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ここではないだろうと思っていた景色が近づいてくる。まさかここなのか。馬車はやけにデカい門を抜けるとゆっくりと庭園を進みロータリーを回った所で停車した。
「あ! みんな、ヒロくんが帰ってきたわよ!」
ドアが開くと中から出てきたのはサティだった。サティは俺に飛びつくと得意の三点ホールドで抱きついてきた。嬉しい。嬉しいのだがそれ以上締められると背骨が耐えきれないかも知れん。
軽くキスを交わしたところで今度は中から子供たちが飛び出してきた。
「おとさんおかえりー」
「おかえりー」
むっふっふ、かわいい奴らめ。俺は二人を抱きかかえてユラユラと揺れている。元気そうで良かった。二人は俺の頬に顔を擦り付けているぞ。
「おとさん、私の事が嫌いになったかと思った」
「ボクも思った」
「そんな事ないよ、大好きさ。会いたかったよ」
「「ホント?」」
「ホントさ」
「「お土産は?」」
「え?」
「おとさん、お土産買って来てくれるって言ったわ」
「言った」
......言ったな。確かに言ったが......買ってないぞ。困った、普通買ってくるよな。これは悪い事をした。こういう時に良い言い訳が思いつかないのは良い事なのか悪いことなのか。
「おとさん、嫌い」
「ボクも」
「ええ!!」
俺は素直に謝って、今日は一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝る事で許しを得たのだった。
「おかえりなさい、ヒロシさん」
「ああ、ただいまソニア。中々戻れなくて済まないな」
「仕方ないわ、色々聞いたけど本当に大変そうなのね。さあまずは中へお入りになって」
ソニアとも抱き合って軽くキスをした後で、皆で中へと入って行った。
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「ヒロシ、苦労していると聞いておったが意外と元気にしてたようだな。安心したぞ」
「ああ、じいさん。ただいま。絶対来てると思ったよ。色々と向こうは大変だった。今もだけどね。レイナや仲間のみんなが死に物狂いで頑張ってくれるから助かってる」
俺はこれまでの経緯を詳しくじいさんに話した。じいさんは上手く相槌を打ちながら俺の話を熱心に聞いてくれた。バルボアの状況については相当思う所があったようで時折涙を拭いていた。
「そうか、相当ひどい状況だったんじゃな。今頃陛下も内務卿から話を聞いてさぞかし心を痛めておるだろう。しかしよくぞその考えに至ったもんじゃな」
「はは、えーと。まあ、なんと言うか当然だ」
「何も考えてなかったと思うわ」
「そんな感じに見えるわよね?」
「私には『逃げる準備をしておけ』と言ってましたけどね」
クロ、お前は後でお仕置きだ。久しぶりにな。
「そろそろ俺たちにも教えてくれよ。ここの屋敷って何なの? ローランドさんの屋敷くらいあるんじゃないのか?」
「ああ、ここな。買ったんじゃ」
「は?」
「ワシは今後アルガス全体を見ていく事になる。アルバレスはもうバルボアの領主であり侯爵だからな。かと言って今の状況では家族は連れて行けんじゃろう。実際にまだ屋敷に住んでおるしの」
「そうだよね」
「執務をするにホテル暮らしと言う訳にはいくまい。かと言ってアルバレスの屋敷に住むわけにもいかぬ。じゃあ、買うかと」
「でも、ここメチャクチャデカいぞ。それをまるで近所に串焼きでも買いに行くノリで買って良いものじゃないだろう」
「そこは伯爵家としての立場もあろう? シェリーやロイに小屋に住めと?」
「そこまでは言ってねぇけどさ。分かったよ、俺が悪かったよ」
「ここは元々他の伯爵家の屋敷での。没落して長年手つかずだったんじゃ。そこを上手く買い取れての。つい最近まで補修工事に入ってたと言う訳じゃ」
「なるほど、だから妙に新しく思えたのか」
「そう言う事じゃ。じゃからお前もバルボアから戻ってくる時はここに帰ってくれば良いぞ」
「え? いいのか?」
「良いも何もお前の屋敷でもある。部屋は腐るほどあるぞ」
「マジか」
「お前がおらぬ間に女性陣とは話はついとるから後で聞いておくように」
「お、おう」
屋敷は南向き。正面から入ると馬車から降りたロータリーがある。奥に本館がある。ここは迎賓用でありパーティーやらなにやら何でもできる空間だ。
で、東側に東館、西側に西館。陽当りも考慮されやや扇形に形成されている屋敷だ。敷地はビックリするくらい大きく池やらプールやら、乗馬場、訓練場、ちょっとした林まである。
これは個人で所有して良い家なのか? 屋敷と言うか半分お城みたいだ。もう俺にはモノの価値が分からなくなってきた。とにかく東館はじいさん、西館は俺たち家族が自由に使う事になっている。食事や団欒は本館で。時には西館であったり東館であったり。
俺は最後まで『ああ』とか『うん』とかしか言えなかった。これを買う常識と受け入れる器量を俺も今後は持たなくてはならないのか。
「クロちゃんよ」
「はい旦那様」
「俺が路頭に迷ってもついて来てくれるかね?」
「お断りします」
「そこはついて来てよ」
「冗談ですよ。私はどこまでもお供します」
「面と向かって言われると恥ずかしかったりして」
「はは、旦那様らしいです」
その後俺はクロやシンディ、家族と一緒に屋敷の中と外を色々と見て回ったのだが、一つ分かったのは西館の端から東館の端まで移動するのは非常に面倒くさいという事だった。
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