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泥水をすする  作者: 山吹むくげ
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生きるってなんだろう。

もうどれくらい時間が経ったのか、灰皿に山盛りになった吸い殻をぼうと眺めた。

自分は下戸のくせに酒の加減も知らないもんだから、胃が熱みを帯びぐちゃぐちゃに握られたような痛みが昨日から今日にかけて一日中続いている。


悲しみを泳ぐように酒を飲んだ。

ふらふらになるまで忘れたいことがあったのだ。


残ったのはムカつく胃の痛みと、終わりのない問題だ

涙は出なかった。泣きたかったのに。


わたしは、今仕事を辞めて実家で暮らしている。

両親と祖母と老犬と居候の叔母


祖母は、7年前脳卒中になり後遺症でアルツハイマーを患っている。症状は悪化する一方で

両親は施設に預けず死ぬまで家で面倒を見る気でいる。

小さい頃から私は共働きの両親に代わって祖母に育てられた。看護師の母親や残業するSEの父親よりずっと長く一緒にいた。参観日にも祖母がきた。運動会にも。刷り込まれたヒナのように、私は祖母のそばをくっついて離れようとしなかった。


今思えば呪いめいている。


「ねぇ。私頭おかしくなったのかな」

目頭をティッシュで押さえて祖母は言った。


誰よりも聡明で、小学校に先生として呼ばれたことがあるくらいだ。私の自慢の優しいおばあちゃん。


「みんなして私をいじめてるんだ。早く死ねばいいんだ。早く夫が迎えに来ればいいのに」


そんなこと言わないで。皆心配してるんだよ。


もうこの人は私の知ってるおばあちゃんじゃなくなってしまった。

認知が進み、常に家族の顔を伺い

自分が迷惑をかけたくないが為に、いつも息を殺していきている。階段の音で誰が降りてきたか分かるくらいに意識をとがらせている。



それでも自分の意に反して、物忘れや自己管理が出来ず、自分の思い通りにならず落ち込むことがある。


自分も含めて家族は祖母の自尊心を下げない為に気を揉みながら暮らしている。


お互いが互いに理解しようとすることをあきらめている。独居老人もいいとこだ。


いつから?

こんなになったの。


お前が帰ってきてからだ。


甘え始めた。俺たちは放任して、おばあちゃんにやれる事とはやってもらっていた。


お前が、着替えも、体を洗うことも、薬を飲むことも、ご飯を食べることも、全部やってしまうから。ああなった。



今まで、介護士の仕事を続けてきて祖母の顔を思い出しながら、帰りたい。あのあったかい家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

毎日毎日働いて、ふらふらになりながら

いつか実家に帰って、自分も昔の小さい頃のように優しく包み込んでくれる日が来る。そう思えば、なんとかやってこれた

夏の日タイル張りの大浴場を一人で汗だくになって掃除したときも、利用者に理不尽に怒鳴られたときも、


思い出したのは、優しいおばあちゃん。

しわしわの手に細長い白い指。

ニコニコしていつも帰りを待ってるおばあちゃん。

一人暮らしのアパートに帰るときの寂しい顔


「いつまた帰ってくるの?」


また来るよ。

顔も見れないで逃げるように車のエンジンをかける。


沈む夕日が稲穂を赤く光って焦がす。山道から隔てるように暗くなる。


だれもいないアパートに帰る。

それでも、ただいまは、いつもの癖。



………………

………………………

「お前が調子に乗って酒飲むからよ」

なんでそんなこと言うんだよ。


巻きこんだのは、お前たちだろ。


たなびく紫煙は青白く縦にまっすぐ伸びる。

本当にどうにかしたのは、私なのかな、なんて。




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