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<89>ゲームのシナリオとは違うルートを歩いているはず?

 4頭立ての馬車に乗ったシャーロットとエリックが予定よりも早く公爵家の領地の別荘に到着すると、先に到着していた父と母に出迎えられた。

「さすがにこっちはコートがいらないわね。」

 シャーロットは馬車の中で着ていた黒いコートを脱いで執事に渡した。灰色のスーツに黒いシャツを着たエリックも、黙って黒いトレンチコートを脱ぐ。白いレースの襟の付いた灰色の膝丈のワンピースに、夏にエリックに貰った淡いミルキーピンク色のカーディガンを着ているシャーロットを見て、エリックは小さく微笑んだ。

「あなた達、お昼ご飯はちゃんと食べたの?」

「途中で寄った街で食べたわ。昨日の夜、エリックが予定よりも朝早く出発しようって言いだしたから、それでも早く着いたの。」

「そう、まだ時間はあるけど、もう港へ行くの?」

 母は首を傾げて尋ねた。シャーロットはエリックに一応尋ねてみる。

「どうする? エリック?」

「ブルーノが来てるらしいから行く。」

「え、来てるの? わざわざ?」

 わざわざ迎えに来るということは、往復するということだ。シャーロットは呆れてしまった。

「わざわざ来てるんだよ、迎えはペンタトニークの船だから、ペンタトニーク公も来てるはずだ。」

 エリックといい、何故…、そんなにみんなやる気なんだろう…。

「おじいさまは?」

「もう港じゃないかしら。今朝から姿を見てないわ。」

 めちゃ浮かれてるじゃん…、おじいさま…。男性陣の盛り上がり具合に、シャーロットは旅行の前から微妙に疲れた気分になってきた。


 待ち合わせの港の波止場に集まったのは、理事長とシャーロットとエリック、リュート、ペンタトニークとブルーノ、3年生が2人、2年生の男子が2人、女子が1人、1年生は商業コースの男子生徒1人だった。

 夕方の五時に出航で、船の中で夕食を食べる予定になっていた。そのまま船中泊をして、翌日の正午頃ペンタトニークの国に入港する計画だった。航路は陸地に添って進み、夜間でも周辺海域を何船もの警備船が巡回しているのだと言う。

「私の国への航路は、夜間でも安全なのが自慢なんだよ。安心して船旅を楽しんでほしい。」

 挨拶代わりにそう言うと、ペンタトニークは微笑んだ。学生達は一年生から順番に自己紹介をすることになった。祖父に当然のように指名され、内心イラっとしつつもシャーロットは猫を被って微笑んだ。

「シャーロット・ハープシャーといいます。統治のコースの1年生です。」

 まずはシャーロットが微笑んで挨拶をした。順々に名乗っていくようだった。隣にいたエリックがぶっきらぼうに続く。

「エリック・ハープシャー。統治のコースの1年生。シャーロットとは姉弟。」

「リュート・アルウード。統治のコースの1年だ。」

 リュートは格子柄の紺色のシャツに茶褐色のズボンを履いて、黒いジャケットを羽織っていた。トランク二つを足元に置いて、リュートは機嫌がよさそうで、にこやかに立っていた。

「ブルーノ・ペンタトニーク。統治のコースの1年生。今回は僕の国に来てくれて嬉しいよ。歓迎する。」

 ブルーノは中に黒いシャツを着て、灰色の細い縦縞の黒いスーツを着ていた。久しぶりに見るブルーノは少し日に焼けていた。

「ダニエルです。商業のコースの3年生で、今回は婚約者のアンドレアと参加します。家は種を扱う商家です。」

 ダニエルは茶金髪の背が高い学生だった。青いシャツを中に着て灰色のスーツを着ていた。緑色の瞳が優しく微笑んでいる。

「アンドレアといいます。初めまして。商業のコースの3年生で、ダニエルと婚約しています。私の家は、異国の布を扱っています。」

 手足が長く、背が高いアンドレアは、紺色のシャツを着て膝丈の焦げ茶色のスカートで黒いタイツを履いている。長い金髪を三つ編みにしていた。青い瞳ははつらつとした印象で、声も張りがあった。

