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よろしくお願いします。

 低い姿勢を維持してフレディはまたナイフを投げてくる。偃月刀で払うかと思われたが、ヒロシはそれを回避しながら逆にフレディの方へと歩を進める。フレディは間合いへと入り込み短剣を用いて打撃を繰り出すがその悉くが弾き飛ばされる。何だこの回転力は? いや、回転ではない。確実に柄の部分で攻撃を防いでいる。上手く拳や足の間に柄を滑り込ませることによりダメージを回避している。


 ヒロシは打撃を捌いた後回転するように偃月刀を回したかと思うと下段の構えからフレディへと攻撃を放つ。奇麗な弧を描きながら流れるように放たれる一撃。


「幾星霜の果てにその身が白鶴になるが如く......秘技、沙羅双樹」


 ヒロシの偃月刀が下からせり上がってくる。タイミングを合わせ払うフレディ。しかし、偃月刀は肩口から入ってくる。何故だ? 避けきれない。無理やり体を捻りギリギリで刃を薄皮一枚の所で通過させ、体を反転させた所で今度は真横から迫る刃を躱す......かと思えば刃が上から落ちてくる。確実に避けきれない。どうなっているのだ?


ダイヤモンドシェル(骨格強化)


 即座に体を硬質化させ刃をその左手で受ける。金属音が響いたような音と共にフレディは背後へ飛び、即座に反撃するつもりでいたがその顔は驚愕に揺れる。


「貴様、()()()を斬ることが出来るのか?」


「種明かしをしてやるほどお人好しではない」


「この化け物が。体ではなくスキルを斬るなどと......やはり確実に殺す必要がある」


 フレディは両手を突きだすと目の方へと両手の指をその眼に被せ一気にソレを放出する。ソレはヒロシへと覆いかぶさるように纏わりついていくように見える。


ファントムアビス(闇の幻影)

 

「これは......魔眼の類か? ガハッ」


 暗闇の中、ヒロシは自分がどこに立っているのか分からない。三半規管に影響を与えているのか、真っすぐ立てている感覚がない。そこに多方向からフレディの攻撃が飛んでくる。頭に攻撃を受ける訳にはいかない。だがおかしい、何人いるのだ? 感覚で弾くが、容赦なく剣撃と打撃が襲い掛かってくる。わき腹と肩口に裂傷が走り鮮血が飛び散る。どこから来るのか見当がつかない。が、人数は増えていない。恐らく高速の移動攻撃によるものだろう。間合いに入ってくる音は一つだ。ヒロシは殺気を感じ、気配を読み、音を聞き、間合いに入ってきたタイミングに合わせ攻撃を返す。


 背後へと石突きを回しカウンター気味にフレディへと先端がめり込む。衝突音と共に暗闇が晴れてゆき、そこには腹部から流れる血を抑えて立ち上がったフレディがいた。


「あれだけ音と殺気を出せば嫌でも分かる。せめて目だけではなく聴力も奪うべきだったな。石突きとは言えカウンター気味に喰らったんだ。スキルで体の強化をしているとは言え効いているはずだ」


 ヒロシは偃月刀を回転させると中段に構える。


「そろそろ幕引きと行こうか」


「ほざけぇ!」


 視界から一瞬フレディが消えたように見えるが、ヒロシは落ち着いて足が動いた後の埃と音を見分け、フレディの方へと向き直る。死角へと止まらず移動を繰り返し隙を伺うフレディ。一寸膠着状態に見えたその状態は一瞬にして崩れ去る事になる。


 ヒロシは石突きを前に突き出し偃月刀を背負うようにして膝から落とすようにその身を低く構える。フレディが死角の左後方から襲い掛かるまさにその瞬間。


絡新婦(じょろうぐも)


 構えた右肩口を起点にして偃月刀がまるで渦を巻くように立ち上がり八方の空間を引き裂く。敵に囲まれた際に突破の糸口を作るため編み出された技を一人で破る事は至難の業である。弾き出されたフレディはたたらを踏んで、それでもヒロシへと攻撃を仕掛けるべく突撃する。


「堕ち逝く先は天か地か、三千弥勒(さんぜんみろく)に問うが良い......奥義、輪廻六道(りんねろくどう)


