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すみません、少し長いです。

切りの良い所を考えてたら区切れませんでした。

 中にはまた一人の男がいる。黙って座っており、声を掛けてくることもない。こちらに興味があるのか分かり辛く、このまま素通りしてやろうかと思うくらいだ。


「お兄ちゃ......ヒロシさん。今度は私の番ですね。」


「お前も一騎打ちを望むのか?」


「ええ。でもこの人とは少し因縁がありましてね。もう後は上の階を残すのみだ。早く行って両殿下とソニアさんを助けてあげて下さい」


「それならお前もそうだろう。騎士として殿下を守るのは責務のはずだ。俺もこの手でソニア達を救いたいが、本来それは騎士であるお前の仕事だろう? こいつを二人で倒して上に行った方がいいのではないのか? 今の状況で人質を助けること以上に大事な事があるとは思えん。騎士としてと言うなら尚更だろう? こいつらがその騎士道精神を持っていなかったらどうするつもりだ? しかもお前そんな軽装で大丈夫なのか?」


「どんな下劣なやつでも騎士と名乗るからには矜持があります。だが、ヒロシさんの言う事も尤もだ。だからこそ早く上に上がる必要があるんです。ヒロシさん、お願いします。どうぞ先を進んでください。あ、あと軽装については問題ありません」


 どう問題ないと言うんだ? 訓練用の衣装よりも簡素だぞ? だが『早く進む』というセイラムの意見にも確かに一理ある。一理あるのだがこの騎士道精神とやらは理解できん。正々堂々と勝負するのは賛成だ。だが、人質を取り、罪の無い者を斬り、気分次第で民を奴隷に落とすこのクズ共にその矜持を求めるのは不可能ではないのか? 騎士としての最後を与えてやるのが()とでも言うのか?


「さぁ、早く! 行って下さい!」


 グズグズする訳にも行かないな。もう先に進ませてもらおう。俺はそう決めて階段を上ることにした。



---------------------------------------------



 男は部屋を出て行く二人を見送るとゆっくりと立ち上がりセイラムの方へと視線を移した。


「久しぶりだなセイラム。お前に土を付けたという奴はあの仮面の男か?」


「模擬戦での戦闘はカウントしないことにしてるんですよ」


「相変わらず舐めた考え方だ。なぜ俺ではなくお前がウインダムの一番隊隊長に選ばれたのか......まあ、そのおかげでジャッジメントの副長を任される栄誉を授かったのだがな」


「副長って言うけどさ、結局ここでも一番じゃないってことじゃない? わざわざ反逆者として()()こともないと思うけど」


「やかましい! フレディ様をお前如きと一緒にするな! お前を殺してウインダムがいかに無能な集団なのかをリンクルアデルの馬鹿共に教えてやるのだ。誰が強者か! 俺を選ばなかったあいつらにお前の首を投げつけて分からせてやる!」


「難しい事ばかり考えてるからお前は駄目なんだよマードック。挙句考えた末の答えがこれなんだからもう同情する気にもなれないよ。事が事だけに悪いけど僕も手加減は出来ない」


「手加減だと?! どこまで舐めるつもりだ! ふざけた格好でここまで来たことを後悔させてやる!」


 マードックは剣を引き抜くと真っ直ぐにセイラムへと肉薄する。その剣を横に払うとセイラムは左手をマードックの目の前へと突きだした。そこから繰り出されるのは灼熱の炎。


ボルケーノ(灼熱の大地)


 直撃されたかのように見えた炎はマードックの驚くべき反射速度により首を捻る事で回避。そのまま左手を掴むと手前へと引き寄せ、腹部に膝蹴りを放つ。わずかに浮いた背中に剣の柄を叩きつけ、襟首をつかんで壁へと放り投げた。壁に叩きつけられたセイラムは口から流れる血を拭って立ち上がる。


「まさか避けられるとは思ってなかったな」


「ふん、剣を拾い上げたければ拾うが良い」


「いや、遠慮しておくよ。流石に負ける訳にはいかないし、武器もちゃんと持ってるよ」


「丸腰で何をほざくか! 今度は丸腰で相手をしようと言うのか? ならばそのまま斬られて死ねぃ!」


アーマメント(召喚武装)


