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よろしくお願いします。
俺は肩を落として動きが止まっているアンジーのゼンマイを巻き直し再び話を始めた。
「次はここだ。神殿に関するデザインは良いが、この神殿に入る前にだな、慰霊碑を建ててくれないか」
「慰霊碑ですか?」
「ああ、そうだ。慰霊碑とは大きな出来事が理由で亡くなった人を慰めるために建てる石碑のことだ。今回のバルボアではこれまでに本当に多くの人々が苦しみ亡くなった。それを慰めてやりたい。アザベル様や神々の神殿跡があるのだ。その近くであれば彼らも安らかに眠れるだろう」
「な、なんと言う......」
「ただの自己満足かも知れない。だがな、俺たちもそれを見て二度とこういう悲劇が起こらないように自身を戒める意味もあるんだ。こういう事はやはり気持ちでありそして......あれ?」
ドッズを始めとする部屋中の人間がすすり泣いている。一部の者はもう嗚咽を漏らしている。ちょっとそこの人、こっちを見て拝むのはよせ。慌ててクロを見てみるとコイツも目頭を押さえてやがる。
「ヒロシ様!」
「うお! ビックリした。ドッズお前急に大声で......まあ良いか、どうしたんだ?」
「我々バルボアの住民はどこかでまだ貴方様の事を信じ切れていなかったのかも知れません。これ程までの事をしてもらいながら俺達は何をやっているんだ...自分が情けない、何と浅ましい......」
「い、いや、そんな事は気にしなくていいから」
「おい、オメエら! すぐに関係各所に走ってこの話を知らせてこい。間違いなく街中に伝えるんだ! レイナさんにも伝えろ!」
「へい!」
「分かりました!」
そう言うと、設計図を書いてた人だろうか? 男女数名が事務所を飛び出して行った。おい、良いのか仕事は? だが誰も止めない所を見ると良いのかな?
「社長、私も反省しなくてはなりません。街を発展させる事ばかりを考え、もう少しで住民の感情を置き去りにするところでした。本当に私は修行が足りません。これまで一体何を学んできたのか......私自身も辛い目に遭ってきたというのに......」
「お前もそんな事言って......だから落ち込まなくて良いから、なっ」
「それでヒロシ様、最後の一つは何でしょうか?」
「ああドッズ。実はな、こんなものを作って欲しいんだよ。今ある技術で出来ると思うんだよな」
俺はアンジーに紙を貰い、そこに絵を描いていった。
「こ、これは」
「このようなもの初めてみましたぜ」
「かなりデカい。それはそれはデカい。だがこれが出来れば皆が楽しめるとは思わないか?」
「間違いありませんね」
「ドワーフ魂に火をつけるのが上手いぜ、ヒロシ様は。こんなものを見せられて出来ないとは言えねぇ。いや、これは俺たちにしか出来ねぇ仕事です。絶対に成功させて見せます」
「そう言ってくれると頼もしいよ。あとはこれをレイナがどうするかだが」
「聞くまでもないと思いますけど、副社長は明日も来ますのでその時に伝えておきますよ」
「そうしてくれると助かる。俺からも会ったら言っておくが、アイツ忙しいから捕まるかどうか分からんのだ」
「お任せ下さい」
「しかし、仕事を増やして悪いな。くれぐれも休みをとって健康には気を付けるんだぞ」
「勿体ないお言葉。でもご安心下さい、我々にはアレがあります」
そう言うとアンジーは事務所の壁を指さした。そこにはケースで山積みされたブルワーク24があった。どうやって持ってきたのだ。飛行船か? 空輸してまでこれを持って来るかよ......レイナ副社長、お前とは一度じっくり話し合わなければならぬようだな。
「アレを飲んでぶっ倒れるまで働けとかそう言う事を言ってるんじゃない。きちんと計画通りに進めて休みをとって、体調が良く保てるように管理するのだ。頼む、そうしてくれ、そうすると言ってくれ!」
Namelessは明日にでも労働基準監督署に駆け込まれるのではないか。そんな部署があるかどうかは知らんが過労死などされたら堪らん。そんな慰霊碑は建てたくないわ! Namelessは片道切符。入れば最後、死ぬまで出て来れない強制収容所だと噂がたったらどうするのだ。
「社長、ご安心を」
ちっとも安心できないぞ。
「レイナ副社長の指導の元、誰もが納得して喜んで働いているのです。多少の残業はあれど無茶など決してしておりませんよ」
「ほ、本当なのか?」
「もちろんです。社長は部屋でコーヒーでも飲んでいて下されば良いのです」
こいつらは寄ってたかって俺を部屋に閉じ込めておきたいだけではあるまいな?
「ヒロシ様、本当だ。無茶はしてないぜ。しかし正直多少の無茶をしても働きたい、それが皆の希望だ。そしてさっきの話を聞けばこれから更に燃え上がるぜ。それを止めたらそれこそ暴動が起きますぜ」
「よく分からんが、頼むから程々でお願いしたい」
「そこはレイナさんがキッチリしてくれてるから問題ないですぜ」
「そうか、なら良いのだが......」
そうして俺は作業場を一通り見せてもらってバルボア城へと戻ったのだった。
ちなみに街で俺が来たという知らせを受けたレイナは、その日の内に砂煙を巻き上げて神殿エリアに再び戻ってくると関係者を集めて会議を行った。同時に伝えられた俺の案は全て可決され計画はその場で即修正されたらしい。自分の無能を嘆いていたと聞いたがそこはもう流す事にしたのだった。
その時レイナが何を言ったのかは知らないが、その日を境に住民の士気が爆上がりしたようで、作業は恐ろしいスピードで加速していく。神殿エリアだけでなく全てのエリアで同じ現象が起きていると言う。作業が進むのは良い事だがくれぐれも健康だけは気を付けるように。
工事の加速は多くの人員を必要とし始めた。彼女は更なる人手を確保するためラザックに道路整備と船着き場の造成を急がせ、一方でスバンに作業員輸送用の船の手配を指示したようだ。この船は別に小奇麗でなくても普段の漁師の船でも良い。
バルボアの話はリンクルアデル内でも持ちきりで、ローランドの商業ギルドでもバルボアでの作業がいつからできるのかの問い合わせが多く来ているという。
「うむ、出番が無いような気がしてならない」
皆が作業に勤しんでいる中、悪いと思いながらも俺は部屋でコーヒーを飲む機会が増えた訳ではあるが、ちょっと考えている事があった。部屋で遊んでいる訳ではないぞ? これでも忙しくしているのだ。俺なりに。
石畳や宿屋などは出来ていないが、道路が使えるようになり仮ではあるが停泊場も使えるようになった。そろそろ人の交流が始まる頃だろう。随分と長い間、家族の顔も見ていないな。結局一度も帰れてないぜ。
そんな事を思っていた時、ロングフォードから手紙が来た。
『家族一同ローランドに行きます』
ウチの嫁衆ってこんなに活発だったっけ?
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