 まさにフレディの首が跳ね飛ばされようとするその瞬間、青龍偃月刀は首の薄皮一枚を斬った所で止まる。


「なんだこれは? お前......この首輪は従属の首輪か?」


 ヒロシは偃月刀で首輪を切り離す。が、既に技のほとんどをその身に受けたフレディの左手と右足は千切れ飛び、力なくその場に崩れ落ちる。しかし顔からは険が取れてゆき、そこに残されたのは一人の武人であった。


「操られていたのか?」


「グフッ、仮面の男(マスカレード)よ、武人として恥を晒すところだった。れ、礼を言わせてくれ。しかしこの心が強者を求めていた事には変わりはない。操られている中でもお前との戦闘に心を踊らせている自分に酔い、そして気が狂いそうになった。ガ、ガフッ......俺は俺自身を止めることが出来なかったのだ。その思いを甘言に使われ、上手く騙されてしまったのは私の失態だ。」


「従属の首輪とは、なんという事を......それではお前には罪などな......」


「罪だ、罪なのだよ仮面の男(マスカレード)よ。許しを乞うつもりなど毛頭ない。王家に反逆をしたのだからな。死を持って償う。だ、だがせめて我儘を言えるのなら最後は武人として死なせてくれないか」


「......」


「沈黙は肯定と捉えて良いのだな......ありがとう、礼には礼を返さねばなるまい」


 そう言うとフレディはゆっくりと右手を挙げて何某かの合図を出した。その瞬間、数人の戦闘員たちはシンディへの攻撃を止め、そのまま跪くと降伏の姿勢を取った。


「あいつらは操られた俺の命令を聞いていただけなのだ。陛下に寛大な処置を望むと伝えてくれ」


「ああ」


「ガフッガハッ、あぁ、さ、最後に俺を殺してくれるお前の顔を見せてくれないか」


 ヒロシはゆっくりと仮面を取った。


「そんな顔をするな仮面の男よ、もう何も思い残すことは無い。止めを......頼む」


 ヒロシは躊躇いながらも一気に偃月刀を振り下ろした。ヒロシは泣いていた。それはこの理不尽な戦いにか? この理不尽な死にざまにか? フレディは本当に死ななくてはならなかったのか? なぜこんな事を。なぜこんな事に。分かっているじゃないか。何が原因なのか。何が発端なのか。ヒロシは視線を上げ立ち上がった。


「待たせたな、バルボア国のアラン国王陛下よ。そこに辿り着く数歩の内に遺言を唱えろ」 


 青龍偃月刀を握り締め、ゆっくりと歩を進める。全身から溢れ出る気はもはや威圧ではない。明らかな殺気であった。禍々しい気が辺り一面に充満してゆく中、ヒロシの前に立ちふさがる者がいた。


「待って下さい!」


 それは狼獣人、ヒロシの護衛であるシンディであった。



-------------------------------



 あとはあのクズを切り殺して終わりだ。俺がそう思って歩き始めた時だった。シンディが俺の前に飛び出してきた。その眼には断固たる決意が満ちている。こいつは一体何を言っているのだ。今まさに、目の前に敵がいると言うのにこいつは俺を止めようと言うのか?


「そこをどけシンディ」


「嫌です」


「何を言ってるんだお前は! どけえ!」


「嫌です! 絶対に動きません。ヒロシ様、あなたのやるべき事はもう終わりました。いま終わったんです!」


「なんだと、あそこにクズがまだいるだろうが! あいつを生かしておく事などでk」


「彼は国王ではありません!」


「お前......何を言っているんだ? そんなもの関係あるか、返答次第では許さんぞ」


 シンディは震えながらも首を横に振るばかりだ。


「どけと言っている!」


「い、行ってどうするのですか! 彼を、あの反逆者を殺すつもりですか!」


「当たり前だろう、他に何がある。いい加減にしろ、そこをどけ」


 俺は面倒くさくなってシンディの腕を掴み横に放り投げた。しかし、シンディは後ろから俺の腰のあたりに食らいついてきた。


「ダメです! お止め下さい! ヒロシ様お願いです!」


 もう目と鼻の先にあのクズがいるのだ。ハッキリ言って偃月刀を投げるだけでも殺せる距離だ。だがしかし、俺は分からないでいた。なぜシンディはこのクズを殺すなと言うのだ。


「シンディ、止めるだけの理由があるのだろうな?」


「男爵様も言われてたではないですか!」


「お前......聞こえてたのか」


 そう、ベッドでじいさんが言った言葉。それは『絶対にアラン公爵を殺すな』だった。斬られる前にアランとの繋がりを聞いたか感じたのか知らないが、じいさんは首謀者が誰なのか知っていた。だが、アランを殺すなと言うのはケガで意識が朦朧として発した言葉に違いない。俺はそう自分を納得させたのだ。身内の仇を目の前にして黙っていられるはずがない。

