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よろしくお願いします。
「それではあなた、行ってきますわ」
私はカレン・イスマイル。士爵であるラザックの妻よ。今日はいつもの友人とエステに参ります。とは言っても週に一回は通っておりますわ。夫のラザックは伯爵家の跡取りとなったヒロシ様と話があるそうで忙しそうにしてます。
「「おはようございます、カレン様」」
「ええ、エスタ、ヴァーリンそれでは参りましょう」
馬車はいつも士爵家が出します。エンジェルフェザーは最早富裕層と特権階級の巣窟となっております。少しでも良い恰好で行かないといけません。
ましてや『早期に会員になれた』と言うのが大きな理由とは言え、私たちはセレクトです。本店使用者としていい加減な事をして、もし他店へ振り替えられたら大変な恥をかく事になりますわ。
と言う訳で私たちはいつも少し上等な服を着てエステに行く事にしておりますの。
「見たわよカレン、あなたの旦那表彰されてたじゃない?」
基本的に三人でいる時は上も下もない砕けた会話ができる。それでも二人は私に一定の敬意を持ってくれているので上手く付き合っていけるのかも知れません。二人は爵位持ちではないけれど富裕層よ。
「ええ、ありがとうヴァーリン。色々と大変だったのよ?」
「ヒロシ様と懇意にしてるんですって? バルボア騒動でも一枚噛んだと聞いているわよ?」
「よく知ってるわねエスタ? でもラザックは多くは話してくれないのよ」
「ふーん、そうなのね。まあ稼ぐのは旦那衆に任せて私たちは使う事に専念しましょう」
「「そうね、そうしましょう」」
世の旦那様方が聞いたら卒倒するかも知れませんがそこは我慢して頂きます。
エンジェルフェザーは基本的に混雑しない。全てが予約制だからだ。相変わらず新店舗が出来た瞬間に会員数は上限に達し、未だに会員になれないものが多くいるそうだ。
Namelessがどこまで店舗数を増やすか分からない以上、会員になれなかった人は非常に焦りを感じているだろう。その選に外れた者は、保持者から会員権を買うか、新しく店舗が出来るまで待つしかないのだ。
今時点では予約者で全て埋まっているので一回だけのサービスを受ける事は出来ない。しかし重要なのは施術を受ける事だけではない。そう一回ではダメなのだ。エステに通い得られるステータスとは何か?
それは会員になりあの煌めく会員カードというものを持って初めてステータスになるのだ。本当にあの時会員になる決断をした自分を褒めたい。エステの会員カードを持っているかどうかで明確な差が出てしまったのだ。
『奥様いつもお奇麗ですわね? 何か秘訣がございますのかしら?』
『いえ、特には。エンジェルフェザーにたまに行く程度ですわ』
『まあ! エンジェルフェザーの会員ですのね!?』
何度この会話を繰り返したことか。何度売ってくれと言われたことか。その都度見せる会員カード。それを見る奥様達の目には明らかな狂気が宿っているのだ。美が保証され誰もが欲しがる会員カード。それは社交界において既に力を持ち始めているのだ。
いつもの通りロビーに入り受付けに向かう。もう慣れたものだ。テーブルで談笑している貴婦人方に軽く会釈をしながら受付を済ませ奥へと移動する。最近は痩身に特化したプログラムではないらしい。いわば現状維持ということみたいね。
私たちはゆっくりと奥の部屋へと向かう。この場所はたとえそれが富裕層でも特権階級者であっても選ばれた者しか入ることが出来ないのだ。未だかつてそう言う場所があっただろうか?
スラムの人達が高級レストランに入る事は出来ないが、金があれば入る事は出来るだろう。しかしここは金を山ほど持っていても誰でも入れる訳ではないのだ。なんという高貴な場所か。なんという優越感か。
どうしてこのような商売ができるのだろう? 私は不思議で仕方がなかった。
施術が終わり私たちは受付で次回の予約日の確認をしているところよ。全身がさっぱりして非常にいい気分だわ。余談だけど最近のヴァーリンはスタイルが良くなって、身につける服も明るい色が多くなった。私たち三人の中では一番元をとっているわね。
その時、ゆっくりと扉が開いた。奥の扉だ。それは初めて来た時に受付で聞いた特別会員の場所に繋がる部屋。入り口には衛兵が立ち、誰もその扉が開くところを見た者はいない。
基本特別会員は入口から何から何まで別と聞いていた。全てが特別であると。どのような人物がそこに入れるのだろうか? 私たちはもちろんその場に居合わせた者たち全てが扉へと注目した。
衛兵が扉を開けて礼をする。奥から出てきたのはロングフォード伯爵家ご令嬢ソニア様だった。
受付の女性がススッとソニア様へと近づく。ソニア様は先日ヒロシ様と長い交際期間を経て遂にご結婚成されました。私も丘の上でのパーティーに招待されラザックと共にお祝いをさせて頂きましたわ。素晴らしいひと時でした。
あの頃より益々お美しくなられている。皆口々に『ソニア様よ』『当然特別よね』『なんとお美しい』などと話をしているのが聞こえてくる。でも皆は気づかないだろうが今は普段のお優しいソニア様ではないわ。
全身からお嬢様オーラがビシバシ出ているのが分かります。そう言うソニア様もまた素敵なのだけれど。ソニア様は何事か女性に話すとその女性は私の方を見て手をこちらの方へと向けた。
え? 私?
「カレン、いい所に居たわ。あなたがいつここに来るのか聞こうと思ってたのよ。あら? 後ろの方はお友達かしら?」
「ご機嫌麗しゅうございます、ソニア様。ええ、つい先ほど終わりまして...後ろの二人はいつもお付き合いさせて頂いております友人ですのよ」
「良かった。ではこれから施術と言う訳ではないのね? この後の予定はどうかしら?」
「いえ、特に。近くのオープンカフェに寄るつもりではおりましたが、特に予定はございませんわ」
「それなら良かったわ。ちょっと私に着いて来て頂戴」
そう言うとソニア様は受付に軽く目を向けたかと思うと、奥の扉へと歩き始めた。そして少し歩くと振り向いて私に言った。
「ああ、後ろのお友達も一緒に来るといいわ」
どうすれば良いのだろうか? あの奥はやんごとなき人々がいるのではないのか? 私などが入って良いのだろうか? 今着ている服で失礼には当たらないのだろうか? いや、そもそも居るのはソニア様だけかも......そんな訳ないわね。
「ど、どうしましょう?」
「入りたいけど怖いわ。失礼があったらと考えると......」
そう思うだろう。私も同じ気持ちだから。
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