「ジョージ・ダミアーノ。統治のコースの2年生だ。普通の伯爵家で、領地の産業は鉱物資源だ。今回は、自力では絶対に行けないだろうから参加の申し込みをした。行けることになって嬉しい。」

 ジョージは青緑色の瞳に眼鏡をかけていて、深緑色のスーツに黒いシャツを着た、神経質そうな印象がする金髪の学生だった。静かに、でも興奮している様子だった。

「リチャードだ。ジョージと同じく2年生、武芸のコースの騎士コース。ジョージに誘われて申し込んだ。船旅ははじめてなので楽しみにしている。」

 明るい灰色のスーツに白いシャツを中に来た短い金髪の青い瞳のリチャードは、筋骨隆々としていても、少し軽い印象もあった。ジョージとは正反対に明るい表情をしている。

「ジーナです。初めまして。商業のコースの2年生です。私の家はこの国の布を扱っています。」

 茶色い髪をポニーテールにまとめた青い瞳の可愛らしい女子生徒だった。背の高さはシャーロットよりも高くて、紺色のワンピースを着ていた。

「ヴァレントです。商業のコースの1年生です。実家は王都でレストランを経営しています。今回の旅行は、異国の料理を食べれると楽しみにしています。」

 ヴァレントは背が高くて茶髪に青い瞳で、水色のシャツを中に着て明るい灰色のスーツを着こなした、おしゃれな印象の学生だった。

 それぞれが挨拶すると、祖父が大きく頷いて言った。行程表を書いた紙を執事にそれぞれに配らせた。

「今回はよく申し込んでくれた。礼を言う。公爵家から執事が二名同行することになっているが、寄宿学校での生活を思い出して、自立した旅行を楽しんでほしい。ペンタトニーク公の御好意に感謝する。では、学生諸君、くれぐれも悔いが残らぬよう、楽しい旅になるように努力してほしい。」

 ペンタトニーク公の船に、それぞれ荷物を持って乗り込んだ。中規模の蒸気船で、客室ばかり10部屋あるらしかった。誰もがトランク2個を両手に持っている中、ひとりだけトランクを3個も持って来ていたシャーロットは、さっそく執事に手伝って貰って荷物を運んだ。

 ブルーノが執事からトランクを受け取ると、シャーロットの隣に並んで歩いた。

「ありがとう、ブルーノ。」

「シャーロット、そっちも持とうか?」

「いいの、2個くらいは自分で持てるから。」

 ドレスを詰め込めばこうなるよね…、とシャーロットは思った。母に文句を言いたい気分だったけれど、どうしようもないので心の中に流しておく。

「ブルーノは昨日からこっちにいるの?」

「そうだね、待ってられなくて、来ちゃったんだ。」

 最後に会ってからまた少し髪の伸びたブルーノは、前髪を耳にかけていた。

「楽しくなるといいね、旅行。」

 船に乗ったことの無いシャーロットはドキドキしながらタラップを踏んだ。甲板の上に立つと、揺れている気がしてそわそわしてしまう。

「部屋割りは二人ずつだ。部屋割りも行程表にある。きちんと従うように。」

 祖父が船に全員乗り込むと声を掛けた。シャーロットはエリックとだった。ジーナとアンドレア、ダニエルとヴァレント、ジョージとリチャードが同じ部屋になっていた。執事二人でひと部屋、祖父だけ、ブルーノだけでひと部屋ずつ使うようだった。

「よろしくな、シャーロットお姉さま、」

 エリックがにやりと笑った。猫を被って微笑んでいたけれど、シャーロットは内心不満たらたらだった。エリックは基本煩くて面倒臭い。今夜は長々と話し相手に付き合わされるんだろうなーとシャーロットは思った。


 船の揺れを感じながら目を閉じていると、隣のベッドのエリックの寝息が聞こえ始めた。シャーロットは何となく眠れなくなってしまい、ベージュのもこもこのナイトウェアの上に昼間着ていたピンクのカーディガンを羽織って船室を出た。

