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よろしくお願いします。
扉を開ける大きなロビーとなっている。天井には大きなシャンデリア。どこの貴族の家かと思うような造りだわ。正面のカウンターには3人ほどの受付嬢がおり、私たちを確認すると一礼を行う。が、そこで大きな声で『いらっしゃいませ』などと声を掛ける事はなかった。なんと言うか上品でかつ、こちらに分かるような一礼であった。受付までの間には高級そうなソファが適当な間隔で配置されている。思わず座りたくなるが、まずは受付まで行くのが正解だろう。はしゃいでいると思われたくない。
「ようこそエンジェルフェザーへお越し頂きました。今回はオープニング記念の特別期間中となっております。失礼ですが商会からのご優待状、またはご招待状はお持ちでしょうか?」
「ええ、これの事ね。持ってるわよ。優待? 私のは招待状ね。何か違うのかしら?」
「これは、ラザック士爵の奥様でいらっしゃいましたか。お越し頂き大変ありがとうございます。社長よりラザック士爵へは招待状を渡すよう承っておりましたので、今回は全てのサービスが無料となります。ご優待券の場合は申し訳ありませんが、割引価格でのご提供とさせて頂いております」
「さすがカレンね。無料ですって」
「ま、まあ当然ですわ」
上手いなこの受付嬢。さらっと私を一段上に運んだように思える。しかし料金についても聞いておかなくてはいけないわね。次来た時に恥をかくことになるわ。
「ありがとう、ご厚意に感謝するわ。それで普通に来ればいくらくらいの費用がかかるのかしら?」
料金はビックリするほど高かった。一回で普通の人間の半月ほどの給料が吹っ飛ぶ価格だ。そんなに価値があるのか? また会員と言う制度があるらしい。気に入れば会員となることもでき、より多くのサービスが受けられるという。当日の飛び入りは受け付けておらず完全予約制との事だ。毎回予約を入れに来なくても施術を受けた後で次回来る日を予約しておくことが出来るらしい。
「具体的に会員になればどのような特典があるのかしら?」
「コースによって適切な施術が行われデータ管理を行う事でどれくらいの成果が出ているのか数値で確認することが出来ます。また、エステティシャンからのアドバイスを受けることが出来、効果がより一層早く感じることが出来ます」
「ごめんなさい。元々この店の事はもちろん、今聞いた説明でもよく分からない言葉が多いのだけれど......」
受付嬢は説明をしてくれた。エステサロンと言うのは特別な美容液を使い、特別なマッサージを特別な環境で提供する事により、美しい体へ変身させてくれる場所なのだそうだ。そんな夢のような話があるのか? 一緒に来ているヴァーリンはお世辞にも良い体系とは言えない。ハッキリ言ってデブだろう。これをなんとかできるだと? 冗談は休み休み言って欲しい。本人にはとても言えないが。
「そ、それは本当なの?」
思った通りヴァーリンが食いついた。喰い気味に食いついた。最後まで説明を聞かせて欲しい。
「劇的な変化を求める方には別料金となりますがトレーニングや食事管理なども合わせてアドバイスさせて頂きます。トレーニング施設はこの建物内にありますので、そこでトレーニングを行いその後施術して頂く格好です。食事管理についてはご自身のお力も必要になりますが、効果は間違いなく実感できるでしょう」
「すごい自信ね。もう会員になってる方はいるのかしら?」
「待って、カレン! そんな事信じられないわ! データって......体の数値を調べるのよ? そんな破廉恥な事が許されるわけないわ! しかもこんな料金で効果が無かったら詐欺じゃない!」
「データの取り扱いについては国家御用達商会の名に懸けて問題無いと社長が仰っております。お客様のデータに関しては厳重に管理し外部に漏れる事は一切ありません。料金もまた然りでございます。結果にコミットできるのがエンジェルフェザーです。それを信用して実際に成果を上げている人もいらっしゃいます」
