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キリのいい所まで、投稿します。
タイに戻ってきた。
ここは気候も温暖で治安も他国に比べれば比較的良いと言えるだろう。多くの商業ビルやマンションが立ち並びインフラの整備も順調だ。日本の近代化時代、いやバブルに近い状況かも知れない。俺は一人事務所の中でパソコンを触っている。正直何もすることがない。俺は先日の経営会議でのことを思い出していた。
次の日行われた経営会議の前、俺は専務と話していた。
それは驚愕の事実であった。幸作がまだ勤務していた頃(と言ってもつい最近までだが)から既にこの案件は進んでおり、本社社長と現地社長との間で既に会社譲渡の話は進んでいたと言うのだ。
現地法人の社長をすっ飛ばしてのトップ会談が許されるのであれば、いや、それが本当の事だとすれば本当に雇われ社長ってのは全く意味がない事なんだな。
また、町崎内ではこのことはトップシークレット扱いなので他言無用との事。社内でも話してはならないと箝口令を言い渡された。俺の逃げ道が一つ一つ奪われていく感じだ。
知らぬは誰だけだったのか?
譲渡を進めるにあたり新規案件を取ることは禁止された。新規をとっても町崎の儲けにならないと言うのが大きな理由だ。そんな中、俺がここにいて一体どうすると言うのか。早い話、本社からの方針を伝える只のメッセンジャーと言っても良い。
ここまで築いてきた技術や知識など何の役にも立たなくなってしまった。社長と言う足枷を嵌められ、会社閉鎖という重荷を背負わされ......
俺は今日も今日とてネットの波の中をゆらりゆらりと漂うのであった。
『ん?』
世界のニュースサイトをクリックしたところ全く別のウィンドウが立ち上がった。
『お気に入りに設定しているから違うURLに繋がることはないのだが......』
と思いながら立ち上がるサイトに目をやるとアンケートページだった。
本来ならすぐにこのようなページは閉じるところなのだが俺はそうしなかった。アンケートのタイトルは、『社長になりたいですか?』だったからだ。
ペカペカ光るタイトルの下、Yes/Noで選択できるようになっている。Yes/Noだって? 残念だったな星の数ほどあるフランチャイズの皆さまよ、俺の答えは決まっている。お前らの大儲けできる嘘八百の謳い文句の相手をするほど暇じゃねぇんだよ。(暇だけど)
別に興奮することのモノではないのだが俺は決意をもって”No”を選択した。
”何故社長になりたくないのですか?よろしければ理由を下記にお答え下さい”
終わりじゃないのか? ただウィンドウを閉じればいいだけの話なのだが俺はそうはしなかった。もしかしたら俺の心境を誰かに聞いて欲しかったからかも知れない。俺は今の置かれた現状を書いたのだった。
『だからなりたくねーんだよっと』
ポチっと回答マークを押す。
”今の現状から解放されたいと思いますか? Yes/No”
まぁ、そうだよな。それはされたいよ。
Yesと。
”もう一度人生をやり直したいと考えたことはありますか? Yes/No”
まぁ、あるな。”Yes"
”赤ん坊からやり直したいですか? 具体的な年齢は?”
なんだこのアンケートは。社長関係ないんじゃないのか? えーと、30前、27歳でどうだ?
”今と違う場所、世界にいっても良いと考えてますか? Yes/No”
別にタイにこだわりはない。楽しく働けるならどこでもいいさ。”Yes"
”既婚者ですか? Yes/No”
”Yes"
”あなたは男性ですか?”
”Yes"
”ご家族と会えなくなっても構いませんか? Yes/No”
”No”だ。嫌に決まってんだろバカ。
”あなたが居なくても金銭面、精神面で全く問題が無いとすればどうですか? Yes/No”
”No”に決まってんだろ。俺がいないってのが問題なんだよ。
”あなたが家族ともう2度と会えないと仮定した場合、どのような状況なら受け入れますか?”
いい加減にしろ。俺はこのアンケートに答えていく必要があるのか?
