99 模擬戦 (一番隊隊長 セイラム)
いつもありがとうございます。
「ヒロシ様、お疲れさまでした」
「ああ、クロありがとう」
俺は騎士団とは少し離れた所で休んでいる。何か近くに居辛いというかなんというか。
「すみません、ヒロシ様少しよろしいですか?」
またカルディナがやって来た。
「ああ、いいよ。えーと、すまんな、武器を壊してしまって」
「いえ良いんです。あの武器を知ってるんですか? オリジナルと思ってたのですが」
「知識としてあるけど見るの初めてだね。あの動きは中々捌きにくい。お節介かもしれないけど、手首の力だけではなく体のしなりで操れば動きも威力も大幅に改善すると思うよ。鍛えるとすれば背中の筋肉から始めるのがお薦めかな?」
「そんなことまで分かるのですか? それ程の実力を持ちながら私は生意気な事を...己の未熟さに腹が立ちます。」
「いやいやいや、責めてるんじゃないんだよ。確かな実力だと思う。本当だ」
「最後の技、青鷺火と言われてましたよね。全く見えませんでした。気が付いたらもう」
「あー、あれは速さ優先の技だからね。少し見え難かったかもね」
カルディナさんは俯いている。
「まぁ、簡単に言うと左右の片側2連撃からの繋ぎ技だ。もし躱されたらそこから次の技へと繋ぐのさ」
「私はその初期段階で既にやられたと」
カルディナさんは更に俯いてしまった。
「えーと、なんと言いますか」
困った。俺はクロの方を見るがダメだ。コイツはこういう時に全く役に立たない。そのハの字の眉毛を止めろ!
「サティさんは別として、クロードさんと言う方は今の私と同じ程度の実力なのですか?」
「ああ、多分そうだと思うよ」
「どうしてその人は騎士団に入らないのですか?」
「いや、どうしてって言われても獣人だけど良いのかな?」
「獣人でもドルスカーナではなくリンクルアデルにパスがあれば問題ありません」
「ロングフォードに住んでるからかな?」
「そうですか、冒険者としてサティさんとパーティーを組んでるのですね。サティさんとならその彼が強いのも納得ですね」
カルディナは拳を握ってフンスと鼻を鳴らしている。どうしてサティラブな人はみなこう言う系統なのだろうか。俺は一人の兎獣人の顔が浮かんで...消えた。
「いや、冒険者登録はしてるけど、冒険者ではないよ?」
「なんですって? 確かによく考えたらサティさんはソロだわ。じゃあその人はその強さがありながら何をしているのですか? ハッキリ言って怠慢ですよ。その強さを国の為に生かすべきです!」
もしかして面倒臭い人なのか?
「何をしてるって言われてもなんだけど...」
「何をしてるんです?」
「いや、何してるって言うか...コイツなんだよね」
俺はクロを指さした。お前まだ眉毛ハの字にしてたのかよ。
「ししし、執事じゃないですか!」
「はは、執事なんだよね」
おいクロ、なんか言え! 分かってるな? お前、分かってるよな?
「初めまして、クロードです。執事だけど戦闘もできちゃう系? みたいな?」
カルディナさんは放心状態で去って行った。こいつは彼女を見ながらどうしちゃったんですかね?とか言っている。お前は後でお仕置きだ。
「それじゃあ、そろそろ準備してもらっても良いか?」
「あ、はい」
ある意味、少し気が紛れたわ。
「じゃぁ、クロ行ってくる」
「はい、ヒロシ様。お気をつけて」
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訓練場の真中で俺はセイラムと向き合っている。あまりジロジロ見るのも憚れたので顔もはっきり見えなかったが、華奢で小柄な体躯で本当に序列一位なのかと言うのが俺の印象だった。
カルディナやホークスも個性的な装備をしていたが、セイラムの装備は騎士団寄りだ。ただ周りに見える騎士団の装備とは違う。その奇麗に彫刻された全身を覆う鎧は序列一位に相応しい。その鎧の肩口には『Ⅰ』の数字が書かれており、一番隊という事が分かる。マントを羽織り、刺繍で騎士団の紋章とこちらの文字で『WINDOMⅠ』と描かれている。フルフェイスの兜の奥からは殺気すら感じる。左手には盾、右手には剣を持つのだろう。正当な騎士スタイルだ。
「それでは、はじめ!」
セイラムはゆっくりと右手で剣を抜く。剣が一瞬太陽の光を反射し俺の目に飛びこむ。
『コイツ狙ってやがったな』
と思った瞬間剣は既に俺の頭上を掠めている。
速い。
俺は距離を取るため大刀を横薙ぎに払うが、盾で受け止められる。これだけで分かる。やはり見た目で判断するのは危険だ。受け止めたまま大刀の胴を滑らせ、セイラムは一気に距離を詰めてくる。盾を外側に押しながら剣を真っすぐ俺に向け体ごと突っ込んでくる。
クソッ、避けようが無い。
体ごと突っ込んできており腕はまだ閉じられている。後ろに躱せばそのまま腕を伸ばして突かれてしまうだろう。
