本編(後編)
一年前までいたデゥラハンはもういない。
僕の前には、昨日、冒険者になったミーナがそばにいる。
昨日から一緒にダンジョンに潜ることにしたのだ。
「あなた、早くいきましょう!」
遠くから声が聞こえた。彼女はせっかちだ。
僕は心の中で返事をすると、
デゥラハンがいたあの頃を懐かしむ。
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魔王は、その様子をみるとカバンから薬をだすと、
彼女に振りかけた。彼女の痙攣はたちどころにとまり、すやすやと眠り始めた。
魔王は、「ふむ」というと、事の真相を話しはじめた。
「まずは、謝っておかねばなるまい。
数百年も前の事だったので、忘れていたのだ。
彼女がフルフェイスでなければ、もっと早く思い出せたのだ」
彼は、こちらに向き直し一礼した。
僕は、うなずくと話を続けることを促した。
「彼女は、病気であと数日の命だ。
魔法使いだった彼女の祖父は、彼女をモンスターに変えることで
侵攻を止めさせたのだ」
彼は上空をみて、一呼吸を置いた。再度こちらを振り向くと、再び話始めた。
「彼女の祖父とは、このダンジョンを攻略された時から友好があってな、
孫が来たときは、生首を返してもらうようにお願いされていたのだ。
そして、彼女の願いで病気を治ししてやってほしいと」
彼は無念そうにこちらを見ているが僕は納得できなかった。
「なんで、なんで、もっと早くいってくれなかったんだ。
早く、彼女の病気を治してくれよ。
できるんだろ」
僕は、彼にかけより、魔王の胸倉をつかんだ。
「魔王様は、最初に謝りましたでしょう」
従者は僕に近寄ると、僕の手を魔王からはずさせた。
「すまない、願いは一生で一つなんだ。」
「じゃ、今、彼女を目覚めさせて、願い事をさせれば、いいんだろ」
僕はつめよると
「申し訳ないが、願い事は一年に一回という
決まり事があるのだ。次に叶えることができるのは、
一年後だ。その時には、彼女は、この世にはいないだろう」
俺は、うなだれその場に泣き崩れた。
再び決意をすると、
「その薬で、少し彼女の症状が和らぐんだろう。
わけてほしい」
「いいだろう。彼女が目覚めたときに、
かけて上げれば、落ち着きを取り戻す。
話をしてあげればいい」
彼は、バックから数本の瓶を取り出すと僕に分けてくれた。
「そこの魔法陣から、ダンジョンの入り口に戻れる。
吾輩が戻してやろう、早く館にもどるのだな」
魔王は、奥にある魔法陣を指さした。
僕はお礼をつげ、彼女を背負うと、魔法陣の上に立った。
「一年後、彼女と共に、ここに戻ってくる。
その時は、叶えてもらうからな」
僕の捨て台詞が彼に聞こえたかは、判らないが、
僕は決意し彼女を抱きかかえて、洋館に戻った。
洋館にもどり、彼女をベッドに横たわせ、隣に座り、
彼女の意識が戻るのを祈った。
昼がすぎ、夜になり、日が昇り始めた時に、彼女は、目を覚ました。
僕は、彼女に魔王からもらったポーションを振りかけると、
苦しそうな表情が少し和らいでいく。
挨拶をしたが、彼女には人間にもどったことにより、念話の能力がなくなっていた。
僕は、彼女に筆談で、事の展開を話すと、
彼女は泣きながら僕に抱き付いた。
しばらくして落ち着きを取り戻したら、
僕は、彼女を立たせ、時の部屋に連れて行った。
彼女は、今後を直ぐに理解し、「愛している」というと、
部屋の中にはいり、動かなくなった。
僕は、悲しみのあまり、彼女から離れることができなかった。
次の日から、彼女が見えるように筆談で、
今日のあったことを会話をしている。といっても、一方的だが。
彼女の表情は変わることがないが、
喜んでくれていると思って続けている。
一か月がたつころ、
僕は、魔王のダンジョンに再び攻略を開始した。
彼女を連れて、一刻も早く登り切らねばならない。
どうやったら一分、いや一秒でも早くできるのか、思考錯誤が必要だからだ。
登る旨を彼女に伝え、しばらく留守にすると告げた。
彼女のため、途中で倒れるわけには、行かない。
2回目の踏破は、慎重にしすぎたことによって、数日もかかってしまった。
次からは、マップで最短ルートを作成する日々を過ごした。
これで、5日、3日と、徐々に日にちが短くなったが、
何度やっても、2日の壁を超えることができなかった。
彼女に残された時間は、数日だ。できれば、一日もかけて上り続けたくない。
20回を超えた時、全ての防具を捨てることにした。
もはや、登ときにダメージを受けていなかったのだ、
後は、侵攻ルートにいる敵を攻撃するだけでよかった。
盾も捨て、剣の二刀流に切り替え、足の防具には、移動力がアップする魔法具にした。
これにより、1日の壁を超えることができた。
ここまで来るまでに、半年も経過していた。彼女は、一切変わりがなかった。
洋館に戻って、出来事や、ダンジョンの攻略の仕方を話すと
嬉しそうに聞いてくれている、と思いたい。
そして、この時から、彼女の人形を背中に乗せて、
ダンジョンの攻略を開始した。
