<9>『公爵令嬢は美少女転校生とのバトルに勝利して、隣国の王子とデキているようだ』という噂
久しぶりに会う祖父は、本当に理事長室にいた。
お昼休みに時間を取ってくれたので、シャーロットは慌てて昼食を済ませていた。半信半疑のシャーロットにラファエルは面会の予約を取ってくれたのだ。
シャーロットは半信半疑で理事長室に赴き、理事長の肩書と名札の付いた大きな机に向かって書類の処理をしている祖父を見て、腰を抜かしてしまった。
「大丈夫かね、シャーロット、」
祖父はニヤニヤしながら助けようともせず書類の処理を続けている。何とか立ち直ったシャーロットに、ソファアに座るように勧める。
「お、おじいさま。御機嫌よう、」
シャーロットはソファアに座りながら祖父を見た。やっぱり自分の祖父だけれど、理事長の机に座りスーツを着こなしている様子は妙な気がしてならない。
「なんも機嫌はようない。むしろ不機嫌。明日には領に帰らにゃならんのに、仕事が終わらんのだ、」
随分な話し方をしているけれど、一応公爵だった人だ。シャーロットの記憶の中の祖父は、領地経営を祖母と楽しくして暮らしていたはずだったのだけれど…?
「おじいさまが理事などなされているとは知りませんでした…」
「そりゃそうだ。お前達には言っとらん。おととしだったかな…? 前の理事がちょっとやらしたらしくて負債が出てしまってな。健全な領地経営をしているワシに話が回って来たんだ。」
「はあ…。そうなのですか…」
「今のところ黒字だぞ、黒字。やっぱり商人の子供を増やして実績を積んだのが、評判につながったのよのう…」
ひっひっひとほくそ笑む祖父は不気味だった。
「あの…今日は伺いたいことが…、」
「どうせミカエルの事だろう?」
「ええ」
「ミチルという女子生徒は可愛いからのう。可愛い女の子だけど、シャーロットと何か間違いがあったら婚約破棄をする、と言って脅してあるから、何の心配もいらんぞ。」
「はい?」
「うちは別に、王家と婚約しないと生きていけないような没落貴族ではないし、王子ならこの国ではなくともいろんな国にいるだろう?」
「そ、そうですね…。」
確かにサニーも隣国の王子である。
「別に心配することはないし、心配もしとらん。」
はっはっはと豪快に笑う祖父にシャーロットは少し寂しくなった。少しくらい心配してほしい。
「お父さまやお母さまはもうご存知なのですか…?」
普通の親なら、学生寮で男女が同じ部屋に暮らすのは良しとしないだろう。
「ああ、あいつらも笑っておった。ミカエルにそんな度胸はないだろうし、シャーロットにそんな寛容さはないだろう、とな。」
男女の関係になることは寛容さのなせる業なのかっ?! とシャーロットは自分の両親に突っ込みを入れそうになるが我慢する。潔癖だと思われているのだと自分に都合のいいように解釈しなおす。
「まあ、心配はいらんのだ、シャーロット。」
「ちなみにエリックは…?」
煩い弟がめんどくさい反応をしていないことを祈る。
「ああ、エリックにはミチルは国賓だから手を出すなと、釘を刺してある。エリックの婚約者は国内の貴族に限るから、見つけてこれるもんなら見つけてこいとも煽っておいた。」
王子は確かに他国では国賓待遇になりそうだけれど、変な煽りは余計なことなように思えた。
「あと一つ伺いたいことが…、」
実はシャーロットの本題はこちらだった。
「私がミカエル王太子殿下と婚約している事は、非公開な事なのでしょうか。」
何となく知られていない気がして、一度確認してみたかったのである。
「ああ、そうだ。知らない者の方が多いな。」
祖父はこともなげに言う。
「何しろお前が10歳の時にした婚約だろう? 結婚するのは18かそこらだとしても、王家に言われて仕方なくした早すぎる婚約だ。こちらが公表していても忘れてしまう者もおるだろう。特に牽制する必要もないし、知っている者だけ知っていればいいと思っておる。」
「この先、婚約を希望する令嬢が現れる可能性はありますか?」
ゲームの展開は置いておいて、現実にそういう気配があるのか知りたかった。
「ないだろうな…。ミカエル王太子殿下は病弱という噂が絶えない。ガブリエル第二王女の婚約者が決まっていない以上、こちらに女王として可能性があると皆は思っておるだろうな。」
「そうなのですか…」
ガブリエルの件は初耳だったので、シャーロットは内心驚いていた。
