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よろしくお願いします。
「おかえり」
サティがようやく帰ってきた、と言う連絡を受けてギルドへ迎えに行った。既に普段着に着替えているので一通り片付けなりが済んだのだろうと思って声を掛けたらこの状態である。今俺はギルドの真中でサティに両手としっぽによる三点ホールドで抱きつかれている。
「ええ、やっと帰ってきたわ。このしまごろうが全部悪いのよ。私はもっと早く帰ろうと思ってたのに、どんどん奥に進むわ、ドルスカーナまで行くとかと言い出すわ。ホント、ヒロくんこのしましま一度シメた方が良いと思うわ。ボコボコにしてやれば良いわ」
ビシッっとサティはアッガスを指さす。物騒な事を本人の前で言うのはおやめなさい。あと皆の視線が痛いのでそろそろ放してくれませんか。俺としては非常に嬉しいのだがね。なんと言うか後でゆっくりお願いします。
「しまごろうさん、おかえりなさい。お疲れさまでした」
「おお、ヒロシ。サティを長く借りて悪かったな。聞いたぞ? お前アデリーゼでも色々やらかしたらしいな? あとアッガスだぞ? 忘れてないよな?」
「アデリーゼのそれって内緒のはずなんだけどなぁ。しまごろうって気に入ったんですけどね」
「他所のやつらは知らんだろうな。俺たちにはサティが色々教えてくれたよ。と言うか、お前の話ばっかりだぜ。いい加減のろけ話も飽きてきてな。それで帰ってきたんだ。あとしまごろうは止めてくれ、頼む」
「う、うるさいわね! 余計な事言うんじゃないわよ! 討伐依頼を出すわよ!」
だから物騒な事を言うのはおやめなさい。
「まあ、立ち話もなんだから上で話そうか?」
俺たちは二階の来客用の部屋へと移動した。俺たちは基本的に使用については常時許可がおりている。そこでケビンも含めて話をすることにした。結果として森では特に大きな変化はなかったらしい。比較的大きなオークリーダーの巣を見つけたのが一番大きな戦闘で、それが原因で他のオークが南下してきていたのだろうと結論付けたとのこと。
ドルスカーナまで足を延ばしたのはアッガスが言いだしたのが発端だが、サティの結婚について本人より先にドルスカーナの人々が知ってしまったので、一度実家には顔を出しておくべきとの事だったらしい。ドルスカーナに広まったのはアッガスが言ったからではあるが、これを責めるつもり気など毛頭ない。むしろ気を使ってくれて有り難い話だ。
そうなんだよな。実は俺はサティの実家についてよく知らないのだ。上手くはぐらかされていると言うか、会って話をした方が良いからと言うので俺も必要以上に気にするのは止めておいた。基本的に獣人はその辺りオープンらしく、相手が余程のバカではない限り事後報告でも受け入れられるのだとか。それで安心しきって後回しにしていたのだから、俺としては文句などあろうはずもなく。サティには遠回りをさせてスマンがありがとうと言いたい。
「サティ、ありがとう。今度は二人で行こうね。キチンと挨拶はしておかないと」
「そ、そうね。今度ゆっくり行きましょう。ソニアや子供も一緒に連れて行けばいいのよ」
「そうだね、そうしようか。ご家族は何か言ってたかい? 報告が遅くなって申し訳なくてさ」
「......大丈夫よ!」
なんだよ、その沈黙は。気になって仕方がないんですけど。
「はっはっは、多少はあるかもな。だってサティの家と言えば......普通の家だからな」
サティと言いアッガスと言い、お前らワザとやってないよな? 余計に気になるだろ! いつも話が有耶無耶になるので今更深く突っ込んで聞かないがな。そうして話を終えた俺たちは一度商会へと戻ることにした。
「あなた......もしかしてアンジェなの?」
「ええ、サティさん。アンジェです。私頑張ったんです」
「驚いたわね。頑張ったのはエライけれど変わり過ぎじゃないかしら?」
「ふふ、サティ、ビックリしたでしょう?」
「ええ、ソニア。あら、あなたも何か雰囲気が変わったわね?」
「そうなの。ヒロシさんの新しいお店がオープンして時々通ってるのよ」
「あのエステという奴ね? ヒロくん私も行きたいわ」
「そう言うかと思って、サティも特別会員枠だ。いつでも好きな時に行けばいいよ」
「流石ヒロくんね! 早速......いえ、やっぱり明日にしましょう。流石に疲れたわ」
「そうしたらいいよ。あといつでも行って良いけど、できればウチの誰かに日時を言えるのならそうした方が良い。より確実だ」
「分かったわ。じゃあアリス、悪いけど明日の朝でお願いするわ」
「畏まりました、奥様」
サティは俺と結婚しているからここでは奥様と呼ばれている。サティが奥様とは何だか変な感じだ。
「あ、ヒロシさん。おじいちゃんが呼んでたわよ。さっき連絡が来たの」
「そうなの? なんだろう。明日でも良いのかな?」
「良いんじゃないかしら?」
「じゃあ明日サティがエステに行っている間に行くとするよ。え? ソニアとアンジェも来るの? もちろん構わないよ。一緒に行こうか」
「私はエステが終わったらここに戻ってくるわよ?」
「それでいいよ。昼食は一緒に食べよう」
風呂場から出てきたサティはご機嫌だった。石鹸は色々ご用意してあるからな。良い香りがするだろう? 明日エステに行って驚くがいい! ちなみにエステは大盛況で既に3号店まで建てることを決めた。新しいカフェも建てているぞ。これは男爵家だけどな。元々建物が少ない所で始めたので、土地の確保などはそれほど難しいことはなかった。カフェの他には洋服店や装飾店などご婦人方をターゲットにした商会だ。
これも既にクロを連れていくつかの商店を周り、出店を即決頂いている。有難いことにNamelessの誘いを断る商会はないと言って良いのではないだろうか。あと出店してくれた場合、その店の利益をNamelessに入れる必要はないが土地の賃借料を取ることにした。Namelessは服飾事業には手を出していないからな。賃借料はほとんどタダみたいなものだ。あくまで形式上と言っても良い。
その理由、土地の買い上げをさせないのはサービスが悪い店を根付かせない為だ。契約書にもその旨は記載しており、一定の売上、サービスが悪いと思われる店は即刻退去頂く事になっている。ただしサービスに関しては他店との競合になれば価格破壊が起きるので、過剰なサービスは禁止している。価格を下げる事は最終手段だと俺は思っている。知恵を絞り顧客満足度を上げれば自然とお客様は商品を買ってくれる。価格を下げるだけの無能な商人はこのアルガスには居ないので心配はしていないけどな。
早い内にあの場所は西洋風の店や建物が建ち並び、ご婦人方の憩いの通りとして生まれ変わるだろう。
そして次の日。俺たちは男爵家へと向かうのだった。
この回から物語は次の章へと動き始めます。
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