俺は左手で大刀の柄を掴み無理やり引き寄せる。そして両手で剣を上とカチ上げる。体がぶつかり俺はその突進の威力を利用して後ろへと飛ぶ。と同時に俺は大刀を下から上へと振り上げ追撃をかわす。
ようやく距離を取ることが出来た。が、コイツは強いな。正当な騎士の技を磨いている感じだ。
セイラムは盾を前にし剣を縦の側面に沿わすように構えている。薙ぎや払いを打つが堅実に盾を使い躱してくる。そして隙を見つけては盾の死角から突きや上段からの打ち下ろしを仕掛けてくる。
堅実だ。まさにその一言。地道な訓練と弛まぬ努力で得られる一番大切な型を知っている。コイツがすごいのは基本だ。兜の隙間から見えるその眼は俺の一挙手一投足を追っている。
左右からの連打も、上下の打ち分けも確実に裁く技量は大したものだ。仕方がない、俺もギアを一段上げるとするか。
「相原家伝月影流薙刀術、その身でとくと味わうが良い」
「青鷺火」
セイラムは剣と盾で左右に連撃を弾く。素晴らしい反射速度だ。一度見ただけで対応するかよ。
コイツもバケモンクラスと言う事か。だが、攻撃はそこで止まらない、より早くより鋭く加速してゆく。
「白蓮華」
胴から膝へ薙ぎ、
「紅蓮華」
膝から肩へと繋ぎ、
「青蓮華」
肩から脛へと流し、
「黄蓮華」
脛から頭へと流す。
「蓮華の型、流四連」
大刀の石突き側からの打撃も含めた高速の複合連打。その連撃を受けて徐々に鉄壁かと思われたガードが開いていく。
とその時。
「ブラッディレイン」
空から無数の火の玉が俺を襲う。
「うおおおお」
こいつ...魔法剣士だったのか!
「スリップストリーム」
「ボルケーノ」
「エンジェルティアー」
このヤロウ幾つ魔法を知ってやがる! 風に火に氷雪系まで操れるのか?! しかもアイドルタイム無しかよ、ほぼノータイムで次々と魔法を放ちやがる!
驚くべきはその魔法と剣術に対するバランスだ。魔法に頼ることなく、かと言って捨てるわけでもなく、剣で確実にダメージを入れてくる。しかし魔法の威力も強力で剣を意識すると風の刃が、炎が、氷柱が俺を襲う。
剣と盾。
数多の武器が存在する世の中で、一度は誰もが手にする基本中の基本と言う武器だ。
どれほどまでに優れているのか。基本の武器だと、普通の武器だと侮ることなかれ。言い換えれば長きに渡り幾千の剣人が研鑽を積み、命を賭して磨き上げた技術である。今この瞬間にも進化を続ける剣術を、侮る事などできようはずがない。
盾でいなされ剣で突き、そして切る。この何の捻りも無い単調な攻撃が確実に俺の体を刻む。
上手く魔法を使い俺の攻撃を寸断する。だが初めてにしては魔法での直接攻撃が少ない。もしかしたらギルド経由で俺の手の内を知って研究したのか。それは良い。別に卑怯とも何とも思わなない。むしろセイラムのこの堅実ぶりを見ると間違いなく頭に入れていると思える。
バランスを僅かでも崩すとその隙を必ずついてくる。堅実だ。そして強い。俺の体に間違いなく傷を負わせる。
「とっておきだ!飛び道具が魔法の専売特許でないことを見せてやるぜ。」
俺は後ろへと大きく跳躍し刃を水平に保ち体の後ろへと大きく反らす。凝縮される気を感じ取りセイラムは盾を構え、それでもこちらへ攻撃の間を与えぬために距離を詰める。
しかし俺との距離はそう簡単に詰めれない。魔法を繰り出し俺の技への発動を遅らせようとするがもう遅い。
「その身に受けてみよ」
そこから繰り出される技は、
「刃よ風を纏いて千里を疾れ...」
青龍偃月刀の刃が霞む。その刃速は旋風を呼び眼前へと解き放たれる。
「奥義、鎌鼬」
振るった青龍偃月刀の先から迸る三日月状の斬撃。二発の弧を描く斬撃は空気を切り裂き一直線にセイラムへと襲い掛かる。
ズバアアァァァン!
盾は真っ二つに切り裂かれ、二発目が胸部の鎧さえも切り裂く。致命傷かと思われるほどの鮮血を前にしてたたらを踏む、が倒れない。奥歯をかみしめ、意識を保ち前方を睨みつける。
そのプライドが負けを認めない。命尽きるまで戦うのが騎士の本懐。その矜持が、その信念が、セイラムを突き動かす!
「まだだ! ウィンダムはまだ負けていない! 来い!」
「凄まじいまでの精神力だ、誇り高き騎士を前に俺も覚悟を決めよう。」
「オオオオラァァァ!」
セイラムは足の痙攣を剣で刺して無理やり止める。血を吐きながらもこちらへと歩を進めてくる。
「お前もまた最強の一角なのだな...」
セイラムは剣を両手で持ち渾身の一撃を振り絞る。
「その一瞬の煌きと共に散れ...」
それはまるで剣をすり抜けていくような錯覚。
「相川家伝月影流薙刀術...陽炎」
確かに受け止めたはずのその刃は無情にもセイラムの体を引き裂いてゆく。
二つの影が交差した後、
セイラムはゆっくりと崩れ落ちた。
「お前と戦うのも二度と御免だ」
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