 船での夕食は緊張しているのか誰も話さなかった。夕食後に部屋に戻った後、やっとエリックと話が出来てほっとしたくらいだった。

 揺れる船にまだ体が慣れなくて、緊張していて眠れないのかもしれない。シャーロットは唇を噛んだ。

 船の後方の甲板に立つと、夜の海の暗闇の中に、灰色の波の模様が幾重にも続いているのが見えた。

 陸の方へ眼を向けると、家の灯りが真珠の首飾りのように、ずっとつながって見えていた。

 空を見上げると、オリオン座が空のかなり高い位置に見えていた。シャーロットが住んでいる街からは見えない星座がいくつも見えた。シャーロットは圧倒されて口を開けたまま空を見上げていた。

「何を見てるの?」

 後ろから腰を抱く見たことのある腕に、聞き覚えのある声。微かに感じる、アンバーウッディーの香り…。海風にさらされていたシャーロットには、暖かい、人の肌。

「冬の大三角が、あんなに高くに見えるの。」

 シャーロットは高い夜空を指差した。ブルーノの胸に頭を凭れて、のぞける。

「眠れないの?」

 甘く囁く声に、シャーロットは首を振った。夜風にあたるブルーノの手を撫でてシャーロットは暖める。

「ブルーノは?」

「眠れないよ? 君が同じ船にいるから。」

「星を…、見てたの。私の住む街からは見えない星座が見えるなあって、思って見てたの。」

「公爵領の別荘からも、見えないだろ?」

「ふふ、そうね?」

 二人はしばらく黙って空を見上げていた。暗い空の星の中に、二人きりで立っていた。

 船の音と波の音、ブルーノの体温…。暗闇の中で聞こえてくる音に、シャーロットは耳を澄ましていた。

「シャーロット、」

「なあに?」

 ブルーノはシャーロットの耳を食んだ。

「くすぐったいよ、ブルーノ、」

 くすくすと笑うと、シャーロットは「もう寝るね、」とブルーノの組んでいた手を解した。

「おやすみ。」

「おやすみ、シャーロット、」

 二人は向き合うと、自然に軽くキスをした。

「また明日、」

 ブルーノは手を振ってシャーロットを見送った。

 求めようとしなくても自然に出来たキスに、ブルーノは戸惑っていた。あんなに自然にキスが出来たなんて…!

 シャーロットがキスをしてくれないと思っていたのは、勘違いだったんだろうかとさえ、思えていた。


 翌朝、いつも通りの時間に目が覚めたシャーロットが身綺麗にして支度を整え髪をブラシで梳かしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。エリックはまだ寝ている。どうしようかなと思ったけれど、祖父だと面倒だなと思い、シャーロットは部屋のドアを開けに行った。

「おはよう、シャーロット。エリックはもう起きた?」

「…ブルーノ、早いのね。昨日は眠れたの?」

「ああ、それなりに。入ってもいい?」

「どうぞ。」

 シャーロットは着替えを済ませていたので何ともないと思ったけれど、エリックはまだ眠っている。

「今日はそういう恰好なんだ。へえ…、公爵家の令嬢って感じだな。」

 深緑色のヘンリネークのシャツに黒いズボンを合わせたブルーノは、シャーロットの姿を上から下まで眺めて言った。シャーロットは紺色のレースをたっぷり使った紺色のブラウスに膝下丈の明るい灰色のフレアスカートを履いて、白いジャケットを着ていた。髪は青いリボンで後ろで一つに纏めて括る予定だった。

