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さらに数日が過ぎた。騒動は落ち着きつつもバルボアの統治問題で国はまだ揺れている。じいさんも元気になった所で俺たちは一度ロングフォードへと帰ることにした。俺達は忙しい皆さんの邪魔をしては申し訳ないと思いそのまま帰ろうとしたのだが、陛下が黙って帰るとは何事だと怒りだしたそうで、ゴードン内務卿や大臣達が走って止めに来た。平民が『ちょっと陛下を呼んでもらって良いですか?』とは言えないだろう。察して欲しい。
「ヒロシよ、黙って帰ろうとは何と水くさい。遠慮など必要ないのだぞ? まあそれは置いておいて、この度は本当に世話になったな。お主には何か褒美を取らせねばなるまいが、今はまだ落ち着いておらんでな。近い内にまた王城へと呼ぶことになるだろうが、その時には是非また色々と話を聞かせてもらおう」
「別にお礼なんて良いですよ。今回は騎士団やレイヴン軍務卿やゴードン内務卿を始めとした皆さんが尽力した結果です。私はそのお手伝いをしたにすぎません。もしアンジェリーナ様のスキルが発動していなければ、結末はまた違ったものになっていた可能性もあるのです」
「そうかも知れぬ。だが、全ては結果じゃ。皆の努力が生み出した結果の中にお主もいるであろう? 謙遜するのはよせ。お主はいつも何も要らぬと言うが今回は貰ってもらうぞ」
「大変有難く存じます。でも大袈裟なものじゃなくていいですよ? 私は既に陛下からメダルを頂いておりますので」
「まあそれは楽しみにしておれ」
陛下はワッハッハと声を大にして笑うが、俺は正直恐ろしい。本当に金一封とかで良いですからね? そんなやり取りの中、アンジェが横から話しかけてきた。ちなみにここには陛下だけでなく一族全員、大臣達までもが勢ぞろいしている。正直、俺は緊張しっぱなしなのだ。
「ヒロシ様......私は付いて行きたいのですが少ししたらお母様と一緒に行こうかと思います。今はアデリーゼとバルボアの為に残ります。あとフランツのこともありますし」
フランツ王子はアンジェの足に引っ付いたまま離れない。元々アンジェ大好きっ子だったみたいだからな。元気なお姉さんを離したくないだろうな。
「アンジェリーナ様。どうかお気になさらず。ロングフォードへはいつでもいらして下さい」
「......もうアンジェとは呼んでくれないのですか?」
アンジェよ、そう悲しい顔をするな。今までがおかしいんだよ。第一王女だぞ。気やすくニックネームで呼ぶ事なんてありえないから。もう心も体も立派な第一王女だ。新しいスキルだと思うが、全身から王族の畏怖がダダ洩れだ。所詮は身分も違うのだ。アンジェよ、新しい世界で元気に生きるんだ。
「アンジェリーナ様は今まさに王家の人間として覚醒したのです。最早お忍びでいらしたあの頃のあなた様ではございません。それを私たちが敬称もなくお呼びするのは王家の為にもなりません。バルボアの騒乱で今の状況は苦しいでしょう。しかしだからこそ第一王女を皆が必要とするに違いありません。フランツ王子を支え、これから王族としての責務は果たしていくには困難もありましょう。しかし今のアンジェリーナ様は間違いなくその責務を全うできると確信しております。私も陰ながら応援しております」
「......ヒロシ様」
泣いてくれるな。これが当たり前なのだ。俺も一緒に入れたら楽しい毎日が過ごせると思うさ。だが、やはり王族とはきちんとケジメをつける必要がある。少なくとも今はな。
俺達は各々お礼の言葉を述べてリンクルアデル城を後にした。と言っても馬車で帰るわけではないぞ。今回の功績の一環で飛行船を出してくれることになった。本当に有り難い。クロとシンディは慌ててローランドまでラザックを呼びに行き、彼も同乗させてもらうことにした。ラザックは陰の立役者だと思うんだよ。陛下にも改めてちゃんと紹介しておいた。ラザックのやつガッチガチで漏らすんじゃないかと心配したぜ。俺の手を握り締めて一生ついて行きますとか言ってくれた。ありがとう、こっちも頼りにしているよ。
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「アンジェよ、そう泣くでない。敬称に関してだがそれは今この場においてであろう。大臣に囲まれている中では流石に遠慮したにすぎぬと思うぞ」
「そうよ、アンジェ」
「お姉さま、泣いちゃダメ」
「お父さま......お母さま......フランツまで......」
