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よろしくお願いします。

 係りの者の後についていく。薄暗い中、足元には奇麗な燭台に乗せられた蝋燭が揺れている。先ほどまでと違う香りが辺りを包んでおり鼻腔をくすぐる。着替えをする部屋はそれぞれ別の部屋で行われ、そこで採寸が行われた。過去そんな事をしたことがない私は、そこに書き出される数値が良いのか悪いのかの判断が付かない。言える事はヴァーリンよりかはマシなはずだという事だった。そしてその後細かに普段の食生活や運動量に関する色々な事を質問された。お通じの回数まで聞くのは良いのかしら?


 そしていよいよマッサージと言う美容術を受ける事になった。私はまず美肌と発汗を試してはどうかと勧められた。痩身もあるが私の場合はそこまでする必要はなく、この二つで十分効果が得られるとのこと。よく分からないがプロがそう言うのだからとりあえず今はその通りにしておきましょう。


 マッサージとは肩を揉む程度の事かと思っていたけれど、それは大きく違っていた。全身にオイルが塗られ、なんと言うかスジにそって肉をそぎ落とすかのような動きだ。正直めちゃくちゃ痛い。説明が無ければ文句を言いたくなるほどだ。体にはリンパと言う部分があり、そこが詰まると体の毒素が排出できなくなるとのこと。全身の毒素をリンパに集め機能を促す。と同時に発汗作用や痩身作用に働きかけその効果を相乗させていく。実際に最初は叫びたくなるくらいに痛かったが、不思議なもので心地よくなってきた。なんと気持ちが良いのだろうか。


 部屋は全体的に薄暗く、部屋中に良い匂いが立ち込めている。ベッドはもちろんそれを取り巻くテーブルや壁に掛けられた絵画など素晴らしく調度品ばかりに見える。加えてこのマッサージ。お腹の辺りのマッサージをしてもらうと、肉が波打つのが分かる。恥ずかしい話だけど予想以上についているようである。ヴァーリンについているエステティシャンはさぞ苦労をしている事だろうと思った。


 『奥様、施術が終了しました』と言う声で目が覚めた。あまりの心地よさに途中から眠ってしまっていたようね。そのあと全身にオイルを塗られた状態でタオルを巻き、次の部屋へと移動を行う。基本的に一方通行ばかりのようで誰かとすれ違うという事はなかった。


 次に着いた部屋はサウナと呼ばれる部屋で何やら高温に保たれた部屋のようだ。そこで入り口内部に備え付けられたゼリーを体に馴染ませ、熱くて我慢できなくなるといったん外に出て水を浴びる、そしてまたゼリーを体に塗りつけ部屋へと戻る。それを最低三度ほど繰り返すとの事だ。その後は体を洗い入浴を楽しんでくださいと言われた。終わったら出口カウンターに係りの者がいるのでその指示に従うように言われた。では、入るとしましょうか。


「あら、もう居たのね」


 中に入るとエスタが居た。『ええ』と言いながらもエスタは熱心に腕や足にゼリーを塗りたくっている。『これね』私は、ドア横のゼリーを見つけると腕に塗りつけた。何やらザラザラとした感じがする。


「舐めてみたらしょっぱかったわ。塩が入っているみたいよ。あと少し辛いわね」


「そうなの? それでエスタの方はどうだった?」


「かなり気持ちが良いわね。あんなマッサージを受けたのは初めてよ。ただ効果に関しては何とも言えないわね。まだ信用したわけじゃないわよ? 本当よ?」


 と言いながらもエスタの手はせわしく動いている。その手は先ほどのマッサージと同じ個所をなぞるようではないか。本当は実感しているのではないのかしら? してるんでしょ? そんな事を考えながらもしばらくエスタと話をしていると今度はヴァーリンがやって来た。


「お待たせ、来たわよ」


 彼女も言われた通りゼリーを塗り横に腰かける。彼女も気持ちよく効果が体で実感できたようだ。彼女は正直な性格で変に自分をつくろわない。その結果がこの体型とまでは言わないが。


「ちょっとヴァーリン。あなた、大丈夫? 汗の量が尋常じゃないわよ」


 ゼリーを塗った後からヴァーリンの発汗量が大変な事になっている。なんだかフーフー言っているわよ? ここでぶっ倒れてしまわないかと心配なんですけど?


「大丈夫よ、大丈夫。なんか余計なものが体から出て行っている気がするのよ。未だかつて感じたことの無い気分だわ」


「そ、そうなの。でも無理しちゃダメよ?」


 何度かサウナの出入りを繰り返した後、私たちは浴場へと移動した。それを見た私たちは絶句した。なんと大きな浴場なのだろう。あちらには森の中に出来た泉のような浴槽、こちらには王族が使用するような大理石に囲まれた浴槽、様々な浴槽が一面に広がっている。そして壁際には仕切りで区切られた洗い場と良い香りのする石鹸。私たちは森の中の泉に入ることにした。恐らくこのお湯にも何やら仕掛けがあるのだろう。薬草のようなにおいや草花の香りや様々な香りが漂っている。首元から肩口に掛けて撫でると気が付いた。