 シャーロットの頬を撫でて、ブルーノは優しく抱きしめた。

「エリックに用があるんじゃなかったの?」

「そうだっけ? 忘れたな。」

 シャーロットはドキドキしながらブルーノの腕の中にいた。「あのね、ブルーノ、」

「ん?」

「エリックの前でこういうのってやめてほしいの。」

「どうして?」

「どうしても。」

 ブルーノは兄弟がいないから、兄弟に見られる恥ずかしさが判んないんだろうなとシャーロットは思った。

「エリックは寝てるよね? 大丈夫大丈夫。」

 ブルーノはシャーロットの顎を手にし、少し上を向かせた。

「ブルーノ?」

 キスしようとするブルーノに気がついて、シャーロットが悲鳴のように名を呼んだ時、エリックがむくりとベットから起き上がった。

「はいはいそこまでー。そういうことは俺がいるところではしないー。」

 ブルーノの手が離れると、シャーロットはほっとして首を振った。

「エリック、どうして。応援してくれるんじゃなかったのか?」

「今、シャーロットお姉さまが言っただろ? 俺の前でこういうことはやめてくれ。」

 エリックはベットの上で伸びをして、シャーロットとブルーノを眺めた。

「とにかく、旅行中は俺も一緒に行動するから。そういうことはしないでくれ。わかったな?」

 シャーロットは小さくため息をついた。今、一緒に行動するって聞こえた気がするんだけど…?


 シャーロットが髪を括り、エリックが身支度を整え、白いシャツにカーキ色のズボンに着替えている間も、ブルーノはソファアに足を組んで座って部屋から出て行こうとしなかった。

 執事が部屋を回って朝食が出来たことを伝えに来ると、3人は一緒に部屋を出て甲板に出た。

 甲板の上に簡易テーブルと簡易椅子が並べられて、朝食の準備が整えられていた。生徒10人と大人2人の12人が、朝から揃って朝食を取ることになった。

 遠くに海岸沿いの街並みを見ながら、登っていく太陽と潮風を感じながら食べると、パンとカフェオレとゆで卵とバナナだけの朝食もシャーロットにはご馳走に思えた。

 隣に座るエリックとブルーノは機嫌がよさそうだった。ジョージとリチャードは青白い顔をしてあまり食が進まない様子だった。

 青いシャツに灰色のズボンのリュートはもくもくと食事をとっている。完食したリュートに、ジョージとリチャードが自分の分のゆで卵やバナナを渡していた。

「船酔いだな。もうじき港に着くから、もう少しの我慢だ。」

 二人の様子を見て、ブルーノが小さく呟いていた。

「ブルーノの国では、紅茶よりもコーヒーなの?」

 シャーロットが尋ねると、ブルーノは頷いた。

「紅茶は茶葉が傷みやすいんだ。コーヒー豆だとあまり傷まないからね。」

「お姉さまはコーヒー党だから、良かったな。」

「ふふ。この前コーヒーの美味しいお店も見つけたのよ? ウルサンプリュシュっていうの。」

「こっちの言葉で、クマのぬいぐるみって意味だね。シャーロット、ところで誰と行ったの?」

 ブルーノはじっとシャーロットを見ていた。

「あの女じゃないよな、お姉さま。」

 エリックもじーっとシャーロットを見ていた。リュートもシャーロットを見ていた。

「えっと…?」

 シャーロットはうっかり余計なことを言ったなと思った。サニーと行ったなんて言えない。

「私も行った事があります、ウルサンプリュシュ!」

 手を上げてジーナが言った。「あそこのお店、めちゃくちゃかわいいしセンスいいんですよね!」

「そうなの、内装も素敵だし、クマのチョコが出てきて、すごくかわいいの。」

 シャーロットが目を輝かせて言うと、実家がレストラン経営をしているというヴァレントが興味深そうに尋ねた。

「それはどこにある店なんです? ぜひ行ってみたいな。」

「あの街の、中央広場から北側に行くんです、」

「へー、そんなところあるんだー。」

 アンドレアがカフェオレを飲みながら言った。

「詳しい地図、あとで教えて? ダニエル、今度一緒に行ってみようよ?」

「そうだね、シャーロット嬢がいいと言った店なら保証付きなんだろうし。」

「コーヒーの専門店があの街にあったなんて、驚きだね。」

 急にみんな打ち解けた様子になって、話し始めた。シャーロットは救われた気分になった。ちらっとジーナを見て会釈すると、ジーナは微笑んでくれた。

「お姉さま、結局誰と行ったんだ?」

 エリックは小声でしつこく聞いてきた。

「エリックではない誰かとよ?」

 シャーロットが微笑むと、「今度俺ともそこに行こうか、ブルーノと3人で。道案内よろしくな。お姉さま、」とエリックに約束させられてしまった。

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