 

 ましてや、じいさんからしたら命より大事なソニアを拉致されたのだ。いや、あの時点ではソニアがどうなっているかすら分かってないかも知れない。同様に斬られたと思っているかも知れない。意識が混濁していただけだ。だが、それを言ってもシンディは俺を離そうとしない。


「ヒロシさん!」


「ソニア......無事で本当に良かった」


ソニアが走ってきて俺の胸に飛び込んできた。アンジェもだ。フランツ王子も来たので一緒に抱きしめてやった。嬉しい。嬉しいのだがちょっと待ってくれないか? それとこれとは話は別だ。お前達もなぜこの男を前にして喜んでいられるのだ? ケリは付けさせてもらう。そう思ってアランの方を見た時にアランが喚きだした。


「ヒィッ! ヒッヒッヒ、なんだ! お前俺を殺せないのか? ハハ! これは傑作だ! そうだよなぁ、俺は何もしちゃいない。そこでくたばってるフレディが勝手にやった事だからなぁ! お前は俺を助けに来てくれたのかぁ? ヒッヒッヒ、褒美は何が良い? 金が欲しいのか? 獣人の女か?」


「何を血迷ってんだコイツは、もういい死ね!」


 俺はシンディを引きずりながらアランの前へ行くと偃月刀を振りかぶった。


「ヒヒヒヒヒ! 殺すか? 俺を殺すのか? 公爵の俺を! 無実の俺を!」


「ああ、死ね」


「アンジェ!」


「はい! お姉さま!」


 俺が偃月刀を振り下ろそうとするとアラン達の周りに薄い膜のようなものが出来た。何だこれは。偃月刀で触れてみるとコツコツと音がして中に入れない。バリアのようなものが出来ている。


「アンジェがやったのか?」


「はい! 私、スキルが使えるようになったんです!」


「そ、そうか。それは良かった。でも今はその話をしていない。なぜこいつを守るような事をするんだ?」


「それは、ヒロシ様にそのクソを殺させないようにするためです」


「口の利き方が王女ではないが......ソニアもか?」


「そうですよ」


「ここまで来たら段々と昂っていた気も落ち着いてきた。正直わからん、聞かせてもらおうか、その理由を。お前達はこのクソに拉致されて殺されるところだったんだぞ? じいさんは実際に死にかけたんだ。それなのに......納得できなかったらコイツを殺す」


「おじいさまは生きているのですね!」


「ん? ああ、生きてる。良かったよ」


「本当に良かった!」


 三人は再び俺の胸に飛び込んでくる。嬉しい。でもちょっと待て。俺は納得していない。すると後ろから声がした。クロやガイアス、それに他のみんなも上がってきたようだ。


「ヒロシ様は僕が気を失った後で狂犬(ハウンドドッグ)ジャギルの止めをさしませんでしたよね? なぜですか? 私の家族が皆殺しにされたにも関わらず、です」


「そ、それは」


「グスタフも殺さないように言い、衛兵を伝って男爵家に裁きを委ねましたよね? なぜですか? シンディに至ってはあと一歩で大変な目に遭う所だったと言うのに、です」


「あれは、だな......」


「その男はまだ国王じゃないのよ。国王になりそこなった公爵様よ。私たちが他国へ侵略しに来た訳じゃないでしょう?」


「サティ。そうだな、侵略とは違うな」


「ちなみにあなたは商人でしょ?」


「そうだが?」


「どうして商人のあなたが裁けるのよ? しかも今まで自分で裁いたことも無い癖に」


「そ、その言い方はないだろう!」


「なによ?」


「いや......確かにそうなんだが」


「あなた、今、その男を殺したら王族を手に掛けたことになるのよ。良いの? 弟にこんな顔させておいて」


「お兄ちゃん......」


「セイラム......あれ? お前なんで鎧を着てるんだ?」


「あなたがアランを手に掛けたら、セイラムはあなたを捕縛しないといけなくなるわ。王族殺害の容疑でね」


「なんでそうなるんだ」


「私から説明しましょう」


「そう? じゃあアンジェお願いね」


 要するに、アランが今自分で言った事だ。アランがフレディに罪を擦り付け自分は正気じゃなかったと言う訳だ。つまり現時点ではアランはリンクルアデルの公爵であり、それを手に掛けたら俺は無実の王族をその手で殺した大罪人になる可能性がある。たとえ俺だとしても目を瞑るには事が重大過ぎるのだ。


 そうなると今度は俺とリンクルアデルが本格的に戦闘状態へと突入してしまう。じいさんもそう言えば危惧していたな。俺にはそれだけの力があると。それだけの仲間がいると。政治利用させないためにアザベル様が俺を囲い込むことを禁止したのも今ならわかる。しかしあのじいさんはどこまで考えてんだ?


