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よろしくお願いします。
ロングフォード男爵家の馬車が出発して数日後。
とある部屋の中で二人。
「閣下、例のモノがようやく完成にこぎつけました。後は閣下の号令だけでございます」
「そうか、ようやく完成したか。クックック。ジェイソンよ、これで私が王となる日はもうすぐそこだという事であるな?」
「はっ、魔獣兵もほぼ配置完了しております。また本日ロングフォードよりアンジェリーナ第一王女が城に戻られたようです。ゾイド男爵だけではなく孫娘も一緒らしいですな」
「フフフ、丁度良いではないか。運は私の方にあるようだな。明日の謁見の場で盛大に執り行おうではないか! 我々の新しい未来へ向けてな!」
「手筈は既に整えてございます。男爵家の人間は公爵専用の部屋に通しておきます。そちらの方が人払いも容易にできますゆえ。また明日は奉納金の定例会のようなもの。他の公爵家や侯爵家もほとんど居りませんので、公爵家の部屋の周りにはジャッジメントも容易に配置できます」
「シュバルツのガキどもはどうだ?」
「私が男爵家の部屋へとお迎えに行ってから公爵家の部屋へと連れて行きましょう。そちらの方がより簡単に物事が進みます」
「うむ。定例会なので騎士団も明日は配置されないことは聞いておる。公爵専用の部屋から裏口までは人払いを済ませておけ。用が済んだら速やかに謁見の場から出れるようにな。正面から出ると流石に衛兵やら警備と鉢合わせするだろう。騎士団でも無い者にジャッジメントが遅れを取るとは思えんが念には念を入れた方が良い。幸い公爵の部屋は有事の際に裏口から外へ容易に逃げれるようになっておるのでな」
「もちろんでございます」
「裏口を固めている者は予め始末しておけ。静かにな」
「心得てございます」
「では、ゆけ」
「畏まりました。アラン陛下に栄光を」
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執務室で書類に目を通しているとゴードンがメイドと共に入ってきた。
「陛下、ただいまアンジェリーナ様がお着きになられました」
「なに? アンジェが? すぐに部屋へと通せ」
「アンジェリーナ様はゾイド男爵と孫娘であるソニア様をお連れでいらっしゃいます。同席されることを望んでいらっしゃいますが、如何致しましょうか?」
「構わん、ゾイドにはアンジェが世話になっておる。失礼のないようにな。あと、マリーと子供たちも呼んでおくように」
「畏まりました」
そうか、アンジェが戻ったか。しばらくは戻ってこないかと思っていたが良い報せだ。マリーや子供たちも喜ぶだろう。こうしては居れぬな。すぐに部屋へとも向かうことにしよう。
「ゴードン、レイヴン、お前達もついてこい」
「よろしいのですか?」
「うむ、ゾイドも来ておるからな。例の件の話もある。丁度良いだろう」
「そうですな、それではお供致しましょう」
私たちは部屋へと急いだ。向こうからマリーと子供たちが歩いてきている。マリーも慌てているようだな。今回はゾイドだけだと思っておったからな。少し驚いたがゾイドはいつも良い報せを持ってきてくれるな。
ドアを開けると部屋には既にゾイドたちが既に着席していた。
「ゾイドよ、しばらくぶりだな。息災であったか?」
「お陰様で毎日が楽しくて仕方ありませんな」
「そうか、それは重畳。しかしアンジェを良く連れてきてくれたな。それで娘は今どこに居るのだ?」
「陛下、恐れながら目の前に」
「なに?」
私は目の前に立つ一人の娘を見て驚いた。それはもう腰が抜けるかと思うほどに。その娘は軽くお辞儀をしたかと思うとテーブルを回ってこちらへやって来た。マリーの方を見ると同じ気持ちのようだな。
「お父様、お母様、ただいま戻りました。わたし、アンジェリーナよ」
「おおお、アンジェリーナ。何と言う事だ。まるで別人ではないか。いや、すまぬ。だが率直な思いとしてだな......なんと......」
