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開始の合図と共にボニータは腰からゆっくりと二本の得物を抜き出して構えた。トンファーだろうか、分類するならその部類に入るだろう。魔法もしくは格闘系の技術を合わせながら攻めてくるタイプかも知れないな。ヒロシはそんな事を考えながら青龍偃月刀をゆっくりと左斜め下に構え相手を見据えた。
「どうしたマスカレードよ? 攻めてこないのか?」
「なに、模擬戦と言うか、これは演武だろう? 初手は譲ろうかと思っていたのだがな」
「気を使うなと言ったわよね? あなたの武術って相原家伝月影流薙刀術と言うみたいね、是非お目に掛かりたいんだけど?」
「やはりそこまで知っているのか。別に隠している訳ではないが......良いだろう。お望み通り俺から仕掛けさせてもらうぜ」
ヒロシは改めて偃月刀を頭上で一回転させると下段に構えボニータへと言い放った。
「それでは俺の技を見てもらおうか」
ヒロシは一直線にボニータへと向かう。走りながら手元で偃月刀の刃先を上へと変えて、交錯する瞬間に右斜め下から跳ね上げるようにボニータへ刃を投げる。
ボニータは余裕をもってスウェーでそれを避けると同時に体重を横から前へと変化させ、跳ね上げられた偃月刀の内側へと滑り込んでくる。
伸びきったと思われた偃月刀だが、ヒロシはそのまま偃月刀を回転させ滑り込んできたボニータへ石突きを叩きこむ。石突きがボニータへと当たる瞬間、彼女はそれすらもバックステップで躱す。
一見単純に見えるこの動きであるが、明らかに体重が前にかかっている中で後ろへのバックステップがどれほどの高等技術を用いるのか理解できる者は果たしてどれくらいいるのだろうか。しかし華麗に後方へと飛んだ白い獣人へヒロシは容赦なく攻撃を仕掛ける。
「青鷺火、蓮華の型、流四連」
高速の複合連打。本来この技を正面から受けてガードを守りきれた者は少ない。しかし、ボニータは受けない。受ける寸前で流しているのか? 高速で繰り出される太刀をトンファーで受けた瞬間に流す。流すことにより衝撃は緩和されボニータはこの高速の連打の中、一気に懐へと飛び込んでくる。トンファーを回転させ顔面を殴打するかと思えば身を屈めて足払いを仕掛けてくる。その変幻自在の身のこなしから放たれる攻撃はまさに獣人の身体能力を持って初めて成せる動きだろう。
「中々やるわね。だけど今度はこちらの番よ、ロイヤルジャックの白獅子いざ参る!」
一瞬の距離が開いたその瞬間、ボニータの両手が煌めいたかと思うとそれがヒロシの方へと放たれる。
『白薔薇の棘』」
ヒロシへと向かう煌めきは周りの空気を全て凍り付かせるかのように氷塊へと形を変えて襲い掛かる。しかしヒロシはそれを構えた偃月刀で掻き消す。
「獣人で魔法を使いこなすとはな。しかし残念だが俺に魔法の類はあまり意味がない。っと、何!」
ヒロシが魔法を掻き消したうちの一つ、消した氷塊のその後ろから苦無が迫りくる。体を捻る事で回避するがその僅かに生まれた隙をボニータは見逃さない。ローズはトンファーをヒロシへと打ちつける。
「反応が遅れたな、薔薇の棘には気を付ける事ね。 『獅子の牙』」
「ガハァ!」
咄嗟にヒロシは後方へと飛び追撃を逃れようとするがそれをボニータは見逃さない。一気に畳み込もうとヒロシへと肉薄し上下一対の高速打撃技でトンファーを叩きこむ。ヒロシは偃月刀を使いトンファーの打撃を捌こうとするがボニータはトンファーを打ち下ろした反動を利用して強烈な回し蹴りをヒロシへと叩きこむ。
「グッ! クソ、速い......」
ヒロシは蹴り受けた反動を利用してそのまま回転し、偃月刀を自らの周りに結界を張るように振るう。バルボアで見せた『絡新婦』である。それを使わねばならない程に彼女の攻撃は速く、そして重い。ヒロシは再び頭上で偃月刀を回転させると中段で構えを取りすぐに反撃に出る。
「どうしたマスカレードよ、聊か期待外れではないか? アッガスに土を付けたと言われる実力は間違いであったか? まぁそのまま何もできずに膝をつくのもまた一興だわ」
ボニータはヒロシの反撃を受け、躱し、流しクリーンヒットを許さない。ヒットアンドアウェイの要領で確実にヒロシへと攻撃を当ててゆく。しかし高速の刃を放つ偃月刀の間合いから果たして躱し続ける事など本当にできるのか? 明らかに高度な戦闘教育を受けた者が振るう刃を。
「大した動体視力だ。 目で捉えたものを瞬時に判断できるその眼、得た情報を体へと伝達する恐るべきスピード、極めつきはそれに適応できる異常なまでの身体能力、それらによって為せる業か。恐らくは魔眼の類か、神眼か。 いくつか特殊な能力を持っているようだな。それともギフト持ちか?」
「分かった所でどうにもならないわよ? あなたの実力も分かったことだしそろそろ終わりにしましょうか?」
「舐めていた事は謝罪しよう。俺も本気を出さないと格好がつかないようだな」
「言ってくれるわね。手も足も出ないあなたが言っても説得力が無いのよ」
言い終わると同時にボニータはヒロシに向かって突っ込んでくる。両者が舞台の中央で足を止めての殴り合い。有効打がないとは言えボニータが力業でゴリ押ししているように見える。民衆はその有り得ない戦闘レベルの高さに興奮度は上がる一方で、会場からは双方の応援合戦が始まるくらいの様相を見せていた。
「粘るわね。悪いけど私も少し本気を出させてもらうわよ」
「良いだろう、期待外れでないことを祈るばかりだ」
「チッ、私に一発も入れれないくせに言ってくれるわね。死んでも文句言うんじゃないわよ!」
ボニータの体から大量の気が放出されるのが分かる。ヒロシを見据えてはなさないその双眸から零れるのは絶対の自信か、相手への威嚇か。ボニータは小さく呟いた。
「白獅子壱の型『顎』」
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