 セイラムはその幼い外観と言動で軽く見られがちであるが、その才能と弛まぬ努力によって栄誉ある一番隊隊長に史上最年少で抜擢された程の男である。剣の貴公子、天才魔法剣士、天剣など彼を称える呼び名は多い。能力(アビリティ)技術(スキル)がある世界において、その者の持つ実力を外見だけで判断する事は危険以外の何物でもない。栄誉と実績を文字通り実力で掴み取ってきたのだ。後天的なスキルをいくつも発現させ、その身に宿してきた彼が持つ能力(アビリティ)は『剣聖』である。


 そしてその剣聖の能力から付与されたスキルの一つが『アーマメント』瞬時武装能力である。眩い光が一瞬彼を包み込んだかと思うと、金色に輝くフルメイルプレートが全身に装着されていた。金色の鎧に真白なマント。そのマントの後には騎士団の紋章が入っている。装着中のその一瞬の間にマードックに向けて振り下ろされた右手には剣が具現化され既に握られている。慌てて剣で迎え撃つマードック。交わった剣圧で二人は一旦距離を取る。


「そんなスキルがあるとはな」


「言いふらす程の事でもない」


「その首を俺の称号に加えさせてもらうぞ!」


 マードックは剣を巧みに操りセイラムとの距離を詰める。セイラムは盾で躱しつつ魔法を織り交ぜながら攻撃を仕掛けるがマードックは剣と体術でそれを交わし斬撃を加えてくる。マードックの剣はどちらかと言うと短い。短剣の部類に入ると言っても良い程に。また彼は盾を持っていない。独特の体捌き、体術、そして剣術を織り交ぜ守りを無視した攻撃重視のスタイルである。ある意味正統派のセイラムの剣とは対極に位置すると言っても良い。仮にもセイラムと隊長の座を争った事のあるほどの男が果たして何のスキルも持たない事などあるのだろうか? そう、そんな事はあろうはずがない。


クロックワークス(置き去りにする者)


 マードックの体が一瞬ブレたかのように見えた......


ダイヤモンドシェル(骨格強化)


 かと思えば既に彼はセイラムの死角へと詰め寄りガラ空きの腹に蹴り放つ。そこから連打。鈍い音が鎧を殴りつける度に鳴り響く。完全に中に入られたセイラムは盾でのカバーが追いつかない。たまらず下がるセイラム、だがマードックは既に後ろ側へと移動しており背中へと強烈な一打を放つ。その衝撃は鎧を纏ったセイラムを一気に壁際まで追いやった。フルプレートアーマーに対する有効な攻撃方法とは何か? 固く閉ざされたその鎧は安々と剣を通すものではない。


 だが内部ならどうか。そう、純粋なる打撃。盾で守られたらまずその衝撃は中へと伝わらないだろう。マードックのクロックワークスは加速の上位互換スキル、言うなれば超加速である。打撃の威力はスピードに比例し際限なく上昇する。しかし、肉体はその衝撃に耐えきれない。スピードにより上積みされた破壊力に肉体がついていけないのだ。だが本来片手落ちのこのスキルはもう一つのスキル『ダイヤモンドシェル』で進化を遂げる。スキルはマードックの骨格、いや体そのものを硬質化させ砕けないその拳を際限なく繰り出すことが出来るのだ。


 プレートの装甲は破れない。だがその衝撃は間違いなく内部へと伝わっていく。立ち上がったセイラムのダメージは大きい。しかしセイラムは相手を見据え前へと歩を進める。


「とどめだ!」


 この機を逃すマードックではない。視界に留める事も難しいそのスピード。またもや一瞬で距離を詰めた彼はその一撃を放とうとして......その拳を咄嗟に頭へのガードへと切り替える。ガキンと鈍い音が響く。剣はダイヤモンドシェルを壊す事は出来なかったが、その腕には鈍痛が走った。


