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バルボア城に戻ってきて応接室に座っている。皆口々に先ほどの感想を言っているが具体的な解決策は出てこない。それはそうだ。産業が無いのだ。
金を生み出すことが出来る術がないのにどうやって経済を回すのだ。特産物は無し、四方は山と海に囲まれ、民衆は圧制に苦しんでそのトラウマに囚われている。
「しかし、ローランドよ。大変な状況と言うのは理解できた。いや、本当に大変だ」
「ゴードン閣下、正直頭を抱えてますよ。何から手を付けて良いのかさえも分からない状態です」
「そうだな。ある程度の地盤がある土地ではあるが、かと言って既にその成長は止まっておる。難しい状況だ」
そこで二人は俺を見た。見るな、見るんじゃない俺を。今見てきただろう、そして今話をしていたじゃないか。それが全てだ。どうしようもない。
「どう見る?」
その聞き方は勘弁して下さいゴードンさん。ちょいちょいこの人こういう時に内務卿の顔がチラッと出てくるんだよな。本当に上手いよこの人たち。
大体、『どう見る?』とはどういう意味だ。答えは今アンタたちが話した通りで間違いないと思います、だ。俺はわざとらしくコーヒーカップに手を伸ばしそれを口につけている。行け、違う話へと話題を変えるのだ。
「ヒロシ様、どう考えているんですか?」
こら、ラザック。何を言っているのだ。お前とはもう絶交だ。短い付き合いだったな。ラザックは真剣な目をして俺を見つめている。お前がこんな俺に期待してくれるのは嬉しいが勘弁してくれ。そんなに何でもかんでも出来るわけがないだろう。
しばらく固まっていたが俺はとっくに空になっているコーヒーカップをテーブルに置くと言った。
「まずは、民衆たちを広場に集めて再度状況を説明した方が良いかも知れませんね。今の状態は領主への信頼度が全くない状態です。意思表明と言いますか、決意表明と言いますか。リンクルアデルとしての決意とバルボア領主としての決意を改めて民に向けて広く理解させる事です」
「一度実施してはいるのだがな」
「何度でもやるべきでしょう。全員が来るわけでもないでしょうが、それでも噂は勝手に回ります。何を行うにせよ、まずは理解させないといけないでしょうね。以前のバルボアとは違うと言う事を」
「なるほどな、一理ある。よし、ローランドよ、明後日にも広場で演説を行う旨、民衆に広く伝えるのだ。手の空いている者は全員参加せよとな」
「承知しました、しかし広場に入り切りませんよ?」
「そんな事は良いのだ、溢れたら溢れたで良いではないか。こういう事をする事に意味があると言うのだ。そうだろう、ヒロシよ?」
「まあ、そうですね」
流石に問題の先送りとこの場では言えないが、言っていることは間違いではないはずだ。この領地がこれからどう変わっていくのかを明確にしておく必要はある。仕事でも同じだ。ゴールがありそれを達成するための目標がある。更にそれを行うための目標。何度でも伝えて焼き付かせるのだ。
それは各人のやるべき事になり、それをやるにはどうしたら良いのかを考える必要が出てくる。それが分かり始めると仕事は回りだすのだ。大切な事はその目標を与えてやること。この領地でも同じだ。トップがそれを明確にする事がその一歩となる。
だが、問題はそのゴールの設定が出来ない事なんだよなぁ。
『上手く流せましたが、明後日までですよ? 大丈夫なんですか?』
『そう言うなクロよ。俺もどうしたら良いのか分からん。逃げる準備をしておくのだ』
『はいはい、分かりました。』
その、ヤレヤレというような顔をするのはよせ。お前も俺に期待し過ぎなんだよ。しかし、ある程度は考えておかなくてはなるまい。しかしあるのか、この何もないバルボアを救う手立てが......
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そしてその日はやってきてしまった。今広場には見渡す限りの人がいる。荒んだ街でありながらよくここまで人が集まったものだ。それだけ民衆も僅かばかりの希望を持ってくれているのだろう。
この演説は魔道具を利用して広場中に聞こえるようになっている。また外に向かってはその内容が放送される。なんと言うか巨大な拡声器のようなものだな。各領地にサイレンがあるのだ。このような機能があっても不思議ではない。
突っ込む所はそこではなく、今から始まる演説だ。ローランド侯爵が挨拶をし今までの経緯をもう一度話している。そして数ヶ月にわたり現在の状況を確認した事。皆の暮らし、仕事を含めた日々の状況。
その後、ゴードン内務卿に話が移っても民衆は黙ってその話を聞いている。壇上から見ても民衆の感情はいまいち分からない。来ていると言う事は期待もあるが、期待しないようにしてると言えば良いのか。
どうせまた裏切るのだろう? どうせ口だけだろう? そう思っているような雰囲気だ。今回はその意思をリンクルアデルが持っていると伝えることが肝要だ。もう少し覇気と言うか民衆の気構えを見てみたかったが仕方ないかも知れないな。今日の所はここまでか。
そしてゴードン内務卿が話を終わらせると思われたその時だった。
「それでは具体的な話はアルガスロングフォード伯爵家の跡継ぎであり、Nameless大商会を運営するヒロシ・ロングフォード卿より説明してもらう」
「は?」
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