183
本日2話目となります。
ここからの方は一つお戻りください。
よろしくお願いします。
私は部屋に戻るとまたベッドの上へと飛び込んだ。ヒロシと言う男が悪い男ではないことは承知している。先ほどもバランスを崩した私をしっかりと支えてくれた。あれだけバカにした態度を取っているのにも関わらず。少し良い香りがしたわ、商人だから身だしなみにも気を使っているのでしょうね。
ハッキリ言って理解しているのだ、彼にはお姉さまが魅力に感じるほどの力がある事を。リンクルアデル男爵家の跡取りでありドルスカーナ族長の娘とも結婚、国内で最大規模の商店を運営し更には国王のメダルを所持している。そんな男世界を見渡しても中々見つける事は出来ないだろう。ある意味最強の部類ではないか。そんな人が兄となったのだ、むしろ誇るべきだろう。
だがお姉さまにはそういう力ではなく純粋な力という部分を好きになって欲しかった。分かっている、これが私のわがままであるという事など。おそらく私は最強の一角であると名高いお姉さまの旦那様になる人に憧れを抱いていたのだろう。
今日式典で始めてみた仮面の男、リンクルアデルの英雄と吟遊詩人にまで詠われる彼のような人がお姉さまの旦那様だったらどんなに良かったか。でもそれを言ってももうどうしようもない。
模擬戦とは言えロイヤルジャックの白獅子と打ちあうことが出来るだけの武量、目で追うのが難しい程の攻防の中その美しい技の数々に民衆は狂喜乱舞していた。殆どの獣人女性は目を奪われていたはずに違いない。私もその一人だ。
もしお会いしてお話が出来たらどれだけ幸せだろう? でもお姉さまは腕組をしながら難しい顔をして立っていたわね。何故かしら?
いつか会えるかしら? もし会えたらどんなことをお話しようかしら? どんなお洋服を着て行けばいいのかしら? 私は枕を抱きかかえるとベッドの上を右や左へと転がりいつか会える日を夢想した。
------------------
「で、陛下たちの話はどうだったの?」
俺たちは今部屋に集まり話をしている。シンディは既に部屋へと戻りアリスは子供たちを寝かしつけている。ここに居るのは俺達夫婦以外にはクロだけである。
クロはお茶菓子の用意をしてくれている、ありがとう。そして俺は飲みものを手にしながら今日の出来事を話したのだった。
「そんな事があったのね」
「ああソニア、驚いたよ。ナタリア様がいなければヤバかった」
「ヒロくんやソニアは知らないだろうけどナタリア様が居なかったらこの国って結構大変なのよ?」
「そうなの?」
「そうなのよ」
サティは教えてくれた。まあ予想できる範囲ではあったが要するに短絡的に物事を推し進めようとする陛下とそれに反対を唱えることが出来ない部下。最悪その向かう先には戦争が待っている可能性がある。実際にアネスガルドと事を構えそうになったこともあるんだとか。獣人には好戦的な者も多いので王様が号令をかければすぐに実行に移されることになる。
それを裏で綱を引いているのが5人の妃衆だ。5人掛かりで陛下の道を正しているのは中々骨が折れそうな気がするが...やはり妃様でしかできないだろうな。広い知識と公平な物差しで物事を測れる后様たちの人気は高い。時には軍務に、時には公務に。決して奢らず昂らず、陛下とドルスカーナを守る盾となり矛となる。
「それってロッテンさんやロイヤルジャックの務めじゃないの?」
「そりゃ有事の際には大臣やロイヤルジャックが矢面に立つわよ」
「そうか、まさに睨んだ通り影の支配者であったか」
「でも、陛下にはそれを受け入れるだけの器量とカリスマを持っているわ。ちょっと欲求に対してストレートだけど民にも愛されてるしね」
「確かに雰囲気あるもんな。流石だとは思う」
「陛下と妃衆が居ればドルスカーナは安泰なのよ」
「なるほど」
「それでそっちの方はどうなのさ?」
「ええと、色々あるわよ。ソニアお願い」
「はいはい。まずは先ほどのリリーちゃんの事ね。ヒロシさんをお兄様としてまだ認めていないって事はこの際おいて置きます」
「放置か......」
「それは時間が解決するものだから仕方ないのよ。詳しい心理描写はアリスから聞くと良いわ」
「前に一度聞いたけどアイツは心理描写に詳しすぎないか」
「ふふ、アリス面白いでしょう? でね、問題はヒロシさん、あなたよ」
「俺?」
「そうよ。結論しか言わないけどお願いは一つだけ。ヒロシさんと仮面の男が同一人物って事は決して言ってはいけません」
「まあ、それは分かってるよ。商売にも支障が出るかもしれないしね」
「なら良いんだけど」
「それ以外に理由があるのかい?」
「あるけどないわ」
「なんなのさ」
「難しい事は良いのよ。決して正体を明かしてはいけません。これだけよ」
「ふーん」
「分かったわね?」
おっと、ソニアが念押しをしてきた。これはあれだ、逆らってはいけない奴だ。
「分かりました」
「それじゃこれで終わりよ」
「ソニア、それだけで大丈夫なの?」
「ええ、あまり話してもなんか......妬いているみたいで悔しいわ。後は私たちでフォローした方が逆に良いんじゃないかと思えてきたのよ。」
「それもそうね、ヒロくんにもそっちの方が分かり易くて楽そうかも。大いに同意だわ」
「俺は分かってないけどな」
再度念を押されたが、肝心の問いに答えが返ってくることは無かった。そこへクロがコーヒーのお代わりを入れに傍にやってきた。
「旦那様、これはアレですよ。獣人の女性が陥るパラドックス、いやジレンマってやつですよ」
「お、珍しく難しい言葉を使うじゃないか」
「ふっふっふ、私も獣人ですからね。今日の模擬戦を見て気付かないわけありませんよ」
「ちょっとその辺詳しく」
「実はですね......フゴゥ」
「クロちゃん、ちょっとこっちへいらっしゃい」
クロは体を九の字に曲げながらサティに引っ張られていった。
「お、おい......」
クロ大丈夫か? 白目剥いてたぞ。
「ヒロシさんはただ黙っていれば良いだけの簡単なお話ですよ」
「うむ......それもそうか。あ、サティが帰ってきた。あれ? クロは?」
「クロちゃんは疲れているからもう寝るって言ってたわ」
これも黙っていれば良いだけの簡単なお話に該当するはずだ。
「そ、そうか。じゃあ俺たちも寝ようか」
「そうね、そうしましょう」
「今日は久しぶりに一緒に寝れるよね......イヒ」
「何で嬉しそうなのよ、期待した事にはならないわよ」
「何かヒロシさんの笑い方がイヤラシイわね。でも今日は期待しても無駄な日よ」
「何を言っているのかよく分からんが寝ようじゃないか...ムフ」
「もう、バカね」
「ヒロシさんたら」
そして俺は自らの欲求に素直になる一匹の野獣と化し、またもスイートメモリーズを使用する訳である。あえて言わせてもらうぞ。ヤルに決まってんだろう! ウエストアデルのコーネリアス伯爵家で得た教訓。それは『我慢は体に毒』だ! だが今回のドルスカーナ遠征が終わったら俺は自身に体力をつけるべくトレーニングを開始すると心に誓ったのであった。
基礎体力って大切。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。