「戦闘中に殺気を消せる者はそうはいない。どれほど変幻自在の技を使おうとも、攻撃できる場所と言うのは限られてしまうものだ」


「まさか、な。見切ったとでも言う訳ではあるまい」


「見切ると言うより、誘導したのだ。ここにしか攻撃できないようにな」


「そんなまぐれが何度も通用すると思うな」


「強いな、マードック。本当に惜しい。なぜお前は反逆などにその身を染めたのだ。これ程の実力があれば隊長に間違いなくなれただろう。しかし悲しいかな、まぐれと笑うお前にはこの境地に辿り着く事は出来ない」


「何を戯言を」


「この鎧を纏った以上は騎士としてマードック、反逆者のお前を討つ。せめて騎士として終わらせてやろう」


「ほざけぇ!」


 セイラムは盾を捨て左手を開いてマードックを見据える。マードックは魔法を警戒しフェイントを織り交ぜながらセイラムへと突進してくる。避ける素振りを見せないセイラムにマードックは渾身の拳を繰り出す。間違いなく捉えたと思われた拳は、紙一重で避けられ左腕で簡単に掴まれてしまう。


「まぐれと言う事象をつかみ取るにも相応の努力が必要なのだ、マードック」


 その瞬間、全身に激痛が走り抜ける。何だこれは、体が麻痺したかのように硬直した。焦げて煙が出始めている右手。逃げようとしても、振りほどこうとしても体が硬直して動きが取れない。


クラウンズボルト(王家を守護する百雷)


「グアッ......こ、これは稲妻かッカッカガガガガ!」


アイアンメイデン(裁きの鉄棺)


「グアアアアアァ! なんだこれは! 魔法ではないな! 貴様これは......」


 信じられないことにマードックは空中に浮かんでいた。四肢を誰かに掴まれているかのように、体中を鉄の枷を嵌められて引き上げられるかの如く。そして重く強く抗えない力でその四肢を飴のように捻じ曲げてゆく。セイラムは両の掌を胸の前でを拡げるとその手をゆっくり握り締めてゆく。絶叫と共に関節が外れる音、骨が折れていく音が鳴り始め、今まさにその手が閉じられる時......セイラムはスキルを解いた。


 ドサリと床に転がるマードック。セイラムは剣をもち彼の横に立った。既に折れた骨が内臓に刺さっているのだろう。マードックは口から大量の血を吐き、呼吸音もかすれている。


「誇り高き騎士は剣で死にたいかと思ってね。騎士の情けというやつだ。思い残すことは無いかい?」


「良い所までいったかと思ったのだがな......俺は反逆者になりたかったのではなく、お前に負けたままではプライドが許さなかったのだ。だからアランの話に乗ったのだ。お前を倒す機会と隊長の位を与える条件でな。最後に一つ聞かせてくれ。あの仮面の男(マスカレード)と言われる男にお前は本当に敗北したのか?」


「最初に言ったはずだ、模擬戦は数に入れないと。魔法と剣技だけだ。スキルは使っていない」


「そうか、では負けた訳ではなかったんだな。ククク、俺はお前にスキルを、奥の手を使わせたのだな。勝てはしなかったが俺はお前と言う最強の男に敗れたと言う訳だ。悪くない気分だ。最後に騎士として逝かせてくれることに礼を言う。さあ介錯を頼む」


「ああ、本当に強かったよマードック。さらばだ」


 セイラムはマードックに剣を突き立てその最期を看取った。少しふらつきながらも立ち上がったセイラムはマードックの顔を見て言葉を掛けた。


「すまないな、マードック。確かにスキルは使わなかったが、奥の手を出していないのはお互い様なんだよ。そして使わなかった理由は、彼がまだ何者か分からないからだ。もしかしたら今日にでもはっきりするかも知れないね......」


 セイラムはヒロシを追うべく出口へと急ぐ。先へと急ぐ理由、それは彼の事を心配し、その身を案じているのか? ではなぜ兄と慕う彼にそのような悲しそうな眼を向けるのか。その眼に映る悲壮感は何なのだ。その心を惑わすものは何なのだ?


 そして遂にセイラムはその隠せない心情を言葉に出してしまった。


「リンクルアデル王家に仇なす者なのかどうか」


 セイラムは剣を鞘へと戻し階段を上っていった。その言葉をもう一度胸に押し戻して。




お読み頂きありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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