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よろしくお願いします。
良いように考えれば適材適所な訳だが、あの時レイナをNamelessに連れてきたソニアとサティにもお礼を言っておこう。などと考えながらも俺は澄ました顔をして人の流れを見ていた。これくらい当然という顔も時には必要なのだ。言ってる自分が情けないがな。
「ふむ。なかなか順調なようだな? やはりレイナに来てもらって正解だったようだ。さて、それでは俺も何かするとしようかな」
「何を言ってるのですか、社長の仕事は既に終わったも同然です。これ以上社長の手を煩わす訳には参りません。後は私たちが社長に結果をお見せするだけですわ」
そうなのか? 流石にそれではみなさんに申し訳ないのだが。
「いや、しかしだな」
「いいえ、後は私たちの報告を待つだけです。社長は部屋で毎日コーヒーでも飲んでて下さい」
良いのか? 本当にそうしてしまいそうな自分が怖い。
本気度を確かめようと俺は改めてレイナの方に振り返ると、レイナを先頭に扇状にNamelessの商会メンバーが広がっていた。一応社長であり伯爵家の人間でもあるから社員たちは俺に臣下の礼を取っている。ビックリした、いつの間に集まってきたんだ?
しかし傍から見ると、どこの悪の組織だこれは、と言いたくなる絵面ではないだろうか。クアァッハッハとか言いたくなる気分だ。とは言えこの状況で『じゃ、部屋でコーヒー飲んどくわ』とも言い難い。
「レイナ、エミリア。別に心配はしていないさ。必ずや君達ならゴールにたどり着くと確信している。私はそうだな、いくつか気になる点があるからそっちを見ておくとしよう。なに、大したことではない」
「流石社長、これ以上にまだ何かお持ちなのですね。クッ、その考えに至らない自分が情けない」
「レイナ副社長、私も同じ気持ちです。社長の助けに全くなれていない自分が腹立たしい。社長、気になる点が気になります。必要があればすぐに対応しますのでお知らせください」
社員達は口々に『流石ね』とか『すごいわ』とか俺を崇め奉る言葉を言い合っている。冷や汗が留まる事を知らないぜ。俺は教祖か何かだろうか。しかしハッキリ言っておくぞ。気になる事なんかないわ! 分からん事は山ほどあるがな。
部下が優秀過ぎて俺はこの場から逃げ出したいだけなのだ。俺が泣きそうな顔をしているとレイナが言った。
「社長、私たちに何か一言頂ければ幸いに存じます」
もう勘弁してくれませんか。
「そうか、特に言うべきことは何もないが......ここにいる者達はレイナとエミリアが選んだいわばNamelessの選抜部隊だろう。言うなればトップ集団だ。必ずやこのミッションを成功に導くことが出来ると確信している。Namelessの看板は伊達ではないという事を見せてやるのだ。そうだな、続きはゴールにたどり着いてから話すとしよう」
「「「ありがとうございます!」」」
「では、ここで立ち止まっている場合ではないだろう? 諸君の働きに期待している」
「「「はっ!」」」
そう言うと、社員たちは散っていった。良かった、ようやく解放されたぜ。しかしスマンな......何も具体的に話すことが出来なかった。でも満足してくれたから良いか。そう思うことにしよう。
「と言う訳で頼んだよ二人とも。じゃ、俺も行ってくるから」
どこに、とも言えるはずもなく。俺はクロを連れてその場を後にしたのだった。
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そしてさらに数十日が過ぎ、街はいよいよ再生に向けて加速を始めた。今家にいる男は一人もいないだろう。女性も職を望めば全員働き口を見つけれれる環境だ。家を守る必要がある女性たち、子供や老人なども出来る事を探してするべき事をやっている。
たまに小競り合いだの喧嘩だのあるようだが、前の雰囲気からすると考えられなかった事だ。それすら嬉しく感じてしまう。もちろん重罪は許されないがな。
皆が前を見て忙しく動いている最中、俺はと言うと......
「ラザックくぅ~ん」
「あ、ヒロシ様。どうしたのですか? どこかのガキ大将みたいな言い方ですね?」
「いや、そこは気にするな。簡単に道を作れとは言ったけど、どうかなと思ってね」
「バルボアは平原が多いですから。距離も前回の半分以下ですし問題無いかと、今のところ順調に進んでおります。ただ工事は間違いなく死の行軍になりますね」
「そうか」
「作業員は多いですし、待ちに待ったちゃんとした仕事ですから士気は高いです。ですので森の伐採組、道路建設組、船着き場造成組、建物建設組などに班分けして取り組む事になります。道だけなら結構早く完成するんじゃないですかね? あ、デスマーチと言いましたがちゃんと健康面は配慮しますよ?」
「そうか」
「造船に関してはスバンがローランド側で対応します。一番最初に手掛けるのはフェリーという呼び名でしたか? 多くの人...観光客? を乗せる船が優先です。船はヒロシ様の指示通り国の補助には頼らずNamelessから資金を引っ張ります」
「そうか」
「宿屋や商店に関しては希望者の受付が殺到しております。こちらはエミリアさんたちが対応してくれてますが、こちらも指示通り一等地と思われる場所以外については自由にさせる方向です」
「そうか」
「ローランド側、バルボアの停泊所および街中などホテル建設予定地についてもヒロシ様が伯爵様と相談でき易いように資料を纏めている所です。伯爵家関連の建設予定地は副社長のレイナさんが決めると言ってましたので心配ないかと思います」
「そうか」
「ああ、フェリーについても指示通り、特等室から三等客席まで区分します。上の階から特等室、一等室、そしてそこからは二等客席、三等客席ですね。特等室と一等室のデザインはNamelessのアンジーさんと言う方が手掛けるとの事です」
「そうか」
「それでは私はこれから測量士と建築関係者を連れて森林の方へ行ってきます。また遅くなってしまいましたが、国家事業加盟店としてまた仕事を頂きありがとうございます。戻り次第また報告に参ります」
そう言うとラザックは部下を連れて慌ただしく馬車に乗り込み颯爽と去って行った。頼れる男の背中を見せつけやがって。しかし......
「クロちゃんよ」
「なんですか?」
「俺、『そうか』しか言ってないんだけど......」
「もう部屋でコーヒー飲んでたら良いんじゃないですか?」
「そうしようかな......」
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