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お待たせしました。
キリの良い所までと思ったら少し長くなってしまいました。
ご容赦下さい。
アンジェリーナ・フォン・アデル第一王女
元々食べる事が好きだった彼女は第一子という事もあり蝶よ花よと甘やかされて育ってきた。当然の事だがそれがダメという意識など誰も持っていない。それが普通の事である。その内に妹が出来た。二人は仲が良くいつも一緒に遊んだ。妹はお姉ちゃんの後ろをついて歩き、周りが見てもそれは仲睦まじい二人であった。
ところが大きくなるにつれ二人に差が出始める。美しく成長した妹は巫女としてのスキルを持ちその中でも最高位である御神子様となったのだ。それに比べアンジェリーナは輝いた存在ではなかった。スキルの発現が遅く未だに何もない。王女としての立場など特筆できるモノはあるだろう。だが何も持たない彼女にとって、事ある毎に妹と比べてくる周りの目を苦しく感じてしまった。アンジェリーナ自身が心に壁を作ってしまったのだ。
美しく、御神子様として称えられる妹。それに比べ私の何と惨めな事か。私は王女としてふさわしくないのではないか、そう思うようになってきた。他国や侯爵関係の婚姻話も何故か上手く進まない。これは本人には全く関係の無い話なのではあるが、本人はそう思うことが出来なかった。『醜い私』など誰も相手にしてはくれない。この頃からアンジェリーナは部屋に引き籠るようになった。
誰とも会わず、誰とも話さず。
必要がない場合以外は自室から出る事が無くなってしまった。その内今度はアンジェリーナは心に病を持った人間であるという噂が立つようになった。そのような娘、いかに王女であろうと諸手を上げて喜んで受け入れる家などない。なぜならその頃には既に王太子が生まれていたからである。損得で物事を考える政治家にとってアンジェリーナの利用価値は既になかったのだ。政治の役にも立たず、公務につく訳でもなく、嫁にも行かず、容姿も悪い。
今、アンジェリーナの心を救ってくれるものなど何もなかった。誰も私の心なんて分かってくれやしない、誰も助けてくれない。誰も気づいてくれない。彼女は自分を奮い立たす切っ掛けすら見出せないでいた。
そして悲しいことに、娘を愛する両親でさえも答えを出せずにいたのであった。
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アンジェリーナ様の第一印象は『病んでいるな』であった。髪を揃えることもなくボサボサだ。はだけた衣装で化粧をする事もない。正直ここで会う事が無ければ第一王女とは誰も思いはしない。
普通なら皆がそう思うだろう。
「お母さま、大切な用事とは何かしら?」
「あなたまたそんな恰好を...この方があなたの力になってくれるそうよ?」
「力って何の力になってくれると言うのかしら?」
「あなたの悩みを聞いてくれるわ」
「別に悩みなど無いから今までのように放っておいてほしいのだけれど。今更私に興味がある振りなんて...無理してしなくていいのよ。」
「アンジェ、どうかお願い。そんな事を言わないで!」
マリー様も自分の娘であっても言い難いだろうな。娘の傷に触れてあなたをまともにしてくれるのよ、とは言えないだろう。病んでいる様に見えるのなら尚更だ。
しかし、俺の見立ては違う。
見た目はボサボサでいい加減に見えるだろうが、実はそうではない。化粧っ気が無いと言われればそうだろうが、実はそうではない。太っているかと言えばそうでもない。まぁポッチャリ系と言えば良いか。そして大事な事がある。彼女の言動だ。投げやりになり自棄になった人間はこのような言葉使いをしない。彼女はまだその身に王女としてのプライドがある。俺はそう感じた。
「ヒロシと言ったわね?商人如きが何をしに来たのかしら?ここまで潜り込むとは詐欺の才能は認めてあげるわ」
言ってる事が半分当たりなんで何にも言えないじゃないか。
「お母さま、私は放っておいてもらって構いません。少しばかりお金を払ってお帰り願って下さい」
「アンジェリーナ...」
「何の目的か知りませんがお引き取り下さい。私に何を求めているのか知りませんけど」
「ヒロシさん...」
うーん、どうしたものか。言っても良いが不敬にならないかな。
「では、申し上げてもよろしいですか? ただ、私の言動が不敬になると思うと...」
「不敬ならギロチンに掛けてあげるわ」
「大丈夫よ、ヒロシさん。今ここだけの事なら許します」
ギロチンか。マリー様信じてますよ!
「では、お話します。まず一つ目ですが、私は本来この城にあなたに会う為に来た訳ではありません」
「なんですって?」
「二つ目、偉そうな言い方になりますが、お金に困っている訳でもありません」
「まあ、身なりは良いようね? 興味ないけど」
「三つ目ですが、あなたが放っておいてほしいなら私から特に言う事はありません。永遠に引き籠っていればいいのではないのでしょうか。でも違いますよね? あたなは今、私を試しているのでしょう?」
「ちょっと! ヒロシさん、あなたなんて事を言ってくれるの! 引き籠りだなんて...ふ、不敬よ!」
おおいいい!! 不敬は無しだろ!