「深刻にならなくて大丈夫だと思うけど?」
「レイラは何を言ってるの?」
「お姉さまは、ヒロシ様の所に行きたいのではなくて、居たいのでしょう? あとサティさんやソニアさんとも。ハッキリ言って好意を持っているわよね?」
「そ、それは......ゴニョゴニョ」
「それの事を言っているのよ。そうでしょ、お父さま?」
「うむ、余も同感だ。だがしかしアンジェ。その為にはお前はもう少し王族としての経験を積まなくてはならない」
「でも!」
「まあ聞け。レイラが大丈夫と言っているのはだな、つまり......マリー説明を頼む」
「ホントあなたってそういうとこ駄目ですわよね。いい? アンジェ。ヒロシさんはね、十分に身を弁えた発言をしているのよ。王族や大臣のいる前で気軽にアンジェとは呼べないでしょう? 実際に身分は違う訳ですし。でもね、身分についてもあまり悩む必要はないのよ。だって彼は国王のメダルを持っているのよ。それはね、そこらの士爵や男爵より十分上の価値があると言っても良いのよ? 少なくとも上位の伯爵級ではあるわ。彼の行動に対して国王自らがその身分を保証しているのですから。ここまでは分かりますわよね?」
「え、ええ」
「つまり身分の差はあるとはいえ、あなたがその......彼と一緒になりたいと言えば実績としては申し分ないのよ。事業の発展はもちろん国家事業まで手掛ける商才、最強と一角と並ぶ武力、国王のメダルを持ち、更には表舞台には出ないとは言え英雄級の働き。正直、彼が望めば誰でも嫁になると思うわよ」
「御神子様の役割が終われば私も立候補しようかしら?」
「お前は話をややこしくするような事を言うでない」
「っれれレイラ、ダメよ! ええと、そのダメよ、とにかくダメ。お父さま、お母さま! それなら尚の事!」
「でも、陛下も言ってた通り、彼はソニアさんと結婚する約束があるのよ」
「ううう」
「それが『王族としての経験』って話になるのだけど、ソニアさんと結婚した後なら良いのではないかと思うわけよ。実はね、問題はあなたの方にあるのよ。」
「どういう事でしょうか?」
「あなたは王族としてまだまだ学ぶことが多いわ。まずは王族としての務めを果たしなさいって事よ。いい? あなたは王族としての認知度は低いのよ。それが彼が国王のメダルを持っているとは言え、公には商人でしょ? そこに認知度の低いあなたが嫁に行くと王家が軽んじられるのよ。下手すると出奔したと思われるかも知れないわ。王家の事情まで考えての行動よ。恐らくそこまで考えての事でしょう」
「うむ、そうだ。まさに余が言わんとせんことだな」
「もう、あなたったら!」
「だからアンジェはどんどん王族としての執務を果たして知名度を上げればよいのだ。その頃にはヒロシもソニアと結婚しているだろう。そうしてお前が認知度を上げた後で降嫁すれば良いのだ。そうすれば誰にも文句は言われまい。嫁に行くとしても降嫁と出奔ではまるで意味が違うのだ。それくらいアンジェでも分かるだろう?」
「それはそうですけど......本当にそれが理由なのでしょうか?」
「ヒロシがそこまで考えて話をしていたのか、ゾイドをはじめ皆その気持であったのか、それはこちらの勝手な憶測にすぎぬが十分に考えられる事ではあるのだ。正直お前は世間知らずだから、その辺りの機微が利かないのだな」
「そんな......こと」
「恐らく、ゾイドはもちろん、サティやソニアは分かっていたと思うぞ。ソニアとの結婚に関してはゾイドから聞いていることもあるが......まあこれは今はよいか」
「そうなんですか......」
「余も少し考えていることもある。だからお前はその時が来るまでは内面を磨くのだ。彼に相応しい女性になるようにな。」
「はい!」
「ただ、嫁として三番目だぞ? 降嫁するにしてもアンジェがそれでも良いのかと言う事だが」
「それはもちろん。初めて会った時からソニア様が婚約中って事は存じておりますから」
「なら問題ない。来るべき時の為に努力をするのだ。」
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「はっくしょい!」
「なによ? 風邪ひいたの?」
「いや、窓を開けてたからかな? ちょっとムズムズッとね」
頬を撫でる風が心地よい。
空は晴れ。眩しい光の中、飛行船は俺たちを乗せてロングフォードへと向かう。
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