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よろしくお願いします。
「え?」
「仮面の男というらしいな。なんでもこの度のリンクルアデルの内乱騒動で獅子奮迅の活躍をしたらしいじゃないか。本当かどうか知らんが、ウインダム一番隊の隊長である天才剣士と名高いセイラム隊長、更にはロイヤルジャックのアッガスとの戦闘でも勝利していると聞く。まあこちらは模擬戦だという事だが」
「ええとですね」
「いるわよ」
俺がまごついているとサティが代わりに答えてくれた。
「やはり実在するのか。多くの吟遊詩人が詩っておるからな。適当な作り話と言う訳でもないようだしな。ロイヤルジャックの話が出る以上、王城から規制が入ってもおかしくないのだがお咎めなしなんだ。だから信憑性が高いと皆言っておるよ」
「でも正体不明なのよ」
「らしいな」
そこで俺はサティの方へさりげなく顔を寄せて、いくつかの疑問をぶつけてみる。
『正体不明なの?』
『前にローランドの森でそうしたじゃないの』
『確かにしたけどさ。お義父さんにも秘密なわけ?』
『当たり前じゃない。ローランドの森だけの話なら私も気にしないけど、今やバルボアの一件で仮面の男はリンクルアデルから最高秘匿情報に指定されてるのよ? 言いたいのは山々だけど、私はもうヒロシ・ロングフォードの妻なんだから。男爵家の夫人になった以上、たとえ肉親でも簡単に情報を漏らす訳にはいかないわ』
『マジ?』
そんなに大袈裟な話になってるのか? 俺が商人でありたいと言った事が原因か? それとも政治云々に関係してくるのか? これは帰ったらじいさんに聞いてみよう。
『そうよ、ギルドへは既に情報の上書きがされているわ。あなたの戦闘を見た人間全てに国王陛下から直々に箝口令が敷かれてるわ』
『マジ?』
『当時は仮面の男という二つ名が無かったのが幸いしたわね。あと元々アッガスの件はケビンが非公開指定にしてたから広がってないのよ。その時すでに口止めされてたから。だから現状はヒロくんと仮面の男は別人。正体は不明だけど確かに実在しており、リンクルアデルに仇成すものではない。恩人である人物の情報を暴く事は王家の意思に反するってところね』
なんだか、凄い話になってるではないか。確かにバルボアの時に俺の仮面姿を見た者はほとんどいない。仮面をつけたのは城に入ってからだからな。でも仮面をつける位で俺の正体がバレないとはいったいどういう事なのだ? まあ、今は置いておくか。しかしそう言う意味ではケビンのおっさんもいい仕事してたわけだ。でも、俺誰かに話した気がするけどな。誰だったか......まあ良いか。俺は今度はソニアの方へと顔を向けた。
『知ってた?』
『おじいさまから聞いたわ。私を助けてくれた人の話ができないのは残念だわ』
『えへへ、そう言ってくれると嬉しい。いや、そうじゃない。そんな話になってたんだ?』
『そうみたいね。男爵家は一応知る人が多いけど、私も子供たちも言ってないから』
『ふむ。そうだったのか。じゃあとにかく俺も話す訳にはいかないって事だな』
「なにをボソボソやっとるんだ?」
「いえ、正体不明の仮面の男ですか。ロマンですね」
「そうだろう? サティならそっちに惚れるかと思ったがな。いや、ヒロシ君よ。気を悪くせんでくれ」
「いえ、気にしてませんよ。大丈夫です」
「どうかしらね?」
サティはふふっと笑ってその会話を締めたのだった。
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私は部屋のドアを思い切り閉めてベッドへと飛び込んだ。なによ、あの男! あんな男がサティお姉さまと番になるなんて。絶対にお姉さまは騙されているわ。別に商人や貴族、お金持ちをバカにしている訳ではない。ただ、私のお姉さまは英雄のような男と番になるものとばかり思っていたのに。
そう。例えば今街中で噂になっている一人の男。その名は仮面の男。正体不明らしいけど、バルボアで無類の強さを発揮して、フランツ王子とアンジェリーナ第一王女、更には男爵家の御令嬢を助けたと聞いたわ。まさに英雄の所業よ。男爵家の御令嬢とはつまりあの男の妻よ。その時あの男は一体どこで何をしていたのかしら?
