137 エンジェルフェザー
よろしくお願いします。
「奥様、このような案内が来ております」
メイドが私に一枚の封筒を持ってきた。宛名はカレン・イスマイルとなっている。差出人はNamelessね。【エステサロン 『エンジェルフェザー』 オープンご招待券】と書いてあるわ。またあの商会が何か始めたのかしら。最近リンクルアデル国家御用達商会になったNamelessは既にロングフォード、いや、アルガスの顔と言っていい程の商会になっている。
私はカレン。士爵であるラザック・イスマイルの妻よ。
士爵家はNamelessとは取引をしており以前と比べてかなり金回りが良くなっている。いや、正直に言うと相当良くなっている。士爵家は一代限りの貴族階級で、国から幾ばくかのお金をもらう事は出来ても何か自分で商売をしていないとあっけなく潰れてしまう。
特権階級や富裕層との付き合いは並大抵の事ではできない。富裕層は別に士爵などの階級が無くても十分に金持ちで、彼らとの付き合いをすると支出のバランスは大きく崩れる。言いたくはないがウチはいわゆる貧乏貴族だ。これ程恥かしいことはない。見栄を張りながら生きる事の何と難しい事か。しかしそんな我がイスマイル家にも転機が訪れる。
士爵家は傘下にいくつか商店を持っており、そこから得られる収入で何とかやりくりをしていた。夫のラザックは冒険者として名を挙げたが、残念ながら商売に関しては上手く出来なかった。それはそうだろう。それが出来ればわざわざ危ない冒険者などになるはずもない。しかし、冒険者だけをしていては士爵としての責務を果たせなくなるという事で始めた商店だったが、それが潰れるのも時間の問題だったのだ。
風前の灯火であった士爵家を救ってくれたのがNamelessであった。何やら新しい装飾品の販売を行うとの事で士爵家の店であるロードリング商会のガンダルフに声をかけに来てくれたそうなのだ。信用のおける協力先を探していたらしく、その時に対応をしたガンダルフはまさに値千金のファインプレーをしたのだ。あの時その申し出を断っていたなら、私が首を絞めて殺していたかも知れない。そこから生み出す利益は驚くほど高く、ひと月でこれまでの数ヶ月分の収入を越えてしまう勢いだった。
貧乏貴族であった士爵家は息を吹き返し、富裕層との付き合いも上手く進めることが出来た。言いたくはないがこの付き合いが無ければこの世の中は渡っていけないのだ。そしてイスマイル家にさらに大きな転機が訪れる。まさかの国家事業加盟店の指名依頼が来たのだ。これはラザックが努力して勝ち得たものだと私は誇りに思っている。ロードリング商会の一件以来、夫のラザックはNameless社長のヒロシと言う男について回るようになった。
言っておくが、それに対して忌避感などない。ヒロシと言う男は既に男爵家御用達商店の看板をもらい、着実に商会を大きくし、今やアルガスでも有数の商会だ。それがこの度、リンクルアデルに一つしかない国家御用達商会に選ばれ、あろうことか国王陛下のメダルまで授与されている。国王のメダル。それはただの飾りではない。ヒロシと言う男個人に国王が加護を授けたのだ。彼への不敬は国王への不敬となる。信じられないがそう言う事になる。それがただの商人であるはずがない。特権階級と言えど、イスマイル家など簡単に吹き飛んでしまうだろう。ラザックはそこに取り入ろうと必死なのだ。当然だ。私はそんな夫を責める事はせず、むしろ頑張れと毎日発破をかけ続けた。
選定に関しては商業ギルドが対応しているので、その中にイスマイル家が入っているかなど分からない。しかしラザックとしてはどうしても入り込みたかった。本人は私にどうすれば良いのか泣きごとをよく言っていた。それがなんとNamelessから打診があったというのだ。真面目に契約を守り、裏切ることなく一生懸命働いたことが報われたと、帰ってくるなりガッツポーズで広間で叫びまわっていた。それは本当に仕方が無いと思う。ロングフォードで二つしか与えられない国家事業加盟店の看板が手に入るのだ。私ですら心躍る気持ちになった。夢でも見ているかのようだ。興奮冷めやらぬまま、私は久しぶりにラザックと熱い夜を過ごした。あれほどラザックに激しく愛されたのはいつ以来だろう。私もいつしか一人の女に戻り何度も絶頂を迎えた。
オホン、話が逸れましたわね。とにかくこの書面の内容。エステサロンね......何か分からないけど行かない手はないわ。この書面では......日付は明後日で3人まで参加できるようなので友達を誘って行ってみましょう。
「明後日に行くからすぐに手配して頂戴。あとエスタとヴァーリンにも声を掛けて」
「畏まりました、すぐに手配致します」
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「「カレン様、この度はお誘い頂きありがとうございます」」
「ええ、こちらこそ突然誘って悪かったと思ってるわ。なにやらNamelessが美容に関する商店を出したそうなの。興味がおありかと思って」
「そうね。気になるわ」
「私も」
私たちは言わば奥様会のようなものの中でもとりわけ仲が良い。三人でいる間は階級とか気にせず話せる間柄なのだ。何かをする時は大体三人で行動している。他の階級の人もそうだ。二人でも四人でもなくなぜ三人なのか。その辺りの真理はよく分からないが三人行動する人は多い。
「今日はウチの馬車を出すから一緒に参りましょう」
馬車に揺られる事しばらく。エステサロン『エンジェルフェザー』が見えてきた。ちょっとした屋敷くらいの大きさはあるように見える。ターゲット層は間違いなく富裕層だ。この時点で来てよかったと思わされた。流行になろうとなかろうと、乗り遅れればそれだけ私たちの流行に対する機微が疑われてしまう。
ロータリーを回ると係りの者が声を掛けてドアを開けてくれる。ちょっとしたパーティーに来た感じだ。少し高級な服を着てきて正解だった。他の二人と目配せをして馬車から降りるとカーペットの上を歩いて私たちは入口へと向かった。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。