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よろしくお願いします。
「本当にそんな方法があるのか?」
民衆はざわつき始めた。これで良い。これで民衆との間に対話が生まれる。聞くだけという事にあまり変わりはないと思うかもしれないが、相手が『聞く』という事から『聴く』という態度に変化したことが大きいのだ。これを民衆参加型の演説に変えれば、その効果は計り知れない。
これから先、俺の言葉は正しく民衆の中へ入っていくだろう。これだけの人々を前にセールストークをする日が来る事など考えもしなかった。だけどやるしかない。このバルボアを救うために。
「そこの君、この街に金が無いのは何故だと思う? 領主を含めた批判は気にするな。今だけは全て不問にする」
「そ、それは領主が悪政を敷いているからです」
「今は悪政ではないだろう? なぜだ?」
すると隣の男性が言った。
「仕事が無いからです」
「なぜ仕事が無いのだ?」
さらに隣の女性が言う。
「この街で仕事なんてあるわけないでしょう? まともな産業も無いのよ!」
「その通りだ」
「え?」
「よく分かっている。そうだ、その通りだ。このバルボアには産業が無いのだ」
改めて俺は民衆を見渡して話を始める。
「この街が復興する兆しがない原因、それは産業が無いからだ。皆に仕事が無いからだ。しかし今、君たちを俺に対して怒りのまま意見をぶつけてくれた。それは何を意味すると思う?」
俺は右側の前の女性を指さした。
「わ、分かりません」
「分からないか。それは君たちが何も持っていない訳ではないと言う事だ。これでどうだ?」
「ま、まだ分かりません」
「君たちは俺が煽った内容に対して明らかに怒りに震えたではないか! それはまだ諸君らに、その心にプライドを持っていると言う事だ。それがある限り人は立ち上がれるのだ! 分かるか?」
「今度は分かりました」
「よろしい。今の諸君らの目は明らかに先ほどとは違う。俺をどんな男なのか、何をするのか、それを見定めようとしている。そして出来るなら今度は自分たちの手で正したい、成し遂げたいと願っている。そうではないのか?」
俺は今度は左側の男に聞いた
「そ、それは。でも、もう虐げられているばかりではないぞ!」
「そうだ、謂れのない奴隷落ちや犯罪者扱いは御免だ!」
「その意気だ。それが聞きたかったのだ。そして先ほどまで俺が犠牲になった人たちに対して言った内容は真意ではない。今ここで謝罪し、改めて犠牲となった人たちには心から追悼の念を払おう」
俺は目の前で礼の姿勢を取りしばし頭を下げた。そして顔をあげた俺は再び民衆へと問いかける。
「そして今こそ真意を話そう」
民衆は黙って俺の言葉の続きを待っている。
「この街には産業がない。じゃあどうすれば良い?」
「分かりません」
「早い回答ありがとう。それはな、無いなら作れば良いと言う事だ」
「何を? 産業をですか?」
「その通りだ。ここバルボアに新しい産業を作るのだ。皆に仕事を、安定を、楽しみを、娯楽を、そして幸せを届けたい。それに協力してくれないか。いや、ここに住むのは諸君たちだ。新しい街づくりをその手で成し遂げたいと思わないか!」
民衆は黙っている。黙っているが徐々に声が上がり始める。中には否定的な意見も多分に含まれているが仕方がないだろう。今の段階では全てが机上の空論だからな。
だが、たとえそれが空論だったとしても切っ掛けにはなるだろう。お膳立てはこちらがするのだ。この街で一番足りないモノ、それは金でも仕事でもない、それ以前の話。人が居ないのだ。皆に気力も何も残ってはいないのだ。
人々がやる気を出せないで街など再生できるわけもない。まず人々にやる気を出してもらう必要がある。働けばいい事がある、生きていく事は楽しい事だと思い出して貰わないといけない。
「本当か?」
「あるのか?」
「出来るのか?」
「あの人は出来ると言っているぞ?」
ザワついているな。もう一押しだ。
「新しい領主であるローランド侯爵が着任し悪政は取り払われた。そしてここに住む者たちは未だその闘志は衰えず、今度は俺達が黙っちゃいないというほどのプライドを持っている。新しい産業で街を活性化させる下地は出来たと言って良いだろう。そしてリンクルアデルのゴードン内務卿が直々に足を運び支援を表明している。どうだ? ここまで来てまだ出来ないと言うのか?」
「......本当に俺たちに出来るのか?」
「しかし一体何を?」
「国が何かをしてくれるのか?」
「勘違いするな。国はその手助けをするのだ。街を発展させるのは住民の力だろう? それが出来るだけの力をこのバルボアはまだ持っている。俺はそう信じている。そして約束できる。ローランド侯爵、新しい領主は民に対して正直で、平等に扱うことが出来る極めて優れている人物であるということをな」
「...やる」
「ああ、やるぞ」
「教えてくれ、いや教えて下さい」
「俺たちはどうすれば良いのですか!」
「本当に仕事があるんですか!?」
広場は違う雰囲気に染まっていく。皆が前を向き始めている。俺は両手を上げて彼らに告げた。
「今こそ生まれ変わるのだバルボアの民よ。謂れのない罪で散っていった仲間のために、これから生きていく自分たちのために。そしてこれからバルボアで育つ全ての子供たちのために!」
ここだな、言うぞ。言ったからには引き返せないが。
上げた手をゆっくりと下ろす事でざわつく民衆を俺は手で制した。
そして場が再び静まった時に俺は大声で宣言した。
「この街を観光都市にする!」
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