”金銭面でも精神面でも生活面でも全ての点において家族が不自由なく暮らしていく事ができ且つ悲しい思いをしないなら。”
書き足りないか? いや、そもそも何でここまで俺は真剣に答えてるんだ? この程度でも十分だろう。
”先ほどの答えが間違いなく履行された場合、家族と会えなくても大丈夫ですか? Yes/No”
なんだってんだこの究極の質問みたいな内容は。俺は家族と会えなくて平気な種類の人間ではない。単身赴任生活が長いとは言え家族と会えるから頑張れると言うのに。
うーん......まぁただのアンケートだし”Yes”だ。
”回答までに必要とされた時間を考慮し、極めて限定的な条件において内容は受領されたと認識します。”
えらく優秀じゃないか。
”人より優れた力を持ちたいと思いますか? Yes/No”
いきなり話が違う方向にそれてきたな。当たり前だろ。
”具体的な能力について以下の中から3つ選んでください。”
長いぞアンケート。まぁ、乗り掛かった船とまではいかないがもう少し付き合ってやるか。えぇと、何々? 身体強化、魔法適正、剣術、棒術etc...沢山あるな。うーむ、とりあえずはこの3つかな。
”もしあなたがあなただけの能力を得られるとしたら何ですか? 5つ書き込んで下さい。”
流石にここまでの流れからするとあれだな、これはラノベ会社のアンケートだな。いくら何でもわかるぜ、働くオタクとしてはなぁ!
家内安全、商売繁盛、無病息災、不老長寿、一騎当千。
これでどうだぁ!
”以上がクリアされた場合、社長になっても良いと考えますか?”
えらく社長にこだわるな......ここに来てまたこの質問か。これでNOって言ったら無限ループなのだろうか。まぁ、ここまでしてくれたら社長でも良いよな。
”Yes"
”ご協力ありがとうございます”
画面は一瞬暗くなったかと思うと、クラッカーが打ち出された動画に変わり、賑やかな音楽やら派手なムービーでアンケートの終了を告げている。
”アンケートにご協力頂き大変ありがとうございます”
”頂いた内容を元に集計を開始しております。そのままお待ちください”
はやいな、集計。あなたの社長度はサル並みですとか出しやがったらぶっ飛ばしてやる。俺はそんなことを思いながらそのまま画面を見つめていると文字が流れ始めた。
”適正者を発見しました”
”適合率99.9%”
”種族 人間 27歳 男性”
”魔法耐性は無病息災に統合されました”
”肉体強化は一騎当千に統合されました”
”並列思考は一騎当千に統合されました”
”言語能力は商売繁盛に統合されました”
”生活魔法は家内安全に統合されました”
”不老長寿は自然の神の加護により履行されます”
”一騎当千は戦の神の加護により履行されます”
”商売繁盛は商いの神の加護により履行されます”
”家内安全は慈愛の神の加護により履行されます”
”無病息災は治癒の神の加護により履行されます”
”システムチェックを行います”
”惑星生命体を司る神々の名において全ての空間における矛盾点を解決しました”
”これらの事項は2030年3月18日午前0時に執行されます”
”アンケートにお答え頂き改めてありがとうございます”
”あなたは見事惑星パナスの転生者に選ばれました”
”転移は2030年3月18日に執行されます”
”相原比呂士様の未来を私たちは祝福します”
スクロールしながら消えていく文字を読みながら俺はこのアンケートはいったい何だったんだと反芻する。転移だと? 惑星パナス? どこだそれは。来月には俺は引越しかよ。惑星パナスへよ。バカバカしい。
明日ゴルフの時に言えってのか、それを?
『引越しすることになりました』
『帰任ですか?』
『いえ、そういうわけでは。ただの引越しです』
『へぇ、どちらへ?』
『惑星パナスです』
ダメだ、頭がおかしいと思われる。
そんなことを思いながら俺はある文言に背筋に寒いものを感じた。
どうして俺の名前を知ってるんだ?