「あなたも気が付いた?」


「ええ、肌が......ツルツルよ!」


「驚いたわね。ツルツルのスベスベになってるわ」


 私たちはひとしきり湯船ではしゃいだ後、もう一度かけ湯をして外に出た。ちょっとはしたなかったかも知れないが、他にお客がいなかったので今日は良しとしましょう。外に出るとカウンターがあり、持っていた番号札を渡すとエステティシャンが奥から出てきた。そして最後にもう一度軽くマッサージをしてもらい、オイルではなく美容液と言われる液体を全身に塗ってもらった。ハッキリ言って生まれ変わった気分になりました。素晴らしいの一言です。着替えを済ました後、近くに新しくできたお店の無料券をもらい店を後にした。ヴァーリンが何やら受付と話し込んでいたが。


「率直な感想として正直なところを聞かせて頂戴」


「カレン、あなたにはお礼を言わなくてはね。正直ここまでとは思ってなかったわ。みてこの肌。私の体じゃないみたい。それにあの雰囲気よ。自分がどこの王妃様になったのか錯覚するくらいセレブな感覚になったわ」


「私もよエスタ。雰囲気、サービス、効果全て素晴らしいわ。正直に言うと見て、このお腹。ベルトの位置が明らかに来た時と変わっているのよ」


「すごいわね」


「そういうあなたも、服が少しずれてますわよ」


「そうなのよ。サイズダウンしたのかも知れないわ、たったこの一回で」


「そんなの序の口よ。私はもっとすごいわ」


「実は言い出せなかったけど、あなた誰よ? ヴァーリンに見えるけど違うわよね? おかしいわよ、アゴはどこにいったのよ? 確か二つあったわよね?」


「ちょっとエスタの言い方には殺意を覚えるけど、私自身信じられなかったのよ」


「ええ、アゴどころか全体的に縮んだ感じがするわ」


「でしょう? でね、私思い切ってトレーニングも受けることにしたの」


「まあ! それで受付で何やら話し込んでいたのね。やられたわ。抜け駆けね」


「ええ、間違いなく抜け駆けだわ」


「もう、そんなに怒らないでよ。私はあなた達と違って状況が切迫してるのよ。チャンスをふいにする気なんて微塵も無いわ」


「燃えているわね。心も脂肪も......燃焼(BBQ)ね!」


「エスタ、アンタ本当にシメるわよ」


 三人でわちゃわちゃやっているとそこに声を掛けるものがいた。


「ちょっと失礼しますわ。あの少し話が聞こえてきたので......お伺いしたのですけれど、もしかしてあのエンジェルフェザーに行ってきたのかしら?」


「ええ、そうよ」


「と言う事は、セレモニー特別期間に呼ばれたVIPの方ですわね?」


 知らなかった。私たちは選ばれしVIPだったのかしら。でも今はその話に乗っておきましょう。


「ええ、そう言う事になりますかしら?」


「すみませんが、詳しく教えて頂けないかしら? 誰でも入れるわけでは無いみたいなの。私たちでも入会できるのか心配なのよ。その、分かりますでしょ? ええ、ここの支払いはもちろん私たちがお持ち致しますわ」


 そうだ。この店が流行りだすと恐らく一つのラインが出来るだろう。即ち『格』だ。誰でも入れることのできない場所。そこに入れるものとそうでないものは富裕層において確実に差として表れる。


「いえ、ここはエンジェルフェザーから無料券を頂いておりますからお気になさらず。でも行くなら早めがよろしくてよ。恐らくあの店は直ぐに予約で一杯になりますわ。()()お金が掛かりますけど間違いなく会員になる事をお勧め致しますわ。まあ、立ち話もあれですから、皆さんも一緒にこちらでお話しませんこと?」


そう、私達は言いたかったのだ。どんな素晴らしい経験をしたのか。見て欲しかったのだ。この効果、この肌、この体を。そして金が無い者はそれを受ける資格すらないことを。


「効果はひと言でいえば素晴らしいの一言ね。お金を使う価値はあると思いますわ。ちょっと見て頂けますかしら、私のベルトの位置は元々......肌を触ってみて? あと彼女たちも......」


「なるほど、でもこの効果を見れば納得だわ。夫とも話して絶対に会員になりますわ。そしてこの場所に座ります。今日は偶々でしたけど、私たちも次からは絶対にオープンエアですわね」


 その後この店のオープンエアは常にエンジェルフェザー帰りの客で満席となる。みな施術後の美しい肌や体、その全身をオープンエアから何気に見せびらかしたいのだ。奇麗なご婦人方がオープンエアでアフタヌーンティーを楽しんでいる。そんな噂がたつのにそれほど時間は掛からなかった。その内、この通りにはオープンエアの店が乱立し始め、いつしかマダムストリートと呼ばれる事になる。


 ただでさえ予約が取り辛い状況の中、数か月後ヴァーリンが過酷なトレーニングに耐え、その変貌を目の当たりにしたマダム達は洪水の如くエンジェルフェザーへと押しかけ店は一時期混乱を極めた。


 荒れ狂う狂気の中、Namelessは次々と新店舗をマダムストリートにオープンさせ、混乱は徐々に収まりを見せてゆくが、今度は本店に通う者をセレクト(選ばれし者)と呼び始めるものが現れる。これは特別会員は無条件で本店扱いになるため、その高貴な身分と同じ本店での会員になりたいものが多数いる事に起因する。それが原因で今度は会員権が高値で取引されるようになり、序列こそがこの世の理と思わせるに十分な現象であった。




お読み頂きありがとうございます。

後日談があるかも知れませんがエステ回は今回で一旦終了です。

引き続きよろしくお願いします。

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