルアデルが相思相愛でない以上、助ける義理などどこにもない。助けた後のリスクを恐れているのだろう。人間の欲という罪を。しかし......
「人間が欲深い事はそれほどまでに罪でしょうか?」
「欲があること自体は罪ではない。だがお主らのように欲深い事は頂けんな」
「どうすれば助けて頂けるのでしょうか?」
「やはり毎度お主らが言う事は同じだ。それを許せば次はそれ以上の事をすれば許してもらえると思う。そしてその繰り返し。その結果大森林がどうなるかと思うと恐ろしい」
どうにもならん。それが俺の結論だ。数百年だか数千年だか知らないが、それを今まで守ってきた人たちが今ここで俺の話を聞いて、そうですねと言う訳が無い。俺が甘かったのだ。
だが、それで帰ったとしても意味がない。本当に申し訳ないがこれからは本当に賭けだ。もし万が一の事があったら、俺はどのように責任をとれば良いのか思いつかないが、それでもここからは俺の好きにやらせてもらうぜ。
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