それがあんな飄々とした男で少しガッカリしただけ。でも、騙されているのではないとするとお姉さまには悪い事を言ってしまったわ。悪いのは私だってことは分かってるのよ。私の敬愛するお姉さま。後できちんと謝っておかなくては。
私はヒロシと言う男との距離を掴めずにいた。もう結婚したのだから一人の男として認めれば良かったのだ。ただそれだけで良かったというのに。私のこの狭い心が後の事件を引き起こすとはその時考えもしなかった。
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翌日、王家からブライト家に早馬が到着した。レオン・ダルタニアス王との謁見の報せだった。明日の朝に王家より迎えの馬車が来るのでそれに男爵家の関係者は乗り込むようにとの事だった。王城へと赴くのは俺とサティ、ソニアの三名とクロとアリスだ。謁見の場には俺とサティとソニアの三名になる。本来族長も来るべきなのではと思ったが、フェルナンデス家からはサティが代表として出ればよいとのお達しだった。あくまで今回はリンクルアデルの男爵家との謁見とする、と言うような話だった。
そんなこんなで次の日はフェルナンデス家でゆっくりさせてもらった。子供も少し疲れがたまっているようだったしな。午後からは庭で子供の相手をしながら皆でお茶を楽しんだり、家に招いてもらった吟遊詩人の話を聞かせてもらったりした。その頃にはリリーも一緒に来てお茶を飲んだりした。サティとは仲直りしたみたいだな。良かった。俺にはまだ許しが出ていないような気がするぞ。あとソニアが吟遊詩人に仮面の男の話をリクエストするもんだから俺は相当恥かしい思いをした。詩人の兄さんよ、お前それ盛り過ぎだろう?
『颯爽と窓から身を翻して現れた仮面の男! 間一髪の所で王女に襲い掛かる刃をはじき返し......』
とかなんだよ? 俺ドアから入ったし。しかもアンジェは自分で結界を張っていたしな。
『名も告げず去り行く仮面の男、引き留めようと伸ばしたその手をそっと胸の中で握り返し見送るだけのアンジェリーナ王女。いつか再会できる日を信じて。頬を染めるその目に映るのは......』
やめろ! 嘘つき! 一緒に帰ったわ! 子供たちの目がキラキラ眩しくて俺は溶けてしまいそうだった。リリーは何度も吟遊詩人に仮面の男について尋ねていた。違う意味で正体は明かせないぞと俺は心に決めたのだった。子供の夢を壊すことは避けたいのだよ。
夜は子供と寝たぞ。リンクルアデルに帰るまで我慢させるのは可哀そうだったからな。俺は子供の期待に応える男だ。二人に腕枕をせがまれて俺は磔にされているような恰好だったが気分は悪くなかった。むしろ嬉しかったぞ。そして子供が寝息を立て始めた頃合いを見て俺はこっそり妻たちの寝室へ忍び込もうと考えていたのだが、子供二人がもぞもぞと俺の真上へと移動して来たために断念したのだった。でも子供たちとゆっくり眠るのも悪くないか。俺は二人の背中をポンポンと叩きながら天井を見上げた。
重いから少しだけずれてくれるとありがたいのだが......
引き続きよろしくお願いします。
下記おまけです。
「ここに居たか、探したぞ」
「ガイアスさん、来るならあなただと思ってました」
「仮面で顔半分隠したら正体がバレないだと? ボケてんじゃねえぞ!」
「赤いマントで全身タイツ姿の空飛ぶ変態がいるでしょう?」
「世界中で人気のヒーローを捕まえて変態とか言うな」
「彼はあれだけ目立っておきながら、普段の変装はメガネをかけているだけですよ?」
「それには諸説あると聞いたが?」
「後付けの理論ですよ、くだらない」
「しかしだな」
「実際にばれていないのでしょう? それが全てです、では」
「あ、待て! まだ他にも......チッ行っちまいやがった」