165 サティの実家
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違う国に来るのは初めてである。国境にはイミグレや税関なるモノがあるのかと思っていたがそうではなかった。パスを見せただけだ。積み荷についても特に念入りに検査されることもなかった。両国間では交流があるが品物とかに関税はかけたりしないのかな? サティは族長の娘って事が知れ渡ってるのでちょっとした有名人扱いだった。前回サティが一人で行った時もこんな感じだったのかな。それともサティがいるから検査が甘いのか、その辺はよく分からない。サティは元々厳しくないと言っていたけどな。
国境を越えた周りには小さな街みたいなものが出来ていたが、それを抜けるとしばらくのどかな風景が続く。今時点でのドルスカーナのイメージは牧歌的という言葉がよく似合う。ヤギや牛を飼っている農家や畑を耕している人たち。そしていくつかの林を過ぎると遠くに王城が見えてきた。国境から半日ほどだな。王城は遠くに見えるので王城まで行こうとしたら一日位掛かるかも知れないな。
「私の街はもうすぐよ。国境と王城の間くらいにあるの」
「そうなんだ。他の街は?」
「基本的に王城を取り囲むようにして扇状に広がっているわ。それ以外は森や林、農地などね」
「あまり大きくはない感じかな」
「そうね、でも人口自体はリンクルアデルより少し少ないくらよ。リンクルアデルは国は大きいけど森が多いから」
「それは言えてるな。どこの領へ行くにも森の中を10日間とか勘弁してほしい」
「基本的にどこの国も人の多さは変わらないと思うわ。詳しい事は知らないけど」
ドルスカーナに関する色々な事を話しながら馬車は進んでゆく。獣人の国だからと言って何かが特別なわけではなく、民族が持つ文化の違いを除けば同じような生活を営んでいる。畑を耕し、狩猟を行い、川や海で魚を取り、治安を守り、冒険をする。国王を筆頭にピラミッド型に区別された国民たちはそれぞれが生活の為に各々の責任を果たしているのだ。
サティの街の運営がうまくいってない理由はサティにも分からないみたいだな。ご両親も息子さんも娘さんも皆普通の獣人で素行が悪いとか、市民に対して横暴であるとかはないらしい。俺達の馬車は今サティの街、『イーストレイク』へと入っていった。街の外で農作業をしている人もいるが、ほとんど背の高い竹のようなトウモロコシのような植物が自生しており、それを刈り取ってから作業をしているようだな。聞いてみたらトウモロコシではないようだ。何か見た事があるんだがな、思い出せない。
あの街の入り口でサティが衛兵に用件を伝える。リンクルアデル、ロングフォード男爵家の馬車が入るのだから本来王城へ向かうのが礼儀なのではないかと思うのだが、突然向かう方が礼儀に反するという事で、衛兵が俺たちがイーストレイク入りした事を伝えに行くらしい。今晩にでも王城から謁見の日取りが知らされるであろうとの事。それまでと言うか特に問題を起こさなければそれで良いみたいだな。
衛兵が先導して俺たちはサティの家に向かった。街を行く事数十分、俺は先ほどの言葉を撤回する事になる。家がでかいのだ。族長というイメージで勝手に家とか思ってたが、これはタイとかミャンマーとかで見る仏殿と言うか宮殿と言うか。あの辺りの偉い人が住む場所がイメージとしてピッタリくるな。門を抜けると両脇には水を張った長く奇麗にレイアウトされた用水路、ここではこう言ったものを水廊と言うらしいが、その中から噴水が上がっている。その真ん中を馬車はゆっくりと走っていく。まるで水の上を走っているかのような錯覚に陥る。子供はまどから景色を見て歓声を上げているぞ。俺も身を乗り出したい気分だがな。
水廊の向こう側は自然の木々がセンス良く立ち並び小鳥が木から木へと渡っていくのが見える。突き当たりのロータリーを周り馬車は玄関口の前で停止した。すぐに獣人のメイドや執事たちが近づいてきて扉を開けてくれる。俺は勝手が分からないのでサティについていくという何とも情けない格好だが許して欲しい。ここで衛兵達とは一旦分かれる。家族以外で側にいるのはクロとシンディそしてアリスだけとなる。アリスとシンディは子供たちの世話や奥様達の世話があるからね。俺の世話ももちろんアリスがしてくれるが基本クロがいるしな。
部屋に通してもらって荷物を置くと俺たちは食堂へと移動した。そこで皆さん待ってくれているらしい。なんだか緊張してきたぞ。結婚してしばらく経つというのに、ご両親に会うのはこれが初めてだ。正直罵詈雑言を浴びせられても仕方がないと覚悟はしている。だけどちょっと優しくして欲しいと願っているのも本当だが。前世には息子しかいなかったが仮に娘が居たとしよう。大切な娘をどこの馬の骨とも分からん異国の人間に引っ掛かり挨拶にも来ないとなると、俺はそいつを八つ裂きにしたくなるだろう。正直に言う、俺の両手は汗まみれで、脇汗もビッショリだ。額からも嫌な汗が流れているのが自分でも分かる。
「なによ、緊張してるの?」
「当たり前でしょ」
「大丈夫よ」
「俺にはその根拠が全く分からん」
「私も大丈夫かしら? 怒られたりしないかしら?」
「ソニアに至ってはもっと大丈夫よ」
「そうなの」
「そうよ」
「つまり俺はソニアよりは酷いという事だな?」
「だから気にしなくて大丈夫って言ってるでしょ? さあ行くわよ」
「......」
「ここまで来て何ビビってんのよ」
「ビ、ビビってなんかいないぞ!」
「ふーん。じゃあ、行くわよ。ちょっと早く着いてきなさいよ、引っ叩くわよ!」
「すみません」
そして俺は食堂へと足を踏み入れたのだった。
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