「ミカエル王太子殿下に不満でもあるのか? シャーロット。」
ちーっともないです、可愛すぎてたまらん毎日です、と思うけれどそこは黙っておく。
「何も。ただ、隣国から留学されているサニー第二王子殿下に、この前、求婚されてしまいました。」
「ほう! それは面白い!」
「何でも、ミカエル王太子殿下が新しく恋人を作って、婚約破棄してくれることを希望する、といったようなことを仰ってました。」
「ほう…、お前を手に入れるために、ミカエル王太子殿下に新しい婚約者を作らせようとするとは…、ますます面白い。」
それって普通に私、捨てられた女だよねと思うけれど、ミカエルの立場がシャーロットよりも上なため、仕方ない措置なのだろうと判っている。それでも、傷物なんだよな~と思っちゃうのだ。
「お前はサニー殿下をどう思っておるのだ?」
「特に何も。ときめきもありませんし、ミカエル王太子殿下よりも、とも思いません。」
「なるほどなあ…。まあ、卒業までにあと3年はあるんだし、焦って決める事もないだろうが…、ちなみに宰相の息子のリュートはどうなんだ?」
リュート! なぜその名前が今ここに出てくるのだろう。
「宰相とは、宰相の親父と仲が良くて、親子二代にわたって付き合いが長いのでな。ワシとしては、王家に嫁ぐより宰相の家に嫁いでくれた方が、友情が深まって助かるんだ。」
はっはっはと祖父は大きな声で笑う。それはぜーったいないから、とシャーロットは思う。入学してまだふた月と経ってないけれど、リュートに風紀の乱れと何度言われたことか。
「おじいさまはおじいさまで頑張ってくださいませ。私は私で努力いたしますわ。」
「シャーロットも言うようになったな~。」
豪快に笑う祖父に、シャーロットは御機嫌ようとお辞儀をして去った。早くミカエルと話がしたかった。今日はミカエルの日なので、朝会っただけだった。
すれ違う時はすれ違うもので、ミカエルは王子として急に決まった公務があるとかで、金曜の午後の授業を取りやめて週末にかけてお城に戻ってしまった。
時計を受け取りに行く週末の予定をミカエルと行こうかと悩んでいただけに、シャーロットは残念な気持ちでいっぱいになった。
前回一緒だったローズもサニーも、今回一緒に行ってくれるとは限らない。課題の編集作業は、昨日の授業でもう終わってしまっていた。課題を理由に誘う訳にはいかない。
「姫様、」
放課後、一人で帰り支度をしていたシャーロットにローズが話し掛けてきた。
「時計の受け取りって、明日でしたよね?」
「ええ、そうなの。よく覚えていたわね。」
「はい、一緒に行くつもりでしたから。」
爽やかにローズは笑う。ロータス!! とシャーロットはときめきそうになる。街に一人で行くなどと、お嬢様育ちのシャーロットには、崖の間を渡る綱の上を走れと言われるくらい、恐ろしいことだった。
「私もそのつもりです。」
サニーが会話の中に入ってきた。サニーがキラキラ輝いて見えた。シャーロットはサニーが王子様だったことを思い出した。
「そのつもりで明日は予定が開けてあります。」
シャーロットは内心涙ぐんでいた。アメジストのブレスレットの友情の証って、こうやって助けてくれる友達のことなのかもしれない。寮の自分の部屋の机の引き出しに入れてあるブレスレットを思い出す。
「ありがとう…」
「では明日、11時に門の前で、いいですか?」
サニーが尋ねる。この三人だと、仕切るのはサニーなのか~とシャーロットは思う。猫かぶりなシャーロットと、控えめなローズと、観察するのが好きなサニーなら、一番適任なのだろう。
「街で待ち合わせするよりも、学校の門の方が無難でしょ?」
「ええ、そうですね。またお昼を食べましょう。」
「エリック達の班が行った市場での買い食いが気になります。」
サニーは嬉しそうに目を細める。シャーロットもそう思っていたのでうんうんと頷く。
「パフェはもういいですよね? 姫様。」
ローズはくすくす笑い、シャーロットに確認する。
「はい、もういいです。」
シャーロットは思う。もうしばらく甘いのはいいのです。
三人で一緒に帰りながら話を詰めていく。
ローズとは途中で「仕事が」、といって別れてしまい、シャーロットはサニーと一緒に学生寮に帰った。サニーはにこやかにシャーロットに話しかけ、明日のことで不安がなくなったシャーロットも微笑んで答える。
