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その瞬間に大気が弾けたようにヒロシへと襲い掛かる。その衝撃の波を掻き分けるように中から飛び出してきたのは全身を白く覆った美しき獣人、ボニータであった。両の手は相手を引き裂くための大きな鉤爪、いつしかアッガスと対峙した時と同じく手には武器を持たない。その両腕、その顎で相手を喰らいつくしそうな凄まじいまでの威圧。
ボニータは右手でヒロシを袈裟懸けに切りつけると、紙一重で躱した彼を左足で真横から蹴り飛ばした。あまりの強烈な衝撃に耐えれずピンポン玉のように弾かれるヒロシ。しかし自ら飛んで威力を殺したか、直ぐに立ち上がりボニータの追撃を回避するべく構えを取る。
圧倒的な力による暴力、時には体の大きさ、技術、人種、その全てを否定していくかのように見える。その能力によるものか、ヒロシはボニータの攻撃を捌ききれない。その防御の少しだけ上を突いてくるような確実で堅実な攻撃。獣人化とは理性を失いケダモノになる訳では断じてない。その秘めたる力を最大限に生かせるように体自体を変化させてしまう恐るべき獣人特有の必殺の技なのである。
ボニータの体はしなやかに流れるように動き、まるで無駄が無いように見える。まさに演武ではないかと思えるほどの美しさ。しかしその美しい純白の体は次第に身を紅に染めてゆく。そう、ヒロシの返り血によって。二人は何度も激突を繰り返した後、示し合わせたように後方へと飛ぶ。
「そろそろ音を上げた方が良いんじゃないの? 本当に死ぬわよ?」
「強いな......しかも獣人化までするとはな。良いだろう、お前を戦士と認めしばし演武の枠から外れるとしよう」
「なによズタボロで偉そうに。これで終わりよ!」
ボニータは再びヒロシへと肉薄するとその爪をその足を無慈悲に叩き込んでくる。そしてヒロシがたまらず後ろに飛んだように見えたその瞬間、ボニータは両腕で大きく空間を引き裂く仕草をした。
「獅子の爪撃」
空中に浮かび上がる左右10本の宙に浮かぶ爪撃。それは目標をヒロシへと定めると一直線に弾き出される。誰もが決着がついたと思わされるその技と質量にヒロシはただ敗北を待つのみかと思われた......が!
ヒロシは少し屈む姿勢を取ったかと思うと偃月刀を真横に構える。
「奥義、鎌鼬」
偃月刀から繰り出される旋風は風を纏いて獅子の爪撃と正面からぶつかり合い相殺される。
「な、なんですって! あなた、私と同じ技が使えるの! クソッ! ならば......なにぃ!」
ボニータが次の技に入ろうとするその刹那、ヒロシは技を放つと同時に間合いを一気に詰めてきていた。翻したコートの隙間から見えるヒロシの眼とボニータの眼が一瞬交錯した時ボニータは戦慄した。その眼に映る圧倒的なナニカに。ボニータは本能的にその体を防御体勢へと変化させる、いや、せざるを得なかった。
「その身に受けてみよ......相原家伝月影流薙刀術、外郭四門朱雀」
その瞬間まるで朱雀が羽を広げるかのように左右から無数の偃月刀が現れる。
月影流の技の中には外郭十二門と呼ばれる型がある。内八門は防御の型、残る四門は攻撃の型。演武と見間違うほどの美しい薙刀の舞いからは想像できない程の鉄壁の防御と絶大なる破壊力。いま正にその四門の一つが開かれボニータへと襲い掛かろうとしている!
美しく広げたその羽を前方へと閉じるべく刃はボニータへと凄まじい勢いで迫ってくる。その威圧、全てが本物に見える。しかし本物は一本だけ、だがそれを見極めることが出来ないのだ。
ボニータは避ける、流す、受ける! だが彼女の眼をもってしてもその圧倒的物量に理解が追いつかない。反撃の形に持って行くことなど出来ない。自らを覆いつくすような、飲み込まれそうな感覚の中で理解できること。それは動きを止めた時に訪れる絶対的な死。それだけである。これは、この感情は......まさか恐怖か!?
「それまで!」
そこにボニータとヒロシのその隙間に大剣が突き刺さる。アッガスが投げた大剣だった。
「ヒロ......マスカレードよ。ここまでだ」
「ああ、そうだな。良いタイミングでありがとう」
「礼を言うならこちらもだ。ウチの跳ねっ返りにもいい勉強になっただろう」
「いや、実力は間違いなく本物だろう? 正直ヤバかった時もあったし、壱の型って事は弐の型もあるって事だろうしな。自分で言うのはアレなんだけど朱雀を受け切られて俺はちょっとショックだよ」
「どっちみち本気で技を出す気はなかったんだろう? 殺気を含んでいたら間に合ってないぜ」
「どうしよう、アッガスの好意的な意見に惚れちゃいそうなんだけど。」
「はっ、何言ってんだか。しかもその仮面をつけてそんな事言われてもホラーだぞ。それで、ボニータよ。お前は満足はしたのか?」
「え? ええ、アッガス十分だわ。ありがとう」
「ん? えらく殊勝じゃないか......まあ良いか。じゃあ、あれだな。最後に締めの挨拶をさせてもらうか」
アッガスは俺とボニータを横に並べて民衆へと向き直り彼らに向けて話を始めた。
「模擬戦はこれまでである。双方十分にその実力を見せ、その力を示してくれた事と思う。これは演武であり、勝敗を決める事に重点を置いていないことは皆も知っての通りだ。しかし皆の期待は十分に満たしてくれたと思う」
「ウオオオオオオオオオオオオ!」
民衆の歓声は今日一番のものとなり演舞場の上に降り注いだのだった。
しかしその三人が並ぶ光景を舞台の横から険しい顔をして見つめる一人の獣人が居た。
狐獣人、狐炎のサティである。
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