これは大きい。その看板の信用度はとてつもなく大きいのだ。
「なるほど、私たちが最初の最初って訳ではないのね。それは当然ね。何の実績も無いままいきなりオープンなんでできないもの。ヴァーリン、とりあえず今日は無料なんだから受けるだけにしたら良いのではないかしら? データを取るのは会員になってからなんでしょう?」
「その通りでございます」
「それでさっきの話だけど、他に会員はいるのかしら?」
「まだ、おりません」
「なら、やっぱり会員なんて必要ないんじゃないかしら?」
エスタは余り信じてないようだが、私も同感だ。
「ただ、今回施術して頂いた方は次回から必ず会員になると仰って頂いております。施術が出来るのは一日一度でございます。もしこの後お気に召しても会員になれるのは次回以降。予約が取れるのは会員が優先となりますので、今日は良くてもこの先予約がいつとれるかは保証できません。特別会員なら別ですが」
「え? 皆が次回会員になるって言ってるの? どれくらいの人数なのかしら? あと特別会員って何?」
「今はご招待状とご優待状の方だけですのでそれほどには。50名位でしょうか? あと、特別会員は専属のエステティシャンが付きます。ですので、予約の必要はありません。」
「それは良いわね。それで特別会員の方はもう居るのかしら?」
「特別会員は現在四名です」
「誰なの?」
「申し訳ございませんが、お客様の情報は一切公開できません。ただ特典としてはあちらに見える扉から特別サロンへの入室が可能となります。ここではない特別な場所で受付を済ませ、特別な施術を専属のエステティシャンから施され、その他言ってみれば全てが特別会員専用となります。一般、会員、特別会員と三つのグレードがある事になります。特別会員の方はそこの扉を使ってもらっても結構ですが、普段はあまり使われる事はないかも知れません」
「扉の脇に立っているのって衛兵じゃないの? どうして衛兵が立ってるのよ?」
「特別会員はその名の通り特別なのです。中にはやんごとなきご身分の方も居りますゆえ。これ以上はどうかご容赦を」
衛兵を見て、言ってる内容が真実味を帯びてきた。やんごとなきお方とは誰だ? ヴァーリンは俯いたまま何ごとかブツブツ言っている。どうしよう。この機会を逃した場合。もし、もしもだ。私たちが気に入ったとする。明日また来た頃には最低でも50人の順番待ちだ。下手をするともっと待つ可能性がある。
「あと、もう一つ申し上げますと、特別会員には誰もがなれると言う訳ではありません。利用回数はもちろん、人柄、家柄など相当数の監査を受ける事になります。逆に利用回数など関係ないかも知れません。もしかしたら『気品』いえ、『格』でしょうか? そういうモノが必要になるのかも知れません。これは先ほども申し上げました通り、やんごとなきお方たち、選ばれた方たちの特別な空間でございますゆえ、誰にでもなれると言う訳ではないのです」
そこまで言った時点でついにヴァーリンが叫んだ。喰い気味に。
「なるわ! 今、会員になるわ! お、お幾らかしら?」
ヴァーリンの目が怖い。まだ施術も受けていないのに良いのか? 払ったお金は戻ってこない。横から会員用紙を見ると入会金と月額費がいるじゃないの。それとは別に施術料ですって? あまりに高額ではないかしら? 私はどうしよう。会員になるのか否か。これを逃したら明日から順番待ちになる可能性がある。カレン、腹を決めるのよ! ダンナが信じているNamelessを私が信じないでどうするの!
「わ、私もなるわ」
「ええっ! カレンもなるの? じゃ、じゃあ私もなるわ」
「ヴァーリン、エスタ。死なば諸共よ」
こうして私たち三人は会員になって施術を受けることにしたのだった。
特別会員の四名はサティ、ソニア、アンジェ、そしてマリー王妃です。
ヒロシはアンジェの姿を見て王妃がロングフォードまで必ず来ると思っているようですね。
引き続きよろしくお願いします。