そんな二人の様子を見て、『公爵令嬢は美少女転校生とのバトルに勝利して、隣国の王子とデキているようだ』という噂が立ってしまったとは思いもよらない二人だった。
朝からシャーロットは念入りに髪を梳いて、いつも以上に身綺麗にした。
ミカエルがいると、チェックが入り、あーだこーだ言ってくれるのでそこを直していけばいいのだけれど、今日はミカエルはいなかった。自分でするしかないのである。
「すっかりミカエルに依存してるんだわ、私。」
姿見の中の自分に話しかける。
今日は紺色の半袖のブラウスに白いプリーツの膝丈のスカート、青い色の瞳に合わせて、髪は青いリボンでポニーテールにしていた。左の手首にはアメジストのさざれ石のブレスレットを嵌め、ミカエルに貰ったマリライクスのトートバックで合わせる。
学校の門にはすでにローズが待っていた。
「姫様、こっちです、」爽やかな笑顔が眩しい。美少年ロータス…! シャーロットはうっとりしてしまう。ローズはこの前と同じ一重の芥子色のジャケットに白いシャツ、カーキ色の綿パン姿だった。どう見てもスタイルのいい美少年なローズだった。
少し遅れてやって来たサニーは半袖の黒いシャツに茶褐色の綿パンを履いていて、あれ? とシャーロットは二人を見比べてしまった。
「手ぶらですか?」
「お財布はポケットです。」
二人とも、パンツの後ろのポケットを叩く。
「姫様に貰ったやつ、使わせてもらってます。」
はにかんだローズに、シャーロットは嬉しくなる。
「それはよかった。」
「今日も手を繋ぎますか?」
サニーが手を差し出してくる。「私は大歓迎ですよ?」
「暑いのでやめておきます。」
断ったシャーロットは空を見上げた。夏が近いのか、よく晴れた青い空が広がっていた。3人は空を見上げて、天高くに鳥が飛んでいるのを見つけた。
「私があげたブレスレット、してくれたんですね、」
シャーロットにサニーが囁いた。
「ええ、今日はこれ、重要でしょ?」
シャーロットはブレスレットを指差して微笑んだ。サニーも左手首に同じものをつけている。ローズはジャケットで手首がよくわからない。
「さて、行きましょうか、」
サニーの提案にローズもシャーロットも頷く。時計の回収よりも、実は市場が楽しみだった。
街の入り口の噴水池から3方向に広がっていく道は、前回来た時には東に向かって進んで散策をした。時計店は東側なので、市場は思い切って真ん中にある中央市場に行く事にした。
噴水池の近くにある街全体の案内板を見て、何となく位置を覚える。
「では、中央市場で何か食べて歩いて、時計屋さんに寄りますか?」
「時計屋さんが先がいいです。」
シャーロットは提案する。「ゆっくり市場を見て回りたいので。」
ほんとは、食べるもの食べたら満足して時計の事など忘れて帰りそうだなと、用心したのだ。
「では、まず時計屋さんに行きましょう、」
ローズはにこにこと頷いている。シャーロットは今日は大人しいのね…と思った。
時計屋には前回いたハーディが店番をしていた。
「いらっしゃい、」
シャーロット達がおずおずと店内に入ると、顔を覚えていてくれたのか、「ああ、お姫さん、」と声をかけられる。
「おーい、いらっしゃったぞー、」
店の奥の工房に向かってハーディが声をかけると、シャーロットの目覚まし時計をもって同じ顔をした青年が現れた。
「はい?!」
双子? とシャーロットが尋ねる前に、にやにやと並んだ二人は同じタイミングで話始める。
「さて、本物のハーディはどっちでしょう。」
まったく同じ顔の二人に、シャーロットは首を傾げていると、ローズが右側の、奥から出てきた方のハーディを指差した。
「こちらの方、ですよね?」
サニーは不思議そうにローズを見ていた。
「正解はこちらでーす、」と右側にいたハーディが手を挙げる。
「よく判りましたね?」
「はい、首のところに黒子があったのを覚えていたものですから。」
黒子?! シャーロットは慌てて二人の首を見比べた。確かにハーディにはあるがもう一人にはなかった。
「みんな顔を見て判らなくなるのに、すごいですね。」
「昔から得意なんです、人の顔を覚えるのって、」
シャーロットを見たローズの瞳が怪しく光った気がした。
何となく、ミカエルの事を思い出して、もしかしてバレてるんじゃ…?と思ったシャーロットだった。
ありがとうございました