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「なんだボニータ、発言を許す。申してみよ」
「はっ、恐れながら民衆は仮面の男の強さを見てみたいのではないでしょうか? 仮にもリンクルアデルの英雄と吟遊詩人に詠われるほどの豪傑。ここまできて手を振るだけで終わりでは民も納得できないでしょう」
何を言いだすのだこの猫娘は。元々よくない目つきがもう悪党みたいになってるぞ。俺は帰って実験に取りかかりたいのだ。変な事を言いだすんじゃないよ。みろ、陛下もさすがに困惑しているじゃないか。
「む、だがしかしだな」
「別に命の取り合いをと言う訳ではありません。軽い模擬戦で良いのです。幸い前には舞台があります。タリスマンがあれば特に問題はないかと思います」
「むぅ」
ボニータはそこで立ち上がり民衆に向かって叫んだ。
「皆もここで私と仮面の男との模擬戦を見たくは無いか! リンクルアデルの英雄がどれほどの剛の者か、獣人として見極めたくは無いか!」
ウオオオオオオオオオオオオ!
知っての通り獣人にとって強さとは正義だ。それで全てが許されると言う訳ではないが、強さという事においては非常に重要視されている。そこでロイヤルジャックと仮面の男との模擬戦が見れるのだ。これほど盛り上がることは無いだろう。
「陛下の発言を遮ってまでこんな事言っちゃって良いのかねアッガスさんよ」
「そら、ダメに決まっているだろう。だが今回は場の雰囲気とボニータの言う内容が民衆たちの想いと合致しているところが大きいな。お前も知っての通り獣人は強さに対して正直だからな。」
「なるほど」
「あと、ボニータが少々特別という事もあるが」
「なんだその特別ってのは?」
「仮面の男よ! どうだ是非手合わせをしてみようではないか! さあこちらへと参られよ!」
アッガスと話しているとボニータが既に舞台の方へと移動していた。こら猫娘、一人で話を進めるな、皆さんを煽るんじゃないよ。しかしここは舞台と言うが闘技場にも使えるんだな。そこでボニータはマントに手を掛けると一気にソレを上空へと投げ捨てた。マントの下から現れたのは戦闘衣装。白を基調とした美しい衣装だ。サティの衣装とどこか似ている気がするな。
「あー、ヒロシよ。すまん、ボニータはやる気だなこれ」
「ソウミタイダネ、アッガス」
民衆の歓声はボニータが衣装を見せる事でより一層高まっている。熱気がすごいぞ。後ろからロッテンさんが近づいてきて申し訳なさそうに話した。
「陛下は本当に済まぬと。しかし、強制ではないので判断はヒロシさんに一任すると言う事です」
陛下、俺に投げやがりましたね? どうしよう。ここで断った場合、民衆やボニータからは目に見える形で落胆されるだろうな。陛下も無理強いは出来ないのは分かってくれてるが、盛り上がった民衆と気質を考えると一概に拒否することもしたくはないのだろう。という事はあれか、俺の胸一つと言う訳だ。チラッと来賓席の方を見るとサティが腕を組んで仁王立ちしていた。『ちょっとボニータ、何勝手な事言ってんのよ!』とか言った後っぽいな。
「タリスマンあるんだよね?」
「あります」
「はあ、じゃあちょっとだけやるか」
「申し訳ありませんね」
「ロッテンさんでもボニータのせいでもないよ。ましてや陛下のせいでも。せっかくの式典だし民衆が喜ぶならやるべきなんだろう」
「そう言って頂けると救われますね」
「良いよ、陛下や皆さんにもお世話になったしね。ここまで来て断ったら式典に水を差すどころじゃないし」
別にロッテンさんと向き合って話している訳ではない。ロッテンさんはアッガスの後ろ位から俺の方へと言葉を飛ばしているのだ。俺はそれを民衆の方を向いたままで、つまりはロッテンさんに背を向けたままで話をしている。仮面をつけているから話していることは分からないだろうな。
「じゃあ、行ってきます。タリスマン持ってきてくださいね」
「もちろんです」
俺はそう言うと、陛下の方へと向き直り一礼をして舞台の方へと歩き始めた。陛下は俺の方を見て一度だけ頷いた。少し申し訳なさそうに見えたぞ。俺が舞台へと向かうので民衆は仮面の男が模擬戦を受けたことを理解したのだろう、凄まじいまでの歓声が辺りを埋め尽くしている。
「すまない、待たせたな」
「気にしなくて良いわ。あなた戦闘衣装になると雰囲気だけじゃなく言葉遣いまで変わるのね?」
「それこそ気にするな」
舞台中央で対峙した俺達は係りの者が持ってきたタリスマンを身に着ける。色々と注意事項を話してくれていはいるが、ボニータは俺の方から目を離さない。本当に手合わせ程度の模擬戦で済むんだろうな? この猫娘やる気満々に見えるが......今ここで種族を聞く訳にもいかないけど、アビシニアンって言う猫が当てはまりそうなんだがどうも違う。茶トラでもないな。ピューマか? いや、決めつけはよくないな。クロにまた怒られてしまう。
「ふふ、何をジロジロ見ているんだ?」
お前も見てるだろう!
「いや、美しい戦闘衣装が良く似合うと思ってね。気を悪くしたなら謝罪するが」
「嬉しい言葉だが、見た目で判断すると痛い目を見るぞ?」
「分かってるさ、あと痛い目は勘弁してくれ」
俺たちは少し距離を開けて開始の合図を待つ。係りの者が舞台から出て行くと代わりにアッガスが降りてきた。
「審判は俺が務める、異論は無いな? あまり熱くならないように」
アッガスはそれだけ言うと後ろの方へと下がり大きな声で号令をかけた。
「はじめ!」
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