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本日二話目です。
よろしくお願いします。
彼女は最初は面倒臭そうにしていたが、途中から堰を切ったように話はじめた。仕事が入っても上が全て取り上げる。気に入らなかったら死罪か奴隷落ち。誰も何も始める事ができない。誰も働きたがらない。彼女の目の前で奴隷に落とされた女性もいたそうだ。涙ながらに話す彼女は最後に言い放った。
「誰が領主になった所で同じよ!」
バルボアから逃げるのも大森林を素人が越えるのは相当危険だ。住民は逃げる事も抗う事も出来ずこのバルボアという自然の要塞の中で取り残されていたのだった。
「「なんという事だ...」」
後ろからは二人の悲痛な声が漏れている。彼女、いやこの街の人々に対して不敬だのなんだの言えないだろう。完全なる人権無視、独裁政治と化した当時のバルボアが残した爪痕は余りにも大きい。
「エリーゼさんだったね」
「そうよ」
「今までの領主が犯した過ちについて、既に裁かれたのは知っているだろう?」
「もちろんよ。だけど一瞬でも喜んだ私たちがバカみたい。結局何にも変わらないわ、きっと......」
「いや、変わるさ」
「どうして? どうしてそんな無責任な事が言えるの?」
「今はそう思われても仕方ないな。だが変える。変えて見せるさ」
「誰が? まさかあなたが? バカじゃないの?」
「そのために後ろの人達も助けに来たんじゃないか。知っているんだろう?」
「......」
言えないか、今更知っていると言って不敬と言われたら死罪だからな。
「今は答えなくても良いさ。まあ俺の顔と名前だけを覚えておいてくれ」
「どうせすることもないし、覚えておいてあげるわ。ヒロシ大先生様」
「ありがとう、また来る」
「どっちでも良いわ」
次は冒険者ギルドへ行くか。馬車の中、公爵様たちは静かだった。クロやシンディ、ラザックも黙っていた。
「ローランドよ、来てよかったぞ。まさかここまで根が深いとはな。独裁の道を進んだアランの責任はあるにせよ、アデリーゼ側も真摯に受け止めなければな」
「ゴードン卿、これが今のバルボアの実態ですよ。まだ彼女と話が出来ただけラッキーでした。領主を含め政治関係者は全く信用されていません。何をするにせよ協力を取り付けることが出来るかどうかも分かりません」
「そうか...とりあえず次は冒険者ギルド『バルボアの息吹』だ。ロングフォードのギルド長はあまり良い事を言ってなかったな」
なんとも気の重い事だが仕方がない。商売の前に民衆が領主の方を向いてないのだ。まずはここから何とかしないといけない訳だが、それは侯爵の方々に期待するしかないかなあ。
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冒険者ギルドも同じく荒れていた。看板が半分落ちかかっているほどに。ガタついた両開きのスイングドアを開けると、受付の奥から怒声が聞こえてきた。
「やめなさい!」
「もう十分だろう! 獲物の買取もできねぇギルドなんざ何の役にも立たねえだろうが! こんな所さっさと潰して逃げた方が良いだろう!」
「今は仕方ないわ、だけど、だけどきっとこれから上手くいきます」
「何回そうやって信じてきた!? 何人の仲間が奴隷に落とされた? 俺はもう我慢の限界なんだよ! 何も変わらない、誰がやってもこの街はもう良くならねぇ。この街はもうダメなんだ! もう街を離れた方が良い、ギルドなんて放っておいても誰も気にしやしねえよ。お前も分かってるだろう?」
「それは......」
何とも嫌なやり取りの最中に入ってきてしまったが、別にタイミングが悪いと言う訳ではないんだろうな。恐らく日常的にこういうやり取りをやっているのだ、この街は。
女性の方が言葉に詰まったタイミングでこちらの気配に気が付いたようだ。
「あ、すみません。依頼はまだ何もないんです。あの...冒険者の方ですか?」
「いえ、違います。少しお話を伺いたく来ました」
「ええ、でも後ろの方達は......」
まあ俺とラザックの事は知らなくても二人の事は知っているだろうな。俺は二人を改めて紹介しつつ、話をさせてもらう事にした。ギルドの二人も国のえらいさんが来ているので無下に断ることもできないだろうが、門前払をくらうよりかマシなので気にしない事とする。
女性の方はギルド長のアメリア、男性は冒険者のパッカードというらしい。二人はまあ恋仲だそうで、パッカードはもうこの街を出てアルガスなどに移住しようと考えているらしい。それをアメリアさんは止めていると。
前バルボア領主が裁かれ、これから街は大いに変わると期待していたが、ここまで街の復興はままならない状態。もう少し、あと少しと待っていたが彼女自身ももう分からなくなってきた。冒険者に依頼を出すこともできない。これではギルドの意味がないだろうと。
ここも同じ理由だ。金が無いのだ。森から出てくる魔獣を狩っても報奨は出せない。討伐依頼を出す者もいない、金が無いので依頼を掛ける事も出来ない。多く居た冒険者は皆自分が生きるために狩りをするようになり、領主にばれないように個人で売買を行うようになった。
商業ギルドににしても同じだ。領主を信用せず、国を信頼せず、細々と生きているのだ。
一見結束が固そうに見える民衆たちも毎日怯えて暮らしているのだ。いつ誰が自分を領主に売り渡すのか、奴隷の落とされるかも知れない、ただでさえ少ない食料をどう確保すれば良いのか。冒険者が狩ってきたわずかばかりの肉を高値で買わされる毎日。
しかし冒険者も生きるために必死なのだ。街は荒み、心は干上がり、明日がどうなるか先の見えない毎日。果たしてこれが同じ国の中で起こっているなど誰が信じられると言うのか。みなが爪に火を灯しながら生きているのだ。
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