「本当にアンジェリーナなのね。何てことでしょう。頑張ったのね、あなた本当に......さあこちらへきて頂戴」
「お母さま!」
アンジェはマリーの胸へと飛び込んだ。横からレイラとフランツも飛びついている。フランツはアンジェに抱きかかえられて幸せそうだ。フランツはほとんど面識がないと思っておったが、実はこの子はよくアンジェの部屋へ遊びに行っていたとメイドから聞いた。アンジェは部屋から出てこないが、遊びに来たフランツによく絵本などを読んで聞かせてあげていたようだ。アンジェはその事すら誰にも言おうとはせず、メイド衆もそれに従っていたわけであるが。
だからあの時、アンジェと夕食を取った際にフランツが『元気になったお姉さまと遊びたい』と言ったのには驚いた。ほとんど知らないものと思っていたからな。だがその時に気が付くべきだったな。聞きようでは『元気のない頃のお姉さま』とは遊んでいた事になる。フランツは今度外に一緒に出掛けましょうと早速おねだりしている。
「ゾイドよ、本当に世話になったようだな。アンジェがこんなに元気になるとは」
「陛下、全てはアンジェリーナ様の努力の賜物です」
「違うわ、お父さま。ゾイド男爵はもちろん、色んな人に力になってもらったのよ。そして一番私を支えてくれたのがソニアお姉さまよ」
「ソニアお姉さま?」
それはゾイドの孫娘の事か?
「お前が妹になると言うのか? どういうことか説明はしてくれるのだろうな?」
アンジェの話を纏めると要するにソニアがアンジェの心の支えになってくれたようだな。こんなに明るくなったアンジェを見ればどれほど大きな存在であったかは想像に難くない。しかしお姉さまと言うのは......私はマリーの方へと視線を投げかけた。
「そんなに難しく考えなくても良いじゃありませんか。アンジェが心から信頼できる人が出来ただけの事じゃないかしら?」
「うむ......そうだな、その通りだ。さあ皆のもの、座ってくれ。アンジェもロングフォードでの出来事をもっと教えてくれないか?」
アンジェからは色々なことを聞いた。ヒロシが組んだトレーニング、食事管理。それを守るためにミランダが鬼に見えた事。しかしそれをしなければ皮が弛むと言われ必死で耐えた事。そしてエステと言われるマッサージで痩身に拍車がかかった事。その店は今ロングフォードでは大人気になっているという事。今回は税金の為と言う事でヒロシの顔が見れないのは残念ではあるが仕方あるまい。公共事業の方もゴードンの話では順調に進んでいるというし、あいつの商才は本当に素晴らしい。良く次から次へとこのような事を考えつくものだ。
「私も次はアンジェについて行きましょう。ロングフォードがどのような場所か気になります」
「私も一度行ったきりなので、街をゆっくりと見て回りたいわ」
「僕はお姉さまと遊ぶから一緒に行く」
フランツ以外は絶対にエステに行きたいと思うのだが、わざとらしい建前を並べている。しかし王族がロングフォードへまとめて行くなど前代未聞だ。困った。
「あなた、何がどうあろうと行きますわよ?」
困ったことになった。だが、それは追々考えればよい事だ。あと更に私を驚かせてくれたのはなんとアンジェにスキルが発現していた事だった。スキルの内容についてはまた別でゆっくりと話をしようと言う事になった。王族のスキルは秘匿する必要がある。だれかれなしに話して良いものではないのだ。発動がしないという事だけは聞いたが、それも含め内容を後で確認するとしよう。今はこの時を楽しみたいのだ。
私たちは久しぶりの家族との再会を喜び本当に楽しいひと時を過ごしたのだった。こうした時がいつまでも続くと思っていた。しかし、幸せな時は脆くも崩れ去る事になる。まさかそのような事がこのタイミングで起こるとは思ってもいなかったのだ。
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