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よろしくお願いします。
俺には無理だ。
本来街の運営に深くかかわるギルドさえこの有様だ。人々の心に植え付けられた前領主の徹底した選民意識が生み出す差別社会。獣人が住んでいるのが不思議なくらいだ。そう言えば暁の砂嵐のルナは小さい時に家族とバルボアから逃げ出したと言っていたっけ。
「でも、私は信じたいのです」
彼女は言った。
「今までのハイリルが行ってきた事は許されることではありません。独立騒動があったにせよ、ようやくアデリーゼがその実態を知り、バルボアは陥落しました。ようやくこれから新しい生活を始めることが出来ると信じたいのです」
「だが、それでも何も変わっちゃいないぜ。確かに民衆、俺もそうだが期待もしたさ。だがあれから数カ月何も変わらない。ローランド侯爵閣下に文句を言うつもりなどありませんが、そんな簡単に金が稼げるわけでもない。この街を見たでしょう? 荒れ果てここからどうやって復興できるのか誰も分からない」
ローランドさんはそれを聞き、パッカードに向かって質問した。
「そう言われると何も返せないな。だが、それを変えに私が来たのだ。それと君は冒険者と言ったな。他の冒険者はもう居ないのか? 正直ここの冒険者は良い噂を聞いていないのだが」
「ああ、なんと言うか質の悪い奴らは前の領主の子飼いだ。バルボア騒動の際にそっちに参戦したよ。恐らくだが全員捕縛されているか死んでるかだと思う。残党が森に潜伏しているという噂もありますが......他の奴らは皆個人で狩りなどをして生計を立てているはずだ。俺もそうですけどね」
「獣人と人間との関係はどうだ?」
「あいつら以外は特に気にしてなかったですね。むしろ街中では仲良くやっていると思う。ハイリルがどうしてそこまで獣人を敵視していたのかは知りませんが」
「お前も問題は無いと言う事か」
「ええ、俺は犬獣人ですが酷い差別を受けたことはありません。それでもハイリルの頃は色々とありましたが」
「今はアメリアがギルド長なのか?」
「いえ、私は......代行とでも言いましょうか? 前のギルド長は騒動の時に他の冒険者を連れてハイリルに付いて行ってしまったので」
「そうか、それで其方一人でここを守り続けていると」
「そうなります。ですが......」
「今は何も言うな。だがこれからバルボアは変わる。変わらなくてはならないのだ。その時までもう少し、もう少し私のために力を貸してくれ。頼む」
「ローランド侯爵様...私のような者に礼など不要です。はい、もう少し頑張ってここに留まります」
「パッカード、お主にもな」
「不敬になるかも知れませんが......信じて良いのですよね?」
「もちろんだ」
俺たちはその後もう少し話をしてギルドを後にした。薬師ギルドや装飾品、商店など壊滅状態みたいだな。武器や防具はある程度手に入るが、良いものはないらしい。腕の良い商人や職人が居ても活かせる環境ではないのだ。
俺たちは最後に郊外にある神殿跡に行ってみることにした。昔神々が使用したと言われる神殿。その遺跡だ。ほぼ残骸と言って良い神殿なのだが、神の遺産であることを考慮して撤去はしないらしい。と言うか、したくてもそれをする労働力も意味もないと言った方が良いか。
見たところ歴史的価値は十分にありそうなんだがな。それが俺の第一印象だった。よく見てみると所々修繕したような跡も見られる。誰かが手を加えているのか?
「誰だ?」
その時俺たちに声を掛ける人が居た。そばには一人の女性もいる。
「貴方は?」
「ワシは神々のいらしたこの神殿を見守っておる者だ、それでお前は誰だ?」
俺は侯爵様を紹介、そしてここに来た理由を話した。
「そうでしたか、侯爵閣下。気付くのが遅れまして大変申し訳ありません。ご無礼をお許し下さい」
「この状況で突然訪ねてきても誰か分かるまいよ。今はよい、気にするな。お前は......ドワーフか? ここで暮らしておるのか?」
「はい、娘と二人この近くで暮らしております。私はドッズ、娘はサラと言います」
「どうやって毎日を暮らしておるのだ?」
「家の裏にあるわずかばかりの菜園と近くの森で小動物を獲ったりしております。後は神々の遺産をできる範囲で管理しております。娘は本来この神殿に関する書物や絵画などを管理しておりましたが、前領主に全て没収されてしまいました」
「ふむ、という事はバルボア城にあるのか?」
「処分されていなければ恐らくは」
バルボア城の内部も現在は限られたメイドと執事しかいないので、全て管理するにはもう少し時間が掛かるだろうな。しかしドワーフと言ったなこの人。確かに雰囲気はそのまんまだが。俺は少し質問することにした。
「私は商人のヒロシと言います。ドッズさんは修繕以外にも様々な道具や建物などを作れるのですか?」
「ああ、これでも腕には自信がある。ただ、道具はそれなりに残っておっても、金も仕事も作業員も何もない。仕事があれば仲間を呼び戻すこともできるのだが」
「そうですか、サラさんはこの神殿には詳しいのですか?」
「ええ、まあ。ずっとここで暮らしておりますので、それなりには」
「侯爵も含め確認したいのですがこの辺りの土地って誰のものなんですか?」
「基本はすべて国、つまりリンクルアデルの所有だ。ただ家を建てたりする分に特に制限はない。ここならバルボア城の領主、つまりワシだな、にどこに誰の家を建てるという申請をして、受理されれば良し、ダメなら却下。それだけだ」
「そうなんですか」
「自由が利くと言う点はあるがな。例えばこの間の道路を引いた工事があっただろう? その道路上に家があったら、即強制退去だ。反面、問題なければ特に文句を言うこともない」
「なるほど」
「しかし、例えば誰かが王城より立派な家を建てたいとする。どうなるか?」
「まあ、想像は出来ますね。要するにそれ相応の節度を守れと」
「暗黙の了解みたいになっては居るが概ねその通りだ。こう言うのは民衆ではなく富裕層や特権階級の者が勘違いしやすい」
「でしょうね」
その後、ドッズさんともう少し話をして俺たちは一旦バルボア城に戻ることにしたのだった。
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