「面白い言い回しをするわね。今のは聞かなかった事にしてあげるわ。続けなさい」
「アンジェリーナ様、普段はその格好ではないのでしょう? いえ、言わなく結構です。髪はボサボサ、身なりはだらしなく、化粧もしていない。でもそれは嘘ですね」
アンジェリーナ様は俺の事を睨んだまま何も言わない。マリー様はよく話の内容がつかめてないのか俺とアンジェリーナ様の顔を交互に見ている。
「あなたからは不潔な臭いがしない。肌も奇麗だ。髪は乱れてはいるがツヤがある。つまりきちんと入浴、そして何某か髪の手入れをしている。化粧っ気が無いように見えますが、うっすら紅が口元に残っている。そして失礼な私の言葉を聞くだけの度量がある。更には母親とそのゲストに対しての最低限の礼儀を示している」
アンジェリーナ様の目がどんどん鋭くなっていく。もうここまで言って止められるか。最後まで言わせてもらうぞ。
「恐らくあなたの部屋は清潔に保たれ、多くの書物があるでしょう。そして引き籠って何も知らないとは言いつつも、恐らく外の事情にもアンテナ、いや情報網を持っているはずだ。例えばそこのミランダさんを始めとした侍女たちから様々な情報を得ているのではありませんか?」
「な、なんですって? ミランダ! そうなの!? あなた私にはアンジェの事は何も知らないと言ってたじゃない!」
「お母さまは黙ってて。面白いわね。何か見てきたような言い草だわ」
「私を見て『商人如きが私に何の用か』と聞きましたね」
「それが何?それこそミランダから聞いたのよ」
「それがおかしいのですよ。ミランダさんはマリー様から『私が呼んでいるとだけ言いなさい』と明確に指示がされている。『余計な事は絶対に言うな』と念まで押しているのですよ。ミランダさんはあなたから何か聞かれても、それは答えてはいけないのですよ。だが、ミランダさんはあなたに私が商人であることを伝えてしまった。違いますか?」
「違うわ。たとえそうだとしても、ミランダが口を滑らせただけよ」
「マリー王妃様から『絶対に言うな』と言われたことですよ?それは『口が滑った』だけで済まされるものなのですか?」
「済まされないわ」
「お母さま!」
「今度はあなたが黙る番よアンジェリーナ。ミランダ、答えなさい。返答によっては...」
この時点でミランダさんは顔面蒼白である。ちょっとやり過ぎたか?だが、まだ早い。焦るな俺!
「待って、ミランダは悪くないわ! 人が来てるって聞いて...はっ!」
そこでアンジェリーナは言葉を切った。
「そう、お気づきですね。人が来ている事さえもミランダさんは言っては駄目なんですよ。仮に人が来ていると聞いたとしてもそれが私、商人のヒロシであることはその時点では分からないはずなんですよ」
「ミランダ...あなた」
「マリー様。もう少しお待ちください。これはあなたへの背信行為ではないのです」
「どういうこと?」
「ミランダさん、いやそれ以外の人もそうでしょう。皆さまアンジェリーナ様を慕っているという事ですよ。でも慕っているが故に彼女を助ける事が出来ない自分たちを責めていたのでしょう。せめてアンジェリーナ様が望むことは叶えてあげようと協力していたのです」
マリー様は黙っている。ここからが勝負だ。
「確かにあなたは引き籠っていたかも知れない。だが、第一王女としての責任を忘れたわけではなかった。日々体を清潔に保ち、書物で知識を得て、外部の情報も入手していた。それは『万が一なにかの為に必要であれば』とそう思っていたはずだ。だがあなたはご自身の体と能力についてコンプレックスを抱えていた」
「そ、そのような事は...」
「自分を卑下したあなたは周りの目が怖くてたまらなくなった。道化を演じて外部との関わりを断つことでご自身を守るようになってしまった。このまま死ぬまで部屋で過ごすのも悪くない、何度もそう思った事でしょう。だがしかし、同時にあなたは変わりたいとそう願っていたはずだ。だから出てきた。恐らく誰かから私の噂は聞いていたのでしょう。ただの商人ならあなたはきっと出てこなかったはずだ。変わった商人のヒロシと言う男が来ていると聞いたからこそ出てきた」
「それは...」
「ハッキリ言ってしまえばねアンジェリーナ様。自暴自棄な人は呼ばれても出てこないですよ」
「...」
「アンジェ、あなた...」
「そう、あなたは変わりたいと思っていたはずだ。あなたは自らを呪いながらも人一倍努力をしてきた。引き籠るほど辛い思いをしながらも第一王女のプライドを持って耐えに耐えてきた。それがどれほど辛かった事か。何故王女として生まれてきたのか恨んだ事さえあったかもしれません。しかしそれでもあなたは国を想い、ただひたすらに知識と情報を求めた。違いますか? もう一度言います。あなたは変わりたいと、そう願っているはずだ!」
俺は言葉を続ける。
「私からあなたに出来る事は何もありません。しかしあなたが! あなた自身が本当に変わりたいと、心からそう願うのであれば! 私はこの命を懸けてその想いに応えましょう。必要なのはあなたの意思なのです。もしその意思がおありなら、どうかこの私を信じては頂けませんか?」
俺はすっと右手を王女様の前へと差し出した。
「お母さま...」
「アンジェ...」
二人は泣いている。
届かなかった想いがいま交錯し、止まっていた時間がゆっくりと動き出す。
「私は、私は...変わりたいです。」
アンジェリーナ様は泣きながら俺の手を取った。
「どうか私を、私を助けて下さい!」
「よくぞご決断されました」
俺は力強くアンジェリーナ様の手を握り返して言った。
「お任せ下さい、このヒロシ。全身全霊であなたを支えて見せましょう。」
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