最悪だった、人形は戦闘があるたびに、あらぬ方向に吹き飛んでいった。
また、試行錯誤の時間が始まった。
もはやダンジョンに潜る必要はなかった。どれだけ、彼女を背負って早く走れるかしかないからだ。
見栄えなど気にせず、フルフェイスにメイド姿の人形を、おんぶや抱っこなど、様々な方法で
街中をかけずりまくったが、安全性を確保できなかった。
そして、考え付いたのが背中に椅子を背負って乗せることだ。
これは、非常に安定はした。腰の周りにベルトを通すことで、彼女が吹き飛ぶのが防げるのだ。
しかし、急激な加速と減速には弱く、フルフェイスが何度となく転げ落ちた。止まるときの遠心力に耐えれないのだ。
そこで、目に着いたのが馬だった。
自分も馬のように、前方姿勢にすることができ、背中に垂直に乗ってもらうことで、
速度もだせることができ、急激な減速でも、後ろの背もたれでカバーができた。
いいとこどりだった。
何度かの試行を行い、減速と加速のタイミングを町で行い、
自分なりに納得ができた。この頃になると、街中では、酷いあだ名で、僕のことを呼んでいたが、
一つも気にはならなかった。
そして、試作品を用いて魔王のダンジョンに入る。
これまでとは、段違いなスピードで駆け上がっていった。
敵を倒すための両手に剣をもち、ブレーキや移動でバランス調整をする際には、杖のように使い、
流れるように、走り続けることが可能となっていた。
一日の壁は、6時間になり、5時間になり、緩急の付け方、敵の出てくるタイミングなど、
もうけずる要素がないというところで、2時間までたどり着くことができた。
この頃になると、魔王とは友達だ。
今まで、尋ねてこなかった冒険者が、何度も訪ねてくるんだから。
当然だろう、僕としても会話ができるのが魔王だけだから、
全てを抑えた僕は、一年の歳月を迎えた。
時の部屋から彼女をだす。
彼女は僕に抱き付き、僕もやさしく彼女を抱き締めた。
僕は、抱きしめるのをやめ、お姫様だっこで、書斎に連れていくと、
今日の予定が書かれた手紙を彼女に差し出した。
彼女が読み終わるのを待ち、理解を示してくれることを願った。
僕の願いは、かなえられ彼女は、僕にしがみついてきた。
僕は、彼女を抱きかかえると、いつものようにダンジョンに向かう準備を始めた。
そう、両手に剣、上半身は裸であり背中には椅子、足には、速度上昇があるマジックブーツの格好だ。
一目で彼女の顔が引きつるのを感じたが、彼女の頭には、フルフェイスを被らせた。
これで、いつも通り人形と思うことで、人が乗っているとは、思うまい。
途中で乗馬の冒険者などが、こちらを驚愕の表情をしていた、
それはそうだろう、この世界では、一番早い乗り物だ、
僕を乗り物とすれば、2番だが。
馬の二倍の速さで進むと、直ぐに、ダンジョンの入り口までやってきた。
周りは、いつもの光景だ、特に慌てている奴はいない。
変人の目では、見られているが。
だが、周りの目は驚愕の表情にかわり、腰を抜かしている。
なぜなら、彼女が降ろしてって頼んで、歩いているからだ。
これまで、背中にのっていた人形が、話しはじめ歩きだしたんだから、
驚いても仕方ないだろう。
彼女は、僕をつれて、入り口の横にある魔法陣に向かった。
本来ならば、1~2時間は待つ必要があるが、
みんな腰を抜かしている、簡単に先頭を譲ってもらった。
彼女は、魔法を唱えると、最上階の魔王の館まで、
たどり着いた。
僕は、これまでの努力が全て無駄だったことをさとると、咽び泣いた。
僕を見てる魔王の目が憐れな表情で見ているのが分かる。
後ろにいる従者は、声を殺して笑っている、あいつは後で、討伐することが確定した。
魔王は、僕らに願いごとがを聞いてきた、
願いごとはかなえられ、彼女は光の粒子に包まれた。
彼女の病気はなくなり、僕は、喜びのあまり彼女に抱き付いた。
僕は、ひざまずき、彼女にプロポーズをした。
股間から指輪をだし、彼女の向けて差し出した。
彼女は、馬乗りになり僕をぼっこぼっこにしている。
魔王は、あほだなこいつと言いたそうな目をしては、時折口元に苦笑いを浮かべている。
従者は、膝をついて床を叩きながら大爆笑している、あいつは、後で、300回は殺すと確信した。
一通り怒りが収まると、彼女は喜んで、僕の愛を受け止めてくれた。
彼女と共に、洋館に戻るときには、魔王と従者も祝福してくれている。
僕は、未来を想像し、些細なことなんてどうでもいいと思えた。
彼女と共に歩む、その第一歩を、我が家に向けて歩き始めた。
それから、四年後、僕と彼女の生活は順調だった。
昔のように、念話で会話を行うことができないが、
だいたいのことは、彼女が分かってくれる。
今日は、3歳になる娘とダンジョンに行くことにした。
ようやく、話せるようになった娘を使って、
僕の呪いを解くためだ。
まずは、ギルドにいって冒険者登録が必要だろう。
いつもの服装に着替え、娘と妻を背中に乗せて、
僕は、全力で走り出す。
走り出し、止まることのない娘の悲鳴を聞きながらも、
僕の足は止まることはなかった。