「あなたの目的はなんだったかしら?」


「両殿下とソニアの奪還です」


「完了ね」


「ああ......そうだね」


 俺は、またじいさんに助けられたのか。俺だけなら間違いなく殺していた。シンディがいてくれてなかったら、俺は間違いなく偃月刀をその場で振り下ろしていたはずだ。獣人三人は俺がこうなる事を見越してたんだな。


「一つ分からない事がある。どうして俺に先に言わなかったんだ?」


「もし三人のうち誰かが死んでいたら、皆殺しにするためよ」


 サティが怖い。


「その場合はセイラムも納得するわ。公爵を大罪人にしてね。その役目をセイラムはあなたに譲ったのよ」


「だから、お前は俺を先に行かせたのか」


「うん。でもマードックと因縁があったのも本当だよ」


「そうか、色々と心配をかけたな」


「いいんだよ」


 今度はセイラムが飛びついてきたが、鎧が痛いぞ。


「じゃぁ、僕はアラン公爵を念のために捕縛しておくね」


 と言ってセイラムはカルディナと後から登ってきた騎士団とでアランへと向かう。アンジェがスキルを解いた瞬間にセイラムが剣の腹でアランをぶん殴った。アランは壁まで飛ばされ激突、そのまま動かなくなった。死んでないよな。他の二名もカルディナと騎士団にボコボコにされている。恐ろしい。


「捕縛の時に暴れたから止むを得ない処置だよ」


 ちっとも暴れてないのだが......笑顔で言うセイラムに軽く手を挙げておいた。


「じゃぁ、皆で帰ろうかっとその前に......シンディもう離していいぞ」


「え、ああ、すみません」


「いいんだよ。シンディありがとう。最高の護衛をしてくれた。お前は俺を救ってくれたんだな」


 俺はシンディの頭をワシャワシャと撫でてやった。シンディは俯いたままだったが嬉しそうだった。アランを生かしておく選択は俺の中には全くなかったのだが、実はそれは一歩間違うと俺を取り巻くすべての人に影響を及ぼす事になるとは考えが足りなかったと言わざるを得ない。人質が死んでいた場合は止むを得ずその場で処刑したと言うのは話が通るが、バルボア奪還と人質救出が成せた今アランには政治的に責任を取らせる必要があるのだ。


 皆の言う通りだ。俺は神などではない。裁くのはこの国の法律の下に行われるべきだ。俺は改めて三人を抱きしめ、ここに居る皆にお礼を言った。


「じゃぁ、戻ろうか」


 俺たちの作戦はここに終了したのだった。



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 この日を以てアラン公爵が起こしたバルボア独立騒動は幕を閉じる事となる。この制圧劇に関しては他国へもすぐ伝わり、リンクルアデルのウインダムが如何に強力なのか誇張して語られた。


 尚、両殿下及び男爵令嬢の救出劇に尽力したウインダムと冒険者であるが、そこに一人の商人が入っていた事は伝えられていない。その商人の情報はリンクルアデルの上層部から徹底的に秘匿された。


 真偽を確かめる術はないが、後にバルボア城の戦いとして広く伝わる吟遊詩人の詩に、勝敗を決した一人の仮面をつけた男が必ず登場する。


 その男は正体不明。仮面の男(マスカレード)と呼ばれていたと言う。




お読み頂きありがとうございます。

アランの粛正を含め色々と賛否両論あるかと思いますが、

散々悩んだ末ヒロシの手で決着をつける事はしませんでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一騎当千どころか一人に苦戦してる弱くね?
[一言]  公爵を、一介の商人が殺す。  復讐譚では、よくあるシチュエーションですけどね。  でも何のかんの言ったところで、そこにどんな理由があろうとも"私怨による殺害"にしかならないんだよねぇ。  …
[良い点] アランの粛正は